第285話 祭り前日


 肉祭りの開催が決まって、そのための準備をすることになって……意外にも力になってくれたのはコン君とさよりちゃんだった。


 料理の仕方や道具の場所を把握しているから、俺が必要とするタイミングで必要なものを用意してくれて、その身軽さで台所と倉庫を行き来し、天井近くの棚へと軽々飛びついて物を取り出してくれて……そして一部の料理の調理も手伝ってくれた。


 肉の下拵えや味付け、オーブンの温度管理など、割烹着姿でなんとも手際よくやってくれて……俺の料理をずっと見てきた経験値が二人の中で形になっているようだ。


 コン君に至っては半年近く見てきた訳だし、何度か料理に挑戦もしているし、当然の結果なのかもしれないなぁ。


 そういう訳で割烹着姿のコン君達が駆け回る家の中で調理を進めて……テチさんにはバーベキュー道具とかの準備をお願いして……そんな中、当然狩りも続けられていて、肉肉肉、肉続きな日々を送ることになった。


 そうして祭りの前日の昼食前、大体の準備が片付いた所で……残ったイノシシバラ肉ブロックを前に、どうしたものかなと頭を悩ませる。


 今日まで散々肉料理をしてきた、そしてその一部を朝昼晩と食べ続けてきた。


 結果肉には飽きてきていて……なんかもう、手の込んだ料理をする気力も湧いてこない。


 シンプルにするのならただ焼くだけが一番なんだけど、それだと飽きた肉の味がダイレクトに来てしまうし……ハーブか何かをまぶして焼くかなぁと、そんな事を考えていると、流し台の上に立ったコン君達が、その両手をワキワキとさせながら期待に満ちた目をこちらに向けてくる。


 その目には自身の色も満ちていて……どうやら今日までのお手伝いで、かなりの自信を手に入れたようだ。


 そうするとコン君達にも出来る料理が良いかな……と、そんな事を考えた俺は、ハーブの在庫を確認してから、ハーブや肉叩き用のハンマーなどの道具を用意する。


「じゃぁ今日はポルケッタを作ろうか」


 道具の用意が終わってから俺がそう言うと、コン君達はそれはどんな料理? と、首を傾げてきて、俺はまな板の上に大きなバラ肉ブロックを置きながら言葉を続ける。


「ポルケッタはイタリアの料理で……簡単に言っちゃうとローストポークみたいなものかな。

 ハーブをたっぷり使って豚をまるごとじっくり焼く料理で……流石に我が家でまるごとは無理だから、バラ肉だけのポルケッタもどきって感じになるかな?

 料理の仕方としてはまず肉を叩いて、包丁とかで穴をあけて、それからハーブとソースをたっぷりと塗り付ける。

 塗りつけたらハーブとかを内側に巻き込むように肉を丸めていって……丸め終わったらタコ糸でしっかり縛る。

 それから表面をフライパンでカリッと焼いたらオーブンに入れて、じっくり焼き上げたら完成って感じだね。

 作り方としてはパンチェッタにも似ているんだけど、長期間漬け込んだりはしない感じだね」


 そう言いながら肉叩きハンマーをコン君に手渡すと、それでコン君達には俺の言いたいことが伝わったらしく、コン君達メインでの料理が開始となる。


 まずはコン君とさよりちゃんが交代しながらハンマーで肉を叩いて叩いて……その間に俺はハーブソースの準備をする。


 セージ、イタリアンパセリ、ティル、ニンニクと粒マスタードを包丁で細かく刻み、それらを混ぜ合わせたなら塩コショウとハチミツとオリーブオイルを追加する。


 それから更に混ぜて混ぜてソース状にしたら、それを穴あけ作業を終えたコン君達へと手渡す。


 それをコン君達はスプーンでもって塗りたくっていって……用意したハーブソース全部を塗ったなら、二人がかりで肉を持ち上げて、グイグイと押しながら丸めていく。


 丸め終えたならそのまま抑え込んでもらって、タコ糸で縛るのは俺がやってあげて……しっかりと縛り上げたなら表面を焼くのは俺がやって、コン君達にはオーブンの準備と予熱をお願いする。


 オリーブオイルで表面をカリカリに仕上げたらオーブンに移動、160℃くらいでゆっくりローストして……焼き上がったなら輪切りにして更に並べる。


 その際の付け合せは蒸しジャガイモや焼き野菜、ローズマリーが良いとされていて……今回はポテトサラダに焼きトマト、それらを包むレタスにしておく。


 ついでに薄切り食パンをカリッと焼いて、サンドイッチにしても良いようにして……配膳をし、紅茶を淹れたなら比較的爽やかに食べられる肉料理の完成だ。


 ちょうど狩りを終えたテチさんも、シャワーと着替えを済ませたタイミングで……コン君達も割烹着を丁寧に脱いでからいつもの席についていて……俺も席につき手を合わせて、そして皆で一緒に、


『いただきます!』


 と、声を上げてから輪切りのポルケッタ……もどきに箸を伸ばす。


 そうして口の中に運ぶと香ばしい肉の匂いとハーブの匂いがいっぱいに広がり……がぶりと噛むとたまらない食感が返ってくる。


 外はカリカリ、中はモチモチ、オーブンで脂を落としたからかしつこさはなく、ハーブのおかげでさっぱりとした味になっていて……イノシシ肉とは思えない程に爽やかで美味しい。


「おお……この食感は予想外だったなぁ、凄く高級な豚肉っていうか、上等なのを食べている感じだねぇ。

 味もいい感じに決まっているし……うん、個人的な好みでローズマリーは避けたけど、正解だったかな」


 一切れ食べ終えて俺がそんな感想をもらすと、コン君がなんとも嬉しそうな表情で鼻息をフンスと漏らし、さよりちゃんは照れたような顔で「えへへ」と笑う。


 二人が頑張って作ったもので、オーブンで焼いている間もずっと、オーブンの前に張り付いて美味しくなるようにと祈り、見張っていたもので……それが美味しく出来上がったというのは特別に嬉しいものであるらしい。


 そんな二人の様子を見てか、二人が作ったことを知らなかったテチさんは察したような顔となり……少しだけわざとらしい態度で声をかけてくる。


「今日の昼食はいやに美味しいな、これならいくらでも食べられそうだよ。

 明日も出したら皆喜んでくれるんじゃないか?」


 それを受けてコン君達は更に嬉しそうな顔をして……俺はその流れに乗って言葉を返す。


「そうだねぇ、コン君達が良いなら明日も頑張ってもらおうかな?

 今日は凄く頑張って活躍してくれたし……二人がいたら明日も楽が出来そうだねぇ」


「うん? なんだ、これはコン達が作ったのか?

 あんまりに美味しいものだから、実椋が作ったものとばかり思っていたよ」


 するとテチさんもそんな言葉を返してきて……それを受けてコン君とさよりちゃんは、嬉しいやら自信が溢れてくるやら、様々な感情に襲われたようであれこれと表情を変えて……そうしてから物凄い勢いでポルケッタと付け合せを食べていく。


 照れ隠しというか興奮が抑えられないというか、感情が溢れてきてどうしようも出来ないというか、そんな勢いで最後に残ってしまったパンまで食べ上げたなら、まだまだ熱いはずの紅茶を一気に飲み干してしまう。


 それから二人同時に、


『あちっ!?』


 なんて声を上げてから口を抑えて倒れ込み、悶えるように畳の上を転げ回るのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、肉の焼き上がりがよくなるとの噂です。

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