第306話 正月と言えば
皆で本シメジをたっぷり食べて満腹となり……歯磨きや片付けを終えて、昼過ぎの居間でのまったりとした時間。
家の外から吹いてくる秋風の冷たさに、そろそろ窓も開けていられないなぁ……なんてことを考えていると、コン君達が点けたテレビから『おせちの予約はお早めに』なんてCMが流れてくる。
おせちか……今年は色々と材料が揃っているし、時間と予算の余裕もたっぷりある。
なかなか良いおせちが出来るんじゃないかな? なんてことを考えていると……コン君とさおりちゃんがおせちについてをあれこれと話し始める。
「おせちかー……うちかーちゃんがかなり頑張るんだよなー」
「あら、素敵じゃないですか、どれくらい重ねるんですか?」
「ん~~、一番大きなやつを10段とか……あ、去年は親戚がうちに集まるからって20段にしてたなー」
「お~~……一番大きいのってあの数万円するやつですよね? コン君のお母さんは凄いんですね」
そんな会話を聞いて俺は「んん?」なんて小声を上げて、今の会話……なんかおかしくなかったか? なんて疑問を抱く。
10段? 20段? 大きいのが数万円? 一体二人は何の話をしているんだ?
「かーちゃんの作るおせちは美味しいからさー、ついつい食べすぎちゃって……すぐ満腹になるんだー」
「へぇー……良いですねぇ。
うちはおせちはそこまでじゃないんですけど、お餅が多めなんですよね、お雑煮、お汁粉、焼き餅もしっかり作りますし……毎日ついて毎日できたてを食べるんですよ。
倉庫いっぱいのもち米があっという間になくなっちゃうんですよ」
「おー! オレもお餅好き!!」
更におかしい会話。
毎日? お餅を毎日……? 倉庫いっぱいのもち米……?
っていうかコン君が満腹になるって……??
と、そこまで考えて俺はようやく、自分のミスというか認識の間違いに気付く。
そうだ、ここは獣ヶ森でコン君達は獣人だ。
おせち料理の内容は恐らく一般的な、おせちと聞いて想像するものなのだろうけど……量は門の外と同じという訳にはいかない。
食欲旺盛な獣人達向け……門の外の人間の数倍食べる人達を満足させるだけの量が必要なはずで……つまりあれだ、獣ヶ森のおせちは『普通のものより大きなお重を10段20段重ねる』のが当たり前なのだろう。
それだけのお重となれば数万円という値段になるのも当然で……い、いやいやいや、そんな大きくて多いお重に一体何を入れたら良いんだ?
俺が知っているおせち料理全部入れたとしても、そんな量とてもじゃないけど無理だぞ?
全部の料理を山盛り作るっていう手もあるが……そうすると今度は想定していた量には届かないというか……ど、どうしたものか。
……コン君達がよく食べるというのはもちろん分かっていたし、ある程度の量を用意していたのだけど……話を聞く限りそんな量では全然足りないらしい。
……冬越えや冬眠やら何やらの関係で獣人は冬前に食欲が増すそうだけど、もしかしてその食欲は冬になっても増したまま……なのだろうか?
それともただ正月だから、おせちだからという特別感から来るものなのだろうか……?
いや、そんな理由どうこうはどうでも良い、今考えるべきは今の備えでおせち料理がしっかり作れるのか? ということだ。
……うん、うん、駄目だ、今のままだと足りない。
材料買い足せばなんとかなる料理もあるけど、そうすると今度は正月直前のとんでもなく忙しい時期に料理地獄を味わうことになってしまう。
……よし、今のうちから出来るだけの準備をしておこう、材料はもちろん、下拵えや漬け込みをしておこう。
注文出来るものはしておいて……更に材料の追加もしておかないとなぁ。
「……テチさん達ってまだまだ狩りはする予定なの?」
肉は十分にある、色々な保存食にしたり冷凍したりしたのが倉庫にあるのだけど、おせち用はまた別に用意したいなと考えてそんな言葉を口にすると、バリボリと煎餅を食べていたテチさんが……もぐもぐっと口を動かし、ごくりと飲み込んでから言葉を返してくる。
「この辺りのは大体狩り終えたからな、これ以上必要はないが、行こうと思えば行けるな。
それこそ御衣縫さんの畑の周辺なんかに行けばまだまだいるだろうし、御衣縫さんも喜んでくれるんじゃないか?」
するとコン君とさよりちゃんがそれに続く。
「おー! こんなに美味しいの食べれたし、オレも頑張るよ!」
「普段から色々とお世話になってますし、私も構いませんよ」
そんな3人の目はまた狩りがしたいという思いと食欲とで煌めいていて、俺は頷いてから言葉を返す。
「ならおせち用にもう少しだけ肉を仕入れたいから、いくらか狩ってきてくれるかな?
一部は冷凍して、実家にお礼って形で送ってやっても良いし……それをやっておけば更にお礼ってことで色々と食べ物が届くかもね。
こちらが山の幸なら向こうは海の幸って感じで、色々と送ってくれて……食料交換みたいな形になるかもね」
そんな俺の言葉を耳にするなりテチさん達の目は煌めきなんて言葉じゃ済まされない程に輝く。
親戚知り合いと言えば獣ヶ森の中だけ、スーパーなどが色々な魚を仕入れてくれているし、養殖なんかも行っているが、それでも限界があり……食べたことのない魚種というのもあるのだろう。
それが今や海近くに住まう俺の両親や親戚達との縁が出来ている訳で……色々な海の幸を仕入れて送ってもらう、ということが出来る訳で……そこら辺のことに今更気付いたらしいテチさん達の目の輝きはどんどんと増していく。
それからテチさん達は無言で立ち上がり、倉庫へと向かい……早速狩りにいくつもりなのか、道具の手入れやら用意やらをし始める。
俺はそんな3人のために水筒とおにぎりの準備を進め……そうしてテチさん達は夕方までには帰ってくるとそう言って、物凄い勢いで森の中へと駆けていくのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や☆をいただけるとおせちが豪華になるとの噂です。
そしてお知らせです!
海外で発売済みの英語版『So You Want to Live the Slow Life? A Guide to Life in the Beastly Wilds』第二巻
のオーディオブックの発売日が5月2日に決定しました!
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