第304話 御衣縫さんの本シメジ


 牡蠣オムレツをきっかけに牡蠣ブームが巻き起こり、食卓の半分程を牡蠣に制圧されて数日が過ぎたある日の午後。


 家の掃除をしているとタヌキそっくりの姿の御衣縫さんが大きな風呂敷を背負いながらやってきて、それを縁側に置いて「は~よっこらせ」なんてことを言いながら腰掛ける。


 それを見て掃除を一段落と言うところまで終わらせた俺は手洗いうがいをしてからお茶を淹れて、縁側へと持っていく。


「どうぞお茶です……今日はどうかしたんですか?」


 お茶を差し出しながらそう言うと御衣縫さんはお茶を飲んでから風呂敷包みを見やり、言葉を返してくる。


「ほれ、前に収穫できたらやると言ってあっただろう? キノコだよ、キノコ。

 今年は今一つの生育だったんだが、ちょいと前から良い具合にふくらんでくれてなぁ……結果例年より良い出来になったんだよ」


 そう言ってから御衣縫さんは風呂敷の結び目をちょいちょいとつまんでほどき、その中身を見せてくれる。


 本シメジ、山のような本シメジ、柄は大きく丸く膨らんでいて、傘もふっくらと丸く育っていて……その姿はまるでゲームやアニメで見るようなキノコの家のようだ。


 以前見た干し本シメジとはまた別格と言うか……門の向こうで見た最高級品にも負けない大きさ……いや、倍くらいに大きく傘も綺麗で傷一つなく、そんな本シメジがゴロゴロと、山のように積み上げられている。


 そんな本シメジを目にして何も言えなくなって硬直していると、御衣縫さんはやれやれと首を左右に振ってから言葉を続けてくる。


「確かにうめぇよ? うめぇキノコだけどよ、そんなありがたがるもんかねぇ。

 普通のキノコじゃねぇかよ、こんなもんは」


 その言葉に改めて驚いた俺は、いやいやいやと首を振って言葉を返す。


「い、いやいや、本シメジですよ、本シメジ。

 普通に買えば高いものですし……仮に安くてもこの美味しさはやっぱり別格じゃないですか」


「そうは言うがなぁ……。

 ……ああ、あれでたとえてやるか……ほら、魚でアジっているだろ、アジ。

 あれは美味い魚だよな、何しても美味い。

 身は刺し身、骨は骨センベイ、頭は味噌汁の出汁と捨てるとこなしってくらいに美味いよな。

 寿司といえばマグロなんて話もあるが、オイラはやっぱりアジだよ、アジ、旨味たっぷりのアジのにぎりが一番だ。

 季節や産地によっちゃぁ高級魚のフグなんかより美味い時もある……が、そんなアジをありがたがったりはしねぇだろ?

 庶民の魚っつうか、この山ん中の獣ヶ森でも普通に買えるもんだしなぁ……本シメジだって同じことなんだよ」


「……あ、あぁー……なるほど。

 確かにアジは美味しいですけど……そこまではありがたがらないですね……」


 アジは俺も大好きで、スーパーで見かければよく買って食べる魚だ。


 刺し身、つみれ、干物に南蛮漬け、本当に何をしても美味しい魚だと思う……けども、うん、確かに本シメジのようにありがたがったりはしないなぁ。


「味が良いからアジなんて呼ばれてる魚でもそんな扱いなんだ、このシメジだって変わらねぇよ。

 まぁ、食いもん全部に感謝してるし、ありがてぇって気持ちはあるけどな……本シメジだけ特別ってこたぁねぇかな」


 と、そう言って御衣縫さんはお茶をゆっくりと楽しみ……その言葉に納得した俺はお礼を言ってから立ち上がり、本シメジを風呂敷ごと台所へと持っていく。


 それからタッパーに移し、風呂敷を畳み……それからお礼にということでパック生牡蠣、冷凍牡蠣と燻製牡蠣、それと牡蠣のコンフィを縁側へと持っていく。


 それらを縁側に置くと御衣縫さんは目を丸くして全身の毛を逆立てて……そんな様子に少し驚きながら口を開く。


「あの……これは実家の母が送ってくれたものの一部でして、よければ本シメジのお礼ということで受け取ってもらえればと……」


 もしかして牡蠣が嫌いなのだろうか? 牡蠣にあたって以来牡蠣嫌いになる人は少なくないが……なんて不安を抱えていると、御衣縫さんの目はきらりと輝いて口角が上がり、その表情が喜色に満ちていく。


「おいおいおいおい! ただのキノコの礼が牡蠣かよ!

 参っちゃうな、おい! 良いのかよ、こんなに上等なもんもらっちまってよ? だってよ、牡蠣だぜ、牡蠣。

 おいおい、こんなことされたら、また色々と用意しなきゃならねぇじゃねぇかよ、困っちまうよなぁ、おい」


 そう言って御衣縫さんは目尻を下げて、今までに見たことのないようなデレっとした顔になり、愛おしそうに牡蠣のコンフィが入った保存瓶を持ち上げ、頬ずりをする。


 牡蠣は確かに安いものではないし、母がこだわって選んだ良い品ばかりなのだけど……そこまでになるものではないというか……いや、海が遠い獣ヶ森だとまた違う評価なのかな?


 母は更に送ってくるつもりらしいし……いくらテチさん達が大食いといっても持て余してしまう量だし、それならば牡蠣が大好きらしい御衣縫さんに、いくらか食べてもらった方が良いだろうな。


「母が牡蠣好きで、テチさんのためにって送ってくれるのですが、あまりに多すぎて持て余していまして……。

 遠慮なく受け取ってください、良ければ料理のレシピもお譲りしますよ」


「いやいやいや、そこまでは良いさ、うん。

 オイラんとこにもこだわりの食べ方があるからなぁ……いやもう、今夜はごちそうだなぁ、おい。

 ……よし、もうちっとしたら秋野菜の収穫も終わるからよ、そしたら色々持ってきてやるから、冷蔵庫や倉庫の準備をしときな。

 野菜にもよるが濡らした新聞紙で包んでやれば、それだけで冬の間もつのもあるからよ……冬にたんまりと野菜を入れた鍋でも食うと良い。

 ……鍋、鍋か、そうだな、今夜は牡蠣鍋にでもするかなぁ」


 と、そう言ってから御衣縫さんは牡蠣各種を風呂敷で丁寧に包み、よっこらせと言いながらしっかりと背負う。


 それから軽い足取りでスタスタと歩いていって……「また来るぞー」なんて言葉を残しながら足早に、森の奥へと帰っていくのだった。

 



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、本シメジの旨味が増すとの噂です。

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