第301話 扶桑の木の話 その2


 一旦話を切り、コホンと咳払いをした芥菜さんが、用意したおかわりのお茶を飲み干してから話をし始める。


「で、ここからはなんとも胡乱な話になる。

 なんで胡乱かと言えば、こちら側の自称学者連中があれこれと調べたもんが話の元なんだが……門のこちら側から出ることのない、外の学者連中とロクに交流のない連中の調査だからなぁ……。

 信憑性がなさすぎて信用して良いのやらだが、門の向こうの連中がこちらに入ってこられない以上、奴ら以外に調査、検証が出来るやつがおらんのもまた事実だ」


「それはまぁ……そうなるのでしょうね。

 調査するにもあのキノコがあって……ああ、でもモグラの獣人さんなら地下で近付いて、根っことかそこら辺を調べることはできそうですね」


 俺がそう返すと芥菜さんは複雑そうな、なんとも言えない表情で言葉を返してくる。


「……まぁ、大体そんな感じだ。

 他にも老人連中から話を聞いたり、昔の手紙だとかの資料を調べたり……そんな調査をしておるようだ。

 で、連中が言うにはだ、世界の各地にも扶桑に似たような植物があったのは確定、なんだそうだ」


「確定……ですか、あんな木がそこら中にあったなら門の外でも実物や種や記録がありそうなものですけど……」


「記録自体はあるはずだ、世界樹ってな……北欧だとユグドラシルだったか?

 ハンガリーならアズ・エーギグ・エーレ・ファ、アアチュ・アナってのもあったか。

 インドならアクシャヤヴァタ……他にもかなりの数の名前が世界各地に記録されてるはずだ。

 マヤ文明にだって世界樹伝説はあるし……世界を見回してみれば無い方が珍しいってなもんだ。

 つまりだ、昔はそこら中に、世界中に扶桑の木があった……と、学者連中は考えてるんだよ」


「あー……まぁ、俺もゲームとかで目にしたことはありますが……世界樹、ですか」


「おう、そんな風に世界中にあったはずが、今は無い。

 獣ヶ森のように隔離して秘匿してるという可能性もあるが……そのくらいに見かけないし知られてもおらんな。

 そこから学者連中は昔はそこら中にあったが、なんらかの理由で激減したと考えて……激減した理由が、今の獣ヶ森の現状に影響しているとも考えておるようだ」


「隔離して秘匿しないと失われているからそうしていて……そのおかげで獣ヶ森の自治が許されているという訳ですか?」


「そうじゃなければここまでの優遇はしてくれないだろうよ。

 扶桑の種やらを渡してのギブアンドテイクって面があるのは確かだが、そんなもんに構わず力尽くで奪うことはそう難しいことじゃぁない。

 恐らくだが世界各地はそうしたんだろう……その結果扶桑の木が、世界樹が世界から失われた。

 意志があり言葉が通じる不思議な力を持つ神樹、それが自分のせいで争いが起きているだとか、自分のせいで苦しんでいる連中がいるだとか自覚したらどうなるかは……なんとなく予想は出来るだろう?」


「……扶桑の木が世を儚んで自害したと?」


「さてな……。

 だがよ、そのくらいでないと世界各国が黙っている理由に説明がつかないと思うぞ?

 不老不死になれるかもしれないってな神樹を、日本だけが独占している……なんて状況を許してくれる程、世界は優しくはないだろう。

 許す他に手がないか、自分達も秘匿しているか……過去にやらかして何かがあったと考えるのが普通だろう。

 ただまぁ、ここら辺のは全て仮説だ、何しろ世界に行って調べるってのが出来ないからなぁ……」


「現地にいけないし、現地の資料を調べられない、他の学者と向かい合っての議論なんかも出来ないし……確かに調査をしようにも限界がありそうですね」


「インターネットなんてのものが出てきて、学者連中は喜び勇んで資料を漁っての研究を始めたが……ネットの資料だと真偽不明なのが多くて余計に苦戦をしているようだ。

 何もかも都合良くはいかないって訳だな……

 あとは……そうだな、分かってることでなんかあったかね……」

 そう言って芥菜さんは腕を組んで考え込み、首をひねる。


 胡乱な話と言っていただけに、恐らく色々な説が飛び交い、中にはとんでもない学説も存在しているのだろう。


 そんな中から厳選しているというか、確証は無いながらも信憑性のある話を選び取ってくれているようで……俺はそんな芥菜さんに感謝しながら静かに待つ。


 すると芥菜さんは数分後、ポンと手を打ってから頷いて、口を開く。


「こいつはまぁ、荒唐無稽に近い話なんだが……ある学者がな、あえてキノコの中を突っ切って扶桑の木に接触しようとしたことがあってな、その時に学者はカセットレコーダーを懐に忍ばせ、記憶が失われても良いよう、常に何かを……目にしたものを喋り続けたんだそうだ。

 その時に学者は何かを見たらしい……っても、キノコの胞子でおかしくなっている中で、だがな。

 だから妄想だろうと誰もが考えている訳だが……学者はそれを真実だと信じて、未だに研究を続けている。

 で、その内容なんだが……なんでもそいつは、扶桑の木と会話をしたらしい。

 そして扶桑の木の目的を聞いた、何故自分達を守ってくれるのかとな……すると扶桑の木はこう答えたんだそうだ、見下ろす世界が平和であって欲しいとな。

 人間と獣人が仲良く争わない世界が良いんだそうだ」


 見下ろす世界が平和……。


 それはなんとも漠然とした話というか、あまりにも人間本位な答えな気がしてしまう。


 人間や獣人から見て平和でも、他の森の住人……獣や虫、植物からしたら平和じゃないってこともあるはずで……何故人間と獣人に限っているのだろうか?


 これが人間や獣人の発言なら分かるのだけど、一応植物……らしい存在からそういう発言が出てくるというのはどうにもなぁ……。


 本当に扶桑の木がそう言った訳ではなく、胞子でおかしくなった学者の荒唐無稽な妄想、という方がしっくり来てしまうし……それならば納得も出来る。


「……ま、ここであれこれ悩んでも答えのでない話だ。

 あのキノコの中を突っ切る馬鹿なんてのも、あれが最後で現れることもないだろうしな……。

 まぁ、他のも色々説はあるが、そこら辺は気にしなくて良い……どうしても全てを知りたいのなら、扶桑の木に聞くしかないだろうから……どうしても知りたいのなら玄関のアレを育て続けると良い。

 成長を続けるうちに会話が出来るようになる……なんてこともあるかもしれないからな」


 と、そう言って芥菜さんは立ち上がり、軽い挨拶を残してスタスタと歩き去っていく。


 ……まだ全てを話していないというか、隠していることもありそうだったけど……まぁ、問い詰めても教えてはくれなさそうだし、ここまで教えてくれただけありがたいと思って感謝するとしよう。


 そう考えて立ち上がった俺は……とりあえず湯呑を片付けるかと、台所へと向かうのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回からはまたいつも通りです


応援や☆をいただけると、次回からコン君の元気が増々になるとの噂です。

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