第299話 油揚げと言えば


 皆でいなり寿司を夢中になって食べていると、庭の方から声が聞こえてくる。


「おう、やってんな! おいらの分も、もちろんあるんだろうな?」


 その声の主は狸の獣人、大きな畑を趣味でやっている御衣縫さんのもので……それを受けて俺は立ち上がって、台所へと向かう。


 それからいなり寿司をたっぷりと詰め込んでおいた大きなタッパーを手に取って、縁側に腰掛けている御衣縫さんの下へと持っていく。


「こりゃぁ大したもんじゃねぇか、色々おすそ分けしてやった甲斐があるってもんだわな。

 ……ちなみにまだ余りがあったりするか? あったらそれも別のタッパーに詰め込んで欲しいんだがな」


 すると御衣縫さんはタッパーの中身を見やりながらそう言ってきて、俺は首を傾げながら言葉を返す。


「まぁ、あると言えばありますし、追加でいくつか作れもしますけど……ご夫婦でそんなに食べるんですか?」


「いやいや、これだけありゃぁ十分十分、逆にこれ以上あったら持て余しちまうわな。

 そうじゃぁなくて、ほれ、芥菜よ、あいつがいなり寿司が好物だからな、あいつんとこに持っていってやろうかと思ってな」


 芥菜さん、色々とお世話になっている町会長さんで……そうか、御衣縫さんと芥菜さんは年が近いし、交流があったりもするのか。


「ああ、芥菜さんの分ですか、分かりました、早速用意します。

 ……しかし芥菜さんの好物がいなり寿司っていうのは少し意外ですね」


「意外ってこたぁねぇだろうよ、あいつは狐の獣人なんだからよ。

 狐って言えば油揚げ、そしていなり寿司……組み合わせとしちゃぁ王道だろうよ」


「え、あ、芥菜さんって狐の獣人だったんですか!? 耳はそれっぽいなと思っていたんですが、白髪だったもんですからてっきり犬系かと……!」


「はっはっは、そりゃぁまぁ見た目じゃぁわかりにくいだろうがなぁ、狐でいなり寿司が好きってのがいかにもだろう?

 しかもあいつがいなり寿司を好きになったきっかけがまた笑えてなぁ、TVで見た壁の向こうの番組の中で狐と言えばいなり寿司、油揚げってのがあって、それに影響されてのことらしい。

 それまではまぁ普通に美味い食べ物くらいのもんだったが、意識して食べた途端に……ってなもんだ」


 そう言って御衣縫さんは膝をバシバシと叩いて笑って、それから芥菜さんの家がある方を見やって言葉を続ける。


「ちなみにあいつぁ、油揚げが絡んでいりゃぁなんでも好物だぞ。

 油揚げそのものを焼き上げて、納豆やらネギやら鰹節やらを挟んで醤油で食べるのも好きだし、油揚げ入りのウドンもソバも大好きだな。

 そのままでも甘く煮ても、どんな調理をしても好きだってんだからなぁ……そういや以前、チーズをかけてオーブンで焼いて食ったりもしてたな」


 それはまたなんとも美味しそうだなぁと、思わずそんなことを思ってしまう。


 油揚げ料理は歴史が長い食材だけあってか多種多様で、煮浸しにしても良いし焼いても良いし、甘く煮たのを使って油揚げ丼にしても良いし、そのまま炊き込みご飯にしても美味しかったりする。


 洋風料理でも活躍出来る食材で、御衣縫さんが言っていた通りにチーズとの相性が抜群だ。


 他にもキーマカレーに入れても美味しいし、ロールキャベツやクリームシチューやサラダ、肉と絡めてのソテー、ガーリックソテーも良いし、バターやマヨネーズとの相性も良いときている。


 老若男女に好まれ、栄養価も悪くない。


 元となった大豆がそもそも栄養豊富で、カルシウムもある、揚げているからカロリーは多めだけど、油抜きをしたらそれもある程度は減らせるし、お値段も手頃で……そのまま食べても良いし、料理のかさ増しをしたい時にもこれ以上ない食材だろう。


 ……我が家は芥菜さんに色々とお世話になっている。


 少しお世話になりすぎなんじゃないかってくらいにお世話になっている……。


 なら今度お世話になっているお礼ということで何か油揚げ料理を持っていくのも悪くないかもしれないなぁ。


「おう、そん時はおいらにもなんか作ってくれや。

 おいらは……そうだな、やっぱ野菜に絡めたのが好きだな、キャベツと油揚げの煮浸しとかよ。

 ああ、あとはあれだな、狸らしく揚げ玉がだーい好きだからよ、揚げ玉入りのソバとかウドンも良いなぁ。

 揚げ玉たっぷりに短冊切りの甘く煮た油揚げ、それと玉ネギをたっぷり入れたら最高だろうなぁ。

 ちなみにウドンはショウガ派だな、肉たっぷりのウドンにおろしショウガをたっぷり乗せて、ネギも乗せたら言うこと無しだな。

 ウドンは良いぞ、ウドンは、消化しやすいし力がつくし、ウドン食っとけば大体なんとかなるもんだ」


 俺の考えていることが分かったのか御衣縫さんはそんな……最後には盛大にズレた話をしてきて、どうやら御衣縫さんにも作った方が良いようだ。


「……まぁ、はい、油揚げ料理は簡単な方ですし、構いませんよ。

 ウドンは……中々のカロリーですけど、獣人だとちょうど良いくらいなのかな?

 まぁ、そちらも追々にやるとします。

 とりあえず……今のところは出来たてのいなり寿司なので、早めに食べてくれるとありがたいです」


 俺がそう言うと御衣縫さんはニカッと笑って、二つのタッパーを抱えてスタスタと歩き始める。


 それから芥菜さんの家の方へと歩いていって……大きな尻尾をゆらゆらと振りながら立ち去っていく。


 きっと芥菜さんの家でもあれこれ雑談をして、二人で食べたりもして、結構な時間を過ごすのだろうなぁ。


 ……奥さんに怒られないと良いけど。


 なんてことを考えてから立ち上がり、居間へと振り返ると、すっかりと綺麗になった大皿が俺のことを出迎えてくれる。


 まぁうん、皆の食欲ならそんなもんだよね、結構な量を用意したんだけどなぁ。


 なんてことを考えながら俺は自分の席へと戻り……皆の甘くなった口の中をすっきりさせるために、渋めのお茶を淹れ始めるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、芥菜さんの尻尾がふさふさになるとの噂です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る