第305話 本シメジまみれ

 

 単純な旨味で言うのなら、天日干しをした干し本シメジのほうが多いのだろう。


 だけども生本シメジには干し本シメジにはない味や食感がある訳で……それが獣ヶ森産となれば尚の事、力強いものになっているはずだ。


 そんな生本シメジが目の前に山積みとなっていて……それを見つめながら俺は、しばらくの間、どうやって食べるべきかと頭を悩ませる。


 シンプルに行くなら網焼きだろう、しっかり焼いて醤油を垂らして完成だ。


 バターソテーなんかも悪くないかもしれない……のだけども焼く際に旨味が逃げてしまうのが気になるところだ。


 旨味が汁となって溶け出てフライパンに残ってしまうとか、網の下に落ちてしまうとか……せっかくの旨味がもったいなくなってしまう。


 そうなると旨味全てを楽しめる炊き込みご飯とか、鍋とかシチューとかも良いのかもしれないなぁ……と、そこまで考えて、いやいやあえてフライパンに旨味を出した上で、それを何か他の料理に使うのも良いかもしれないと思い至る。


「……それで肉や野菜を炒める? いや、それなら最初から一緒に炒めれば……。

 旨味の汁を吸うなら……卵かな? オムレツ風にする?」


 なんて独り言を言いながら立ち上がり、とりあえず下処理するかと本シメジを台所へと運んでいく。


 キノコは洗わない、石突を落とすくらいで下処理は終わりで……あとはそのまま焼くか、スライスするか。

 

 こんなに綺麗なキノコの形をしているんだから、そのまま食べたい気持ちもあるけども、これだけ大きいと丸々1個を食べるのは大変そうだなぁ。


 歯ごたえもしっかりあるだろうし……いやでも、この形は残しておきたいな。


「たーだいまー!」

「もどりましたー!」


 なんてことを考えていると、テチさんと一緒に散歩に行っていたコン君達が元気いっぱい、大きな声を上げて縁側から家の中に入ってくる。


 それからトテテテッと廊下を駆けていって……手洗いうがいをしている音が聞こえる。


 その後にテチさんが戻ってきたのか、玄関の戸が開く音がして……それから数分後、3人一緒に台所へとやってくる。


「今日のご飯はなにー?」

「なんだか良い匂いがしますね?」


「誰か来ていたのか?」


 コン君、さよりちゃん、テチさんの順にそう言ってきて、それから3人はすぐに流し台に山積みになっている本シメジに気付き……それから3人は「キノコかぁ」と、そんな反応を示す。


 皆にとっては当たり前のキノコ、日常的に食べるもの……以前干し本シメジを食べた時には楽しんでくれていたけど、それでも見慣れた物にはそういう反応になるのだろう。


 そんな3人に美味しいと思ってもらうにはどんな料理が良いかと考え……考えに考えて、結局答えが出ず、まっすぐに普通の料理を作ってみるかと、そんな結論を出す。


「これから作るご飯は本シメジご飯と、本シメジと卵の炒めもの、それと辛めの牡蠣スープにするつもりだよ。

 辛めと言ってもほんのり辛いくらいだけどね」


 妊婦のテチさんに激辛は厳禁、ほんのり程々、軽く辛味を感じる程度なら良いはずで……3人から特に異論は出ることはなく、コン君達はいつもの席に、テチさんは体を休めるために居間へと移動する。


「まぁ、今回はそう難しい料理でもないから、ささっと作っていくよ」


 コン君達がしっかりと椅子に座ったのを確認してからそう言って……まずは本シメジご飯の準備をする。


 米を洗って、本シメジは薄切りにして……飾り目的の丸のまま、そのままの本シメジも一人一個ということで四個用意して……具は本シメジだけ、味付けは醤油とお酒だけのシンプルなものにして、炊き込みスイッチをオン。


 スープは絹ごし豆腐にネギ、豆モヤシとニラを具にしての鍋に近い感じで……醤油とお酒、粉唐辛子を鍋に入れて煮立てて、牡蠣を入れて、少ししてから野菜と豆腐を入れていって……弱火でじっくり牡蠣の旨味を溶け出させて食材に染み込ませていく。


 全体的に火が通ってニラがしんなりしたら完成で……うん、軽く味見をしてみたけど、牡蠣の旨味が凄いからか、こんな簡単な料理でも抜群に美味しい。


 そして本シメジと卵の炒めもの。


 まず本シメジを……傘と幹で分けるのは味気ないだろうから縦に、真上から十字に切る感じで四等分にする。


 そうしたらそれをフライパンでもって炒めて……途中で軽く塩を振って、強火にはせず弱火でじっくり炒めていく。


 すると本シメジから水分が出てくるから、十分に水分が出た所で溶き卵を投入、水分を吸収させながらスクランブルエッグのように仕上げていく。


 すると本シメジの傘がつやつやと煌めいて、旨味をたっぷりと吸った卵がそれを包み込むという、見た目にもなんともシンプルな料理が出来上がり……コン君達の反応は今一つだ。


 なんとも普通、特に手間もかけていない、いつもみたいな驚きがない、美味しそうな匂いはするけどね。


 と、そんな感じで……それでもコン君達は文句を言ったりはせず笑顔で「ご飯だご飯だ」「お腹すきましたね」と、そんなことを言いながら配膳を手伝ってくれる。


 配膳が終わったならお茶を淹れて、炊きたての本シメジご飯を茶碗に盛り付けて……支度が終わったなら席につき、皆で一斉に、


『いただきます!』


 と、声を上げ箸を手に取る。


 そうしてコン君達は真っ先に本シメジと卵の炒め物に、半信半疑といった様子で箸を伸ばし……それを口に入れるなり、いつものように目を輝かせ、箸を激しく動かし始める。


 うん、美味しいよね、本シメジの旨味たっぷりだもんね……本シメジって本来、それくらいに美味しいものなんだよ?


 なんてことを思いながら俺も箸を進めて、程々の大きさに切った本シメジの歯ごたえと強烈な旨味を堪能し……そしてスープにも箸をつける。


 改めて飲んでみると、やっぱり美味しくて……牡蠣の本シメジとはまた違う旨味がなんともたまらない。


 もちろん炊き込みご飯も美味しくて……飾りに入れた丸々一個の本シメジも、これでしか味わえない濃厚な旨味と歯ごたえがあってなんともたまらない。


 これなら薄切りにしない本シメジまみれの炊き込みご飯にしても良さそうで……いや、それだと旨味が過剰になってしまうかな? なんて贅沢なことで頭を悩ませる。


 そうして少しの間、箸を止めていると、その間にコン君達はおかずもご飯も食べ尽くし……同じく食べ尽くしたテチさんと一緒に立ち上がり、おかわりを得るべく台所へと……一応念のためにと多めに作った料理が置いてあるコンロの方へと急ぎ足というか駆け足で向かうのだった。




――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


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