第307話 おせち計画
おせち料理は縁起の良いものを詰め合わせるものとされている。
たとえばブリは出世魚だから出世できるように、タイはめでたいから。
語呂合わせだったり昔からの伝統だったり、縁起が良いとされる理由は色々で……紅白、つまりは赤いものや白いものも縁起が良いとされている。
赤は魔除けだったり健康を示すとされたりする色だ。
そうなった理由は昔大流行した天然痘にあり……天然痘の膿が赤ければ助かり、青ければ助からないことから赤色を特別視したというか、ありがたがったんだそうだ。
たとえば還暦の時に羽織る赤いちゃんちゃんこ、お土産物として有名な赤べこやさるぼぼなんかもそこに由来がある……という説があるくらいだ。
白は清浄な色だからと病気に強いとされていて、その2つを合わせて紅白。
そういった理由で紅白カマボコや紅白ナマスを入れる訳だけど……黒は黒で魔除けになるとか、日焼けする程働くようになるからと良いとされていて、結局何色でも良いんじゃないか? と思わないでもない。
結局はそれっぽくて美味しければそれで良い、由来とか語呂合わせとかで正月の食卓が盛り上がったなら尚良い、家族で楽しく正月を過ごせればそれで良い……ってことなのだろう。
おせちには他にも大事なルールがあって、年末のうちに三日分を作っておいて、三が日の間はそれを食べて過ごす、というものがある。
正月からあくせく働くのは良くないとか、正月からお金を使うとその一年は無駄遣いするようになってしまうとか、正月くらいは皆でゆっくり過ごしたいとか、そんな理由なんだそうだ。
ここら辺に関しては曾祖父ちゃんにも厳しく言われていたし、納得出来る部分もあるし……出来る限り守っていきたいと思う。
守った上で美味しく保存が効くように作り……特大お重を埋め尽くす量を作る、か。
……うん、出来るは出来るんだけど、相当大変そうなことになりそうだなぁ。
「―――という訳でさ、タイとかブリとか、あとはエビかな、良いのがあったら山盛り送って欲しいんだけど」
スマホ片手にそう声を上げると、通話相手の母が声を返してくる。
『そりゃもちろん良いけどね、アンタそれだけで足りるの?
他にもほら……タコ入れなさいよ、タコ、美味しいわよ、タコ。
あとは鮭養殖所の直販所で買った冷凍シャケ送るから、筋子も買ってイクラも作ってるからちょっとだけ待ってなさいな。
あとはイワシの田作りと、数の子かしらね……数の子はちょっと大変だけど、それでも出来るだけたくさん揃えるから』
「いや、代金はこっちで払うから、必要な量を注文しておいてくれたら……」
『駄目よ、そっちもお肉とか色々送ってくれるんでしょう? 栗やクルミだって送ってもらえたんだし、それなりのものを送らないとテチさんだって良い顔しないでしょう?
お祖父ちゃんは全然くれなかったけど、こんなに美味しい栗がとれるのねぇ、そっちは』
「まぁ……うん、曾祖父ちゃんなりに色々考えていたんじゃないかな。
これだけ美味しくて高い栗となると、人にあげはじめるとキリがないしね……。
商売や近所の付き合いもあっただろうし」
『そうねぇー……昔の人はそこら辺大事にするものねぇ。
……あ、野菜は? 野菜は大丈夫なの?』
「山の中なんだから、そこら辺は余る程あるよ……」
なんて会話をしばらく続けてから通話を終えて、目の前の……台所のテーブルの上に置いたノートを見やる。
そのノートにはおせちの予定図というか、設計図というか、とにかくそんなものが書かれていて……それに予定になかったタコやシャケの料理を書き込んでいく。
これでお重の一部は埋まってくれたが……さて、残りはどうしたものか。
あんまりおせちに入れるものではないけど、肉料理もたっぷり入れて、本シメジメインの料理も、栗やクルミも多めに。
コン君やさよりちゃんも食べるだろうから甘いものを入れても良さそう……いや、甘さは餅でーって感じになるかな。
……あ、もち米も買っておかないと、どれくらいの量が必要になるんだろうなぁ。
「テチさーん、モチ米ってどれくらい買ったら良い? どこか安いお店とかある?」
居間で休憩しているテチさんにそう声をかけると、テチさんは食べていた煎餅をバリボリと噛んで飲み下し、それから言葉を返してくる。
「モチ米か? モチなら町内会の餅つきに行けば貰えるし、モチ米も安く譲ってくれたはずだぞ?
芥菜さんに頼んでおけば人数分を用意してくれるはずだ」
「え? 町内会でもらえるんだ? どのくらいの量もらえるの?」
「必要な量を言えば必要なだけ貰えるな、つきたてのモチでも鏡餅にしたものでも、調理済みのものでも。
ただし貰うのなら相応の仕事をしなければ駄目だ、米を蒸してモチをついて、丸めて鏡餅にして、調理をして……あとはモチ米を運んだりも必要だな。
子ども達の相手をして、片付けもして……それから神社や歩けないお年寄りに配ったりもする。
参加は必須でも強制でもなく、自宅で餅つきが出来ない人向け、という感じだな」
「……そう言う感じなら、近所付き合いってことで顔を出して軽く手伝って、それから我が家で餅つきをすることにしようか。
どうせなら好き勝手に料理したいというか……皆で色んなお餅を作るのも楽しいからね。
モチ米三日分となると……かなりの量になるだろうから、今のうちから注文しておこうかな」
「お、餅つきは楽しいから自宅で出来るのは良いな。料理も楽しみだし……コン達も喜ぶだろう。
モチか……久々に腹いっぱい食べるのも良いかもしれないな」
「喉に詰まらせたりしたら大変だから、よく噛んでゆっくり食べてよ?
ああ、それと……テチさんはお煎餅が好きみたいだから、揚げモチも作ろうか。
モチを揚げて、揚げたてのところに旨味調味料ふりかけて醤油をかけてジュッとさせたら完成。
お煎餅みたいな味わいで、外はパリパリ中はモチモチでアツアツの、美味しいおモチになるから、たまんないんだよねぇ。
カロリーが気になる調理法ではあるけど、獣人ならそれも平気だろうしねぇ」
俺がそう言うとテチさんの喉がごくりと鳴る。
最近……というか、妊娠してから煎餅を良く食べるようになったテチさん。
味が良いのか香りが良いのか、その両方か……何にせよやわらかモチモチ煎餅といった具合の揚げモチも気に入ってくれるはずだと思っていた訳だけど、どうやら正解だったようだ。
喉を鳴らしもう今すぐにでも食べたいとの表情を見せるが、流石に今作るのは何か違うし……そんなテチさんの食欲を落ち着かせるために何か作るかと、一旦ノートを閉じてから冷蔵庫のドアを開いて中身を吟味する。
そうして適当な料理を思いついた俺は、手洗いを済ませてから調理に取り掛かるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や☆をいただけると、正月のオモチが増量するとの噂です。
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