第298話 いなり寿司 その2


 油揚げの中に詰める寿司飯の作り方もそこまで難しいものじゃない。


 まず炊きたてのあつあつご飯に寿司酢を……酢と砂糖と塩を、4:3:1の比率で混ぜたものをかけていく。


 ご飯があつあつじゃないと上手くほぐれてくれないし、変にねちゃついてしまうので炊きたては絶対条件だ。


 出来るだけ広げて全体に寿司酢をかけるのも大事なことで……大きなボウルにご飯を入れて薄く伸ばしてから寿司酢をかけると簡単で良い。


「寿司酢をかける時は、ボウルの中に入れたご飯の上にしゃもじをかまえて、そのしゃもじを動かしながら上に寿司酢をかけて、出来るだけ分散させて全体に行き渡るようにする。

 それからご飯が寿司酢を吸い尽くすまでご飯をきるように混ぜて……混ぜたらまたボウルに広げて今度はうちわで扇いで冷ますよ」


 そう言いながら作業をしていると、うちわを構えたコン君がパタパタと仰ぎながら疑問を投げかけてくる。


「なんでうちわ使うの? 普通に冷ますんじゃ駄目なの?」


「うちわで扇いで一気に冷ますことでご飯がべちゃつかなくなるのと、お酢の酸味が残るから味にも影響するんだよね。

 かといって冷ましすぎると今度はご飯が固くなっちゃうから、うちわで冷ますくらいがちょうど良いんだよ。

 目安としては触ってほんのり温かいくらいまで冷ます感じかな」


 そうやって冷ましたなら酢飯の基本は完成……後は油揚げに入れてしまえば、普通のいなり寿司の完成となる。


「具を加える場合はここから加えていく、ゴマを振ったりとか五目御飯の素とか入れたりするのもここからだね。

 で、具の方も用意してあるんだけど……とりあえず出来たての普通のいなり寿司を人数分作って食べてみようか」


 油揚げにもご飯にもわずかに熱が残っている、出来たてだからこそ味わえる温かさと柔らかさがある。


 こればっかりはこのタイミングでしか味わえないものなので、油揚げを人数分用意し……広げた部分を半分ほどめくっておいて……それから寿司飯を入れていく。


「こうやってめくるとご飯を入れやすくなるからおすすめだね。

 特にコン君達みたいに手袋をしている場合はやったほうが楽だと思うよ。

 作り慣れていてそんなことしなくても綺麗に作る自信があるなら、めくらなくてもOKだよ。

 しっかり入れたら油揚げを閉じて、お皿に盛り付けたら完成、これが基本のいなり寿司だね」


 皿に人数分のいなり寿司を盛り付けたなら箸を用意して、一人一つずつ取って食べ始める。


 油揚げにはしっかり汁が染み込んでジューシーで、油揚げもご飯もほんのり温かい。


 暖かくて柔らかくて甘酸っぱくて……この味は出来たての今しか味わえないものだ。


「うんまぁー! 前からいなり寿司好きだったけど、出来たてはもっと好き!」


「お寿司屋さんのより美味しいかもです」

 

 そう言ってあっという間に食べ終えるコン君とさよりちゃん。


 いや、お寿司屋さんのも出来たてならこれ以上に美味しいはずだよ?


「これは……これなら私も作ってみたくなるな」


「なんでも手作りできたては美味いもんだよな」


 そしてテチさんとレイさん、二人は一口でいなり寿司を食べたようで……残りの油揚げを見つめながらごくりと喉を鳴らす。


「具は用意してあるし、すぐ出来るからもうちょっとだけ待ってくださいね?

 寿司飯に具を混ぜて詰め込むだけだから、本当にすぐできるから!」


 そう言って俺は用意した具材を並べていく。


 葉ワサビの塩漬け、茹でレンコンに茹でニンジン、ヒジキにコンニャク、タケノコの水煮に本シメジ。


 それとクルミの甘露煮、これを砕いていれると良いアクセントになって香りも出て、なんともたまらない仕上がりになってくれる。


「あれ? にーちゃん、他にもクルミの甘露煮の瓶があるけど、こっちは使わないの?」


 地下収納から瓶を取り出していると、足元へやってきたコン君が他の瓶を指さしてきて、俺は頷きながら言葉を返す。


「ああ、そっちは甘露煮じゃないっていうか、ハチミツ煮とメープルシロップ煮なんだよ。

 やっぱり和風には醤油ベースの甘露煮が良いからこっちを使うよ。

 ハチミツとかメープルシロップの香りはいなり寿司には合わないからねぇ」


「ふーん……そうなんだ?

 オレはハチミツのも好きだけどなー……こっちはどんな料理に使うの?」


「そうだねぇ……基本はパンとの組み合わせになるかな。

 たとえば……パンを半分に切ってクリームチーズをたっぷり挟んで、そこにハチミツクルミをたっぷり。

 すると甘くてクリーミーで、ふんわりクルミと花の香のするパンの出来上がりって訳だね。

 これがまたクセになり美味しさで飽きずに楽しめて……これも簡単なのにたまらなく美味しい出来上がりになるねぇ」


 と、そう言って俺はまたやらかしてしまったかと、そんなことを思うが……皆の視線は具の方に集中していて、目の前のごちそうの方が大事らしい。


 そんな皆の腹は限界が近いのかぐーぐーなっていて……小さく笑いながら手早く作業を進めていく。


 まずは五目。


 本シメジ、クルミ、ニンジン、レンコン、コンニャクの組み合わせ。


 更に葉ワサビを足してみたり、葉ワサビだけの酢飯も作ってみたり……レンコンとタケノコを入れ替えるとか、いっそ全部混ぜるとか、色んな組み合わせの酢飯を作っていく。


 作ったならすぐに油揚げにつめて、どれがどれなのか分かりやすいように違う種類の皿を用意してそれに盛り付けて……盛り付けが終わったなら、本シメジのお吸い物とあつーいお茶を淹れて、ちゃぶ台に配膳していく。

 

 個人的にいなり寿司には熱くて渋いお茶だと思っているのであえて渋めにして、コン君達のは普通にして、配膳をしたなら席についてそんなお茶をがぶりと飲んで、それから箸をいなり寿司に伸ばす。


 そうして一つ取ったなら一口食べて……うん、やっぱり具入りでも出来たてが一番だなぁ。


 なんてことを考えながら味わっていると……リス獣人4人の箸がテーブルの上を乱舞する。


 今回かなりの数のいなり寿司を作ったのだけども、あっという間に消え去っていって……ちゃんと味わっているのか疑問に思うような勢いで消えていく。


 まぁ……うん、それだけ美味しかったということなのだろうなと自分を納得させた俺は、自分の分を先に確保してから、ゆっくりと味わっていくのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけるとリス獣人達の食欲が爆発するとの噂です

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