第286話 開幕


 祭り当日。


 当初は庭だけを祭りの会場とするつもりだったのだけど……我が家も会場の一部として開放することになった。


 その理由は参加者が思っていたよりも増えたからで……それに合わせて会場をいくつかのエリアの分けていて、我が家の居間はお酒を飲まない人達エリアとして使うことになった。


 居間から見える範囲の庭がお酒を飲みはするけどもそこまでがっつり飲まない人達を中心としたファミリー用エリアで、離れた一帯……畑の側がお酒をがっつり飲む、酒飲み達だけを集めたエリアで……料理の内容もエリアごとに別のものとなっている。


 我が家や近場は今まで通りというか、ご飯が進むメニューというか、そんなメニューになっていて……畑の方はとにかくお酒が進む、酒飲み特化メニューとなっている。

 

 肉料理を食べてお酒を飲んで、お酒の力で食欲を爆発させて食べて食べて食べて、在庫の肉全てを食べ尽くす勢いで食べてもらう、という感じだ。


 たとえば昨日作ったポルケッタ。


 爽やかなハーブなどでクセのあるイノシシ肉を美味しく食べられるようにしていた訳だけど、酒飲みエリアのポルケッタは全く別種のハーブを使っていて……いや、ハーブというか香辛料まみれとなっている。


 ホットスパイスポルケッタとでも言うべきか、美味しく香ばしくイノシシ肉の味を引き立てるようにしつつ、辛く熱く口と喉を刺激するようにして、思わずビールを飲みたくなるように誘導し、実際に飲んだならアルコールで増した辛さが良い刺激を与えてくれる。


 他にも脂っぽい料理を多くしてビールで押し流せるようにし、ビール以外のワインに合うチーズメインの料理や、日本酒に合う醤油味噌メインの料理なんかも作ってあり……それぞれ好きな酒を持ち込んで楽しんでもらうことになっている。


 そう、今回は参加者の皆に料理や材料、お菓子や飲み物を持ち込んでもらうことになっている。


 参加料代わりというか、なんというか……無料でも良いと言えば良いのだけど、それで扶桑の木が暴れても困るので、相応のものを持ち込んでもらってお互い様というかなんというか、一方的な善行ではない、という感じに……なったら良いなぁと思っている。


 実際のところ、どこからどこまでが善行で、どの程度のことをしたら種が生えて動き出すのかは全くの謎で、それで対策したと言えるのかは謎なのだけども……やらないよりはマシというものだろう。


 それに先日もう一つの対策もしておいたし……前ほど酷いことにはならないはずだ。


「で、これがその対策って訳だ」


 我が家の玄関で満杯のビールケースを両肩に担いだ熊獣人のタケさんが扶桑の木を見上げながら、そんな言葉を投げかけてくる。


「ええ、カラスとかが木の実を食べるのを防ぐ防護ネットで……木全体を隙間なく覆うことができるので、これなら逃亡を防ぐ事ができるかなーと」


 俺がそう返すとタケさんは、視線の先にある防護ネットに覆われた扶桑の木をじぃっと睨むように見つめ、それから言葉を続けてくる。


「前は落下防止ネットにしてたんだろ?」


「えぇ、そうなんですけど……それだとただ落下を防止するだけで、そこから抜け出してしまうんですよね、ネットの上をコロコロと転がって。

 だからこれにして……もう少ししたら植木屋さんに頼んで冬囲いもしてもらうつもりです。

 防護ネットの上に冬囲いまでしたら流石に大人しくしてくれるんじゃないかなって」


「なーるほどなぁ……。

 いやまぁ、他所の家のことだからアレコレ言うつもりはねぇんだけどよ、これってなんだか、悪ガキを納戸に閉じ込めただけっつうか……春になって冬囲い外した途端大暴れなんてことにならねぇか?

 ……オレも詳しくねぇからあれなんだが、冬のうちに爺さん婆さん連中や中央の連中に話を聞いてみるのも良いかもな」


 と、そう言ってからタケさんは担いだビールケースをガシャガシャと鳴らしながら畑の方の会場へと足を進めていく。


 それに続く形でリフォームをやってくれた熊獣人さん達が……全員漏れなくビールケースを両肩に担ぎながらやってきて、簡単な挨拶をしてから畑の方へと向かっていく。


 実は畑エリアには昨日のうちから搬入が行われていて……既にかなりの量のお酒が運び込まれていて、全部で一体どれだけの量になっているのやら……。


 まぁ、うん、それで大量のお肉を消費してくれるというのだから文句もないし……タケさん達は昨日のうちに肉料理の対価ということで大量のお米を持ってきてくれているので、文句など出るはずもなかった。


 とれたての新米を山ほど持ってきてくれて、新年用にともち米まで持ってきてくれていて……うん、おかげで新年には餅つきを楽しむことが出来そうだ。


 他の参加者である御衣縫さんは本シメジや野菜を山ほど、コン君やさよりちゃんの家族は自家製の味噌や醤油、他の子供達はそれぞれの家で作った料理とか乾物とかを持ってきてくれていて……なんというか、それらだけで余裕で年が越せそうというか、少なくとも年末年始に食材不足で困ることはなさそうだ。


 テチさんの友達はテチさんが喜びそうな果物などを持ってきてくれていて、テチさんのお義父さんやお義母さん、親戚なんかも同じような感じで……町会長の芥菜さんも乾物なのだけども、どこから手に入れたのか高級品ばかりとなっていた。


 立派なスルメや干しアワビにホタテの貝柱、トビウオにナマコにフカヒレに……干しカズノコに。


 干しカズノコに至っては初めて見たってレベルの品で……山の奥の獣ヶ森でよくもまぁ、ここまでの品を揃えたよなぁと感心してしまう。


『ま、ここに馴染もうと頑張っていたのは知っているし、扶桑の木をしっかり育ててみせたからな、このくらいはしてやらんとな』


 と、そんなことを言っていたが……それにしては随分と豪勢というか、過剰なものをもらってしまった感じがするなぁ。


 ……後で何かお返しを用意しておくかと、そんなことを考えていると……庭の会場の方からなんとも楽しげな声が上がる。


 庭の会場では今、コン君とさよりちゃんが自分達の家族に、自分が作った料理を振る舞っていて……それを食べての大歓声が上がっているようだ。


 家の中からはテチさんと友人達の楽しげな声が聞こえてきて、畑の方からはかんぱーいとの音頭が聞こえてきて、そしてそこかしこからジュウジュウと肉を焼く音が聞こえてきて……煙が一気に上がり、歓声や楽しげな声や音頭が更に盛り上がって大きく膨れ上がる。


 それらをしばらくの間楽しんだ俺は……とりあえず庭の会場に合流して楽しむかなと、そちらに足を向けるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、扶桑の木が少しだけ大人しくなるかもとの噂です。

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