第300話 扶桑の木の話 その1



 数日が経って……つわりらしいつわりも無く、順調かつ穏やかに日々が過ぎていって……そろそろ雪が降り出すかな? と思う程に冷え込みが過ぎたある日の午後。


 玄関のチャイムが鳴って足を向けると、風呂敷包みを持った芥菜さんの姿があり、挨拶を済ませると芥菜さんは、風呂敷包みをいなり寿司の礼だとそう言ってから玄関に置き、それからゆっくりと玄関に腰を下ろす。


「扶桑の話をしてやろうと思ってな」


 その言葉に驚いた俺は、お礼とお茶を淹れてきますと言ってから風呂敷包みを受け取り、それを持って台所に移動し、風呂敷包みを置いてからお茶を淹れて玄関へと戻る。


 すると芥菜さんはがぶりと一口で熱々のお茶を飲み干して、それからゆっくりと話し始める。


「まず儂らも全部を知っている訳ではないし……正直に言ってしまえば扶桑が何なのか、儂らにもよく分かっておらん。

 お前も世話を始めたことで実感しつつあるだろうが……あんなよく分からんもんが相手だ、そう簡単に理解出来るもんではなってことだな」


「それはまぁ……はい、尋常じゃない存在だというのは分かります」


 俺がそう返すと芥菜さんは頷いて話を続けてくれる。


「分かってる範囲で言えば、あれは古代からある植物で、昔はそこら中にあったもんらしい。

 昔の遺跡なんかが見つかると、調理場やらで種の残骸やら痕跡が発見されるそうだ。

 まぁ、まともな飯もねぇ大昔にはありがたい食いもんだったんだろうな」


 確か種は高カロリーで、アレ一つで結構な栄養になるんだったか……。


「それがどうして他所では全滅して、ここで残っているかは……正直分からん。

 昔話によると獣ヶ森が特別な場所だからだそうだが……儂としちゃぁ眉唾もんだと思っておる。

 どっちかっつーと扶桑の木があるからこそ、ここが特別な場所になってるってな方だと思うが……まぁ、それも結論は出せん。

 とにかくここしかなく、特別な力があるから獣ヶ森は今まで守られていて……それがまたあの木を特別な存在にしている。

 今じゃぁ否定されておるが、江戸時代以前には不老不死の薬になるとか言われておってな、獣ヶ森の獣人達はその種を戦国大名やらにうまーくばらまくことで、味方にしたり相争わせたりで自分達やこの森を守ってきたという訳だ。

 ……それでも力尽くで来る連中がいるはずだと思ったか? 仮にいたとしても、今度はあのキノコがあるからな」


「あのキノコ、ですか?」


「……おいおい、お前らは当事者のはず……いや、当事者だからこそ覚えてねぇのか。

 扶桑の木の根本には禁域が広がっている、その禁域にはある種のキノコが生えていて……この胞子を吸い込んじまうと記憶障害を引き起こしちまう。

 お前やとかてちがかつて迷い込んだ場所って言えば分かるか? どっかの馬鹿が扶桑の木を目当てに攻め込んできたらな、そこに誘導するなり案内するなりしてやるんだよ。

 で、この先に行けば好きなだけ扶桑の種が……不老不死の薬が手に入るとなったら連中はもう止まらない。

 止まらず進んで記憶を失って……呆然自失となって禁域をさまよい続けるか、戻ってくるかは運次第だが……まぁ、戻って来られたとしてもロクな目には遭わんかったろうな。

 外に逃げられたとしても記憶は失われているから原因は分からずじまいで……扶桑の木の調査がいまいち進んでねぇのもそのせいだな。

 ついでにそのキノコの研究も中々出来ないでいる、採取するのも一苦労だからなぁ」


「……そんな場所に迷い込んでよく俺とテチさんは無事でしたね」


「まぁ、そこは獣人だけの秘策があるっつうか……モグラの獣人の力を借りて、あとは防護服とガスマスクがあればなんとかはなるんだよ。

 それにも限度があって、遭難者を助け出すだけで精一杯だがな……」


「ああ、なるほど、地下に通路を掘ってそこから遭難者の下へ向かうって感じですか。

 ……っていうかモグラの獣人さんまでいるんですねぇ……あんまりお見かけしませんけど」


「そりゃぁモグラには耳らしい耳がないからな、短い尻尾があるだけで……普通に見ただけじゃぁ人間と変わらん姿にならぁな。

 儂らは耳がなければそうなんだろうと察する訳だが……お前さんの場合、耳が頭の上にない人間を見かけても、それが普通のことだと思って気付きもしないんじゃねぇか?」


「……え? いや、流石に獣ヶ森の中で耳がない人を見かけたら気付く……。

 ああいや、でも髪型で隠れているとか、帽子とかで見えないだけだと思い込んでスルーしていたかも?

 ……そう言えば獣人さんの存在というか、生まれに扶桑の木は影響しているんですか?」


 俺がそう問いかけると芥菜さんは首を傾げながら唸り、言葉を返してくる。


「さてなぁ……。

 仮にそんな力があるならなんらかの形で昔話が残ってそうだが、そういう話は聞かねぇな。

 人間を獣人に変化させる、なんてのもおとぎ話にもねぇだろうし……ツルやらの獣が人にってならあるが、それも獣人って訳じゃねぇからなぁ」


「……科学調査をしてみればヒントくらいは見つかりそうですけど……って、別に獣ヶ森の中心にあるあの大きな木じゃなくて、我が家なんかにある小さな木を調べれば分かることがあるんじゃないですか?」


「ああ、その話もする必要があったか。

 神社なんかで総本社と分社なんて言い方をするが、それに近くてな……中心にある木が総本社、本当の扶桑の木で、それ以外は分社……分霊と言えば良いのか、まぁそんな存在になるんだよ。

 だから分霊を調べてもあの木の本当のことは分からねぇっつうか……ちょっと風変わりな植物、くらいのことしか分からんそうだ。

 ならばと防護服やらを装備してあの木を調査しようなんてのが数十年前に壁の向こうであったらしいが……当時の最新式の防護服やガスマスクをもってしても、あのキノコの胞子を防ぐことは出来なかったようだな。

 10分前後ならなんとかなるんだが、それ以上となると駄目だとかで……最近じゃぁ調査自体が禁止されているらしいな。

 ここら辺に関しちゃぁ儂よりも、あの花応院とかいう奴に聞いた方が良いだろう」


 その言葉に俺がなんともややこしい植物だなぁと唸っていると、芥菜さんは苦笑混じりの言葉を続ける。


「まぁ、お前さん家の玄関のやつに関しては、来年にもなれば落ち着くだろうから、そこまで深く考える必要はねぇよ。

 あれはなんと言ったら良いのか……分霊したてというか、生まれたてというか、まぁそんな状態で、幼さゆえにはしゃいでいるというか、力加減が分かっていないというか……そんな感じで、大体は一年少しで落ち着くもんだ。

 落ち着きさえすれば『話が通じる』ようになるから、あれこれ困らされることはねぇはずだ」


「……え、いや、その話が通じちゃうんですか? 扶桑の木に?」


 俺が困惑しながらそう返すと芥菜さんは、一層と深く苦笑いをし……それからこくりと頷いてしまうのだった。

 



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、扶桑の木のやんちゃさが少し落ち着くとの噂です。

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