第297話 いなり寿司 その1


 おいなりさんの作り方は本当に簡単だ。


 油揚げを煮詰めて開いて、そこに酢飯を詰め込む、これで完成。


 具材を入れたいなら酢飯に混ぜれば良いだけで……本当に簡単で、それでいて美味しいという素敵な料理だ。


 特に出来たての美味しさは抜群で、じゅっと甘い汁がしみ出る油揚げに、ほんのり暖かく柔らかく美味しいご飯というコンボがなんともたまらず……何個も何個も食べたくなってしまい、手が止まらなくなる。


 具材で味変をしているとそれは更に加速し……贅沢な具材を使えば高級料理に早変わり。


 なんてことを考えながらスーパーへ向かって買い物をこなし、帰宅したなら家事をこなし、家事が終わったなら食材の準備を始めて……コン君達の帰りが遅いことを少しだけ心配していると、いつもの元気な足音が聞こえてくる。


 ただ葉ワサビを貰いにいっただけならすぐに帰ってくるはずで、御衣縫さんの所で何かごちそうになってきたかな? なんてことを考えていると……なんとも予想外なことに、両手いっぱいに大きな布袋を抱えたコン君とさよりちゃんが姿を見せる。


「ただいまー!」

「ただいまです!」


 姿を見せて元気いっぱいに声を上げて……そんな二人の側に駆け寄り思っていた以上に重い大きな袋を受け取りながら声をかける。


「おかえり、こんなにいっぱい……何をもらってきたの?」


「ワサビだよー! 葉ワサビ! おっちゃんのとこいってくーださいって言って、その代わりに色々お手伝いしてきた!」


「お掃除とかお片付けとか、色々してきました!」


 すると二人はそう返してきて……荷物を台所のテーブルの上に置いた俺と側で手伝いをしてくれていたテチさんは二人のことをよくやったと撫で回し、褒めそやす。


 御衣縫さんは何かある度におすそ分けとして様々な物をくれていた。

 だから今回もお願いをすれば……後で何かお礼を持っていくと言えば分けてくれるものと思っていたのだけど、コン君達はちゃんとそのお礼までしてきてくれたようだ。


 わざわざそうしなくても良いのに、自分達で考えてそうしてきたことを立派だ立派だと褒めて褒めて、それから二人が持ち帰った戦利品の確認をしていく。


「重いわけだ、葉ワサビの塩漬けと醤油漬けの瓶詰め、それと……本シメジの瓶詰めに、ショウガの甘酢漬け、タケノコの水煮まであるなぁ。

 ……どうやら御衣縫さんはこれでおいなりさんを作れって言いたいのかな?

 そして多分、完成する頃にやってくるんだろうねぇ」


 確認をしながらそんなことを言うと、コン君とさよりちゃんはコクリと頷いて……それに笑ったなら頑張ったコン君達のためにたくさん作るかと腕まくりをし、流し台へと向かう。


「じゃー、早速おいなりさんを作っていこうか。

 おいなりさんはコツさえ掴めば簡単だから、二人にも作ってもらうよ」


 向かいながら俺がそう言うとコン君達は駆け出して、まずは洗面所に言って手洗いうがいを済ませ、それから居間へ向かっていつもの割烹着に着替え、しっかり身支度を整えてから台所へとやってくる。


 その間に油揚げを冷蔵庫から取り出し、袋から開封して取り出した俺は、それらをまな板の上に敷いたクッキングペーパーの上に並べていく。


「まずは油を抜いていこう、煮詰める時に油が残っていると煮汁が染み込むのを邪魔しちゃうからね、クッキングペーパーでしっかり挟んでから両手でぐっと抑えて、滲み出る油をしっかりと取る感じでやっていくよ」


 クッキングペーパーの上に並べた油揚げの上にクッキングペーパーを敷いて、それからグッと両手で押して……数が多いのでコン君、さよりちゃん、テチさんやレイさんにもテーブルで同じ作業を手伝ってもらう。


 両手で押しているとじんわりと油がしみ出てきて……十分にしみ出たなら今度はまな板の上に油揚げを並べていく。


「次は油揚げを菜箸でコロコロっと押していくよ」


 菜箸を油揚げの上に置いて、力を入れて押しながら転がして……そんな作業をしていると真似しながらコン君が声をかけてくる。


「コレは何のためにやってるの? また油抜き?」


「ああ、これは……何て言ったら良いのか、油揚げの中にある白いモサモサ、あれを潰しているんだよ。

 あれを潰しておくと、油揚げを広げるのが簡単になって、酢飯を詰めるのも楽になって……まぁ、とにかくいなり寿司を作るのが楽になるんだよ。

 油揚げの種類にもよるんだけど、最初にこれをやっておかないと後で困ったことになっちゃうんだよね」


「へー……なら、しっかりやらないとだね!」


 と、俺の言葉にそう返したコン君は懸命に菜箸を転がし始め……俺も皆も同じように作業を進めていく。


「しっかり潰したら、横半分に切って、切り口から広げていって……ほら、中の白いのが潰れているでしょ? こうなっていると開くのが簡単なんだ」


 そう言って実際に切って広げた油揚げの中を見せてあげると、中の白い部分が潰れていて……そのおかげで簡単に開く事ができる。


「開いたら煮詰めて味をつけていくんだけど、煮詰める前に開いておかないと、柔らかくなっちゃって開けなくて破ける、なんてことになるからこれも注意だね。

 で、味付けは……砂糖、醤油、出汁が基本で、みりんを入れても良いかな? 俺はいれないけど。

 それらで煮汁を作って鍋に入れて、そこに油揚げを……綺麗に円を描くように並べて入れると良いかもね。

 後でひっくり返すからそれをしやすいようにして……鍋に蓋をしたら8分くらいかな、弱火でじっくり煮ていくよ」


 なんてことを言いながらコンロをフル稼働で鍋を並べて火を点けて……とにかく弱火でじっくり煮ていく。


「最初の8分は染み込ませる時間、煮汁が蒸発しないように蓋をして弱火でじっくり油揚げに味を染み込ませていく。

 それが終わったら蓋をあけて油揚げをひっくり返して煮詰める時間、中火にしてどんどん蒸発させて、ついでにスプーンで煮汁をすくって油揚げにかけて……煮汁が良い感じになくなったら完成。

 調理用バットとかに上げたらしばらく放置、冷ましながら味を馴染ませておこう。

 馴染ませたら軽く絞って……油揚げの準備は完成、絞り具合は好みにもよる感じで、じゅわっと滲み出る煮汁が楽しみたいなら、程々で済ませておくと良いかもね」


 後はこれに酢飯を入れたら完成なのだけど、今回は具入りにする関係でもう少し作業が続く。


 具入りの酢飯を作ってそれを詰め込んだら完成……完成まで後少しだと具材の準備を始めた俺は、出来上がった油揚げを見やりながらジュルリと口の中で音を鳴らすリス獣人の面々に、


「まだ食べちゃ駄目だよ」


 と、そう言ってから作業を進めるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、いなり寿司のジューシーさが増すとの噂です。

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