第296話 おいなりさん


 バーガーセットを食べ終えて満足した一同と、心地よい昼食後の時間を過ごして……その中で手作りと市販品についての雑談が始まる。


 やっぱり手作りの方が美味しいとか、市販品は市販品で便利で安全で良いものだとか、そんな会話をして……それからコン君が声を上げる。


「そう言えばにーちゃんもジャムは手作りが良いって言ってたね、確かに手作りのはうんと美味しかったなー」


「そうだね、市販のジャムは酸っぱさが抜けているのと、ゼラチンでそれっぽく仕上げていたりするから、手作りジャムとは全然違う味になったりするね」


 俺がそう返すとコン君は、ふんふんと頷いて……それから首を傾げて言葉を返してくる。


「バーガーもジャムも手作りがよくて……何か他にもそういうのあったりする? 手作りがうんと良いって言うの!」


「あー……まぁ、大体の場合は手作りの方が良いんじゃないかな。

 あくまで市販品は簡単で便利で、量産するための品って感じだから……でも、あえて言うのならおにぎりとかおいなりさんかな。

 おにぎりはほら、以前作ったでしょ? 中身も海苔もこだわって出来たてをーというやつ。

 あれと同じでおいなりさんも、手作りの出来たてのご飯が固くなっていないのが格別なんだよねぇ」


「えー? おにぎりは美味しかったし分かるけど、おいなりさんはあんまし想像できないなー、お店のも普通に美味しいよ!」


「うん、そうなんだけどね……手作りおいなりさんは、味の調整が出来るし、ほかほかで柔らかいご飯で楽しめるし……何より具を入れたりもできるからねぇ」


「具? おいなりさんの中に何か入れるの?」


「そうそう、たとえばサクサクに仕上げたレンコンとか、クルミの甘露煮、卵焼きとか鶏肉でも良いし……中にお揚げ入れたり、甘くしたニンジン、ヒジキ、糸コンニャクとかを入れたりも悪くないかな。

 あえて甘くしない塩いなりとか、ワサビの茎とか葉っぱ、ワサビ菜を入れて甘辛くしたのも良いねぇ。

 特にクルミの甘露煮は細かく砕いて入れると、これがまた良い食感と香りになってたまんないんだよね。

 それを炊きたてご飯の中に入れて、あまーくしたお揚げで包んで……うん、美味しいんだ、これが」


 と、俺がそう言うと周囲からゴクリという音が響いてくる。


 更にはお腹の音と思われるぐ~なんて音も聞こえてきて……レイさんが呆れたような声を上げる。


「おいおい、リス獣人相手にそれはお前……作ってやらなきゃ収まらないぞ?

 美味いもん食って良い感じに食欲が盛り上がってる時にってのもあるし……お前いつもこんなことしてんのか?」


 すると俺が言葉を返すよりも早く、コン君とさよりちゃんが声を上げる。


「うん、にーちゃんはだいたいいつもこんな感じ」


「はい、いつものことですね」


 更にはテチさんが力強く頷き……俺は頭を掻きながら言葉を返す。


「い、いやまぁ、あれこれ語りたくなってしまうのは俺の悪いクセと言うか……うん、つい口をついて出ちゃうんだよね。

 今まではこういう話、聞いてくれる人もいなかったからなぁ……」


 大学でも仕事場でもあまり料理の話をしなかったと言うか、しても興味を持って貰えなかったと言うか……コン君のように食いついてくれる人は、少なくとも周囲にはいなかった。


 テチさんのように静かに話を聞いてくれるという人もいなかったし……美味しい美味しいと食べてくれると言うのもありがたい話だ。


「そういう意味では良い縁に恵まれたんだろうねぇ……趣味が合って理解してくれて、付き合ってくれるんだから。

 ……たくさん食べてくれる獣人って、そう言う意味では料理好きの人と相性が良いのかなぁ」


 更にそう言って感慨深く頷いていると、レイさんがからからと笑いながら声を上げてくる。


「獣人と食の相性が良いなんてのはオレが証明済みだろ?

 パティシエとして成功して、ホテルにも品を卸して……それで食うに困らない生活させてもらってるからな。

 スーパーにせよ飲食店にせよ、大食い相手なら儲けやすいってなもんだ」


 そんなレイさんの言葉にそれもそうかと頷いていると……コン君とさよりちゃんが、じぃっとこちらを見つめてくる。

 

 その目は輝いていて、口の中ではうじゅると何かが滾っていて……もうすっかりと、おいなりさんの口になってしまっているようだ。


「ああ、うん……まぁ、おいなりさん自体は簡単な料理だから、今日の夕飯にでも用意してあげるよ。

 基本的にはおあげを甘く似て酢飯を用意して、詰めるだけのものだからね。

 具は……まぁ、スーパーで買い足すのとあり合わせのでなんとかなるかな、卵もあるしレンコンもあるし、乾燥ヒジキにクルミもある……。

 あ、ワサビが無かったか、ワサビいなりも中々美味しいんだけど流石にワサビはスーパーでは買えないかも―――」


 と、俺がそんなことを言いかけた所でコン君とさよりちゃんがダダッと駆け出す。


 そうして洗面所へ行って食後の歯磨きを済ませて……それから『いってきまーす!』と二人同時に大きな声を上げてから縁側から外へと駆け出ていく。


 一体どこへ行ってしまったんだろうと首を傾げているとレイさんは、森の方……御衣縫さんの畑がある方を指差し、その答えを返してくる。


「あっちの方に御衣縫さんの畑があって、その畑の水源の沢でワサビを作ってるんだよ。

 ワサビの収穫時期は夏だが……葉ワサビなら今くらいが旬だったはずだ。

 葉っぱと茎くらいなら言えばもらえるだろうし、それを狙ったんだろうな。

 ……後で実椋の方でお礼の品を送っておくと良い」


 そう言われて俺は……ならおいなりさんを持っていくかとそんなことを考えてから立ち上がる。


 そしてコン君達のように歯磨きを済ませてから、台所へと向かう。


 それから在庫の確認をして……大食いの皆のために山盛り作るかと考えて、居間へと向かって財布とスマホをポケットに押し込む。


「家のことはオレに任せとけ、美味いバーガーセットを食わせてもらった礼に洗い物をしておくし、コン達が戻ってきたら面倒見ておいてやるよ」


 そんなレイさんの言葉に背を押されながら玄関へと向かうと、テチさんも一緒に来るのかついてきてくれて……そうして二人でスーパーへと向かうのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけるとおいなりさんの完成度が高まるとの噂です。

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