第287話 フレスケスタイ風
あちらこちらから煙が上がり、歓声が上がり……お酒やジュースをぶつけあっての乾杯の声なんかも聞こえてきて、一段と盛り上がる祭りの中、庭へと向かうとレイさんが一台のバーベキュー台を支配している姿が視界に入る。
両手に調理用トングを持ってカチカチ鳴らして、良い具合に焼き上がった肉や野菜を、周囲で順番待ちをしている子供達の皿へと乗せていく。
それだけでなく持ってきたらしいクーラーボックスから肉や野菜を次々と取り出し、それらをバーベキュー台に乗せてソースを塗って、ものすごい手際の良さで焼き上げていく。
どうやらレイさんはレイさんで様々な料理を用意ししてくれたらしい。
その数はかなりのもので……結構な予算をかけていそうな規模で、そんな中レイさんが見慣れないというか、なんとも不思議な見た目の肉塊を取り出して焼き始めて……それがなんとも気になった俺はそちらに足を向け、声をかける。
「レイさんそれは……月桂樹の葉っぱですか?」
「いやまぁ、そうだけど……お前なら見ればすぐ分かることだろ?」
するとレイさんはそう言いながら首を傾げてきて……俺はその肉塊を凝視しながら言葉を続ける。
「いやまぁ、それはそうなんですけど、なんだってまた月桂樹の葉っぱが肉に突き刺さっているんです?」
それは豚肉のようだった、皮付きの豚ブロック肉。
その皮に切れ込みをいれた上で何枚かの月桂樹の葉を差し込んでいて……一体その行為に何の意味があるのやら。
肉は生の状態ではなく、しっかりと火が通っているようで……どうやら何かの汁で煮込んであるらしい。
煮込んで味をつけて……仕上げに月桂樹の葉っぱを刺してから、バーベキュー台で表面をカリッと焼き上げて完成、という所だろうか?
「あー、これはフレスケスタイっていう、デンマークの料理……を、参考にして作ったもんでな、その料理ではどういう訳か月桂樹の葉をこんな風に飾るんだよな。
多分だが向こうの文化とかの絡みとか、クリスマスとかに食べる料理だそうだから、常緑樹ってことで永遠とか末永い幸せを祈ってるとかじゃないか?
まー……今回はかなりオリジナルレシピにしているから、ここまでしなくても良いんだろうが、それでもフレスケスタイ風を名乗るからにはこれくらいはな」
そう言ってレイさんはその肉を焼き上げていって……皮がパリパリになったなら、バーベキュー台の隣に設置したテーブルの上のまな板へと移動させて……一口サイズに切り分けた上で、子供達の皿へと配っていく。
そうして希望者全員に配り終えたなら、自分でも一口食べて……それからもう一つ同じ肉を用意し、焼き上げながら作り方を語り始める。
「作り方としては……皮付き肉を用意する、これは外せないもんでな、俺は皮付きロース肉にしている。
で、まずは皮に切れ目を入れていく、肉まで切らないであくまで皮だけな。
そしたらひっくり返して肉側に塩コショウを刷り込んで……それから深い鉄皿やフライパンに皮を下にしていれて、入れたら今度は沸騰寸前まで熱したスープを入れるんだ」
「スープ、ですか?」
「ああ、本場ではただのお湯を使うらしいんだが、それだとちょっと物足りなくなりそうでな。
そういう訳で俺はコンソメスープにしてみたんだ、他にもトマトスープとかブイヨンスープとか……色んな旨味のあるスープにしても良いかもな。
で、スープを入れたら月桂樹の葉っぱと粒胡椒を入れて、そのままオーブンへ。
150℃程で15分とか20分程焼いたら、鉄皿ごと取り出して、肉を鉄皿から取り出して粗熱を取る。
そしたら肉をひっくり返して皮の切れ目に塩を塗り込んで……お待ちかねの月桂樹の葉を挿し込む。
そうしたらその部分を上にして鉄皿に戻し、スープが蒸発しらないように追加して……調理用の温度計を肉にざっくりと刺したら再度オーブンへ。
ここからがちょっと面倒なんだが、200℃で焼いていって……温度計が40℃になったら250℃に上げて更に焼いて60℃になったら完成で取り出す……んだが、俺はこれが面倒でな、温度計無しでなんとなくで焼いちまってるな」
「……なるほど。
つまり表面はカリカリ、内部はスープ蒸し上げでしっとりな焼き具合にするために、温度管理が大事なんですね。
で、温度管理が面倒なレイさんは、表面はカリカリを炭火で焼いて仕上げてしまおうと考えた……と」
「おう、せいかーい!
炭火で焼けば表面カリカリはもちろん、香ばしさも追加されて最高の具合になる……って信じて持ってきたんだが、うん、正解だったな。
試作なしのぶっつけ本番だったが、良い具合になってるぞー」
そう言ってレイさんは、テーブルの上に残した何切れかの肉を指差し、食べてみろと仕草で促してくる。
それを受けて一切れ手に取って食べてみると……うん、確かに美味しく仕上がっている。
表面はカリカリで香ばしく、中は蒸し焼いたおかげかふんわりジューシーで……味付けが良い具合にハマったのだろう、肉汁と一緒に出てくる旨味がなんともたまらない。
この辺りは流石というかなんというか、ジャンルは違えどプロとして商売をしている人だけあって、味の組み立てに関してはセンスが抜群だなぁ。
トマトスープとかブイヨンスープでも良いみたいなことを言っていたけど……レイさんなら難しそうなその二つも、上手く仕上げて見せるんだろうなぁ。
「はは、どうだ、結構な味だろ?
他の皆も色々作っているから、そっちも見てくると良い」
と、そう言われて改めて庭の会場全体へと視線を巡らせると、コン君のお母さんとか、御衣縫さん夫妻とか、バーベキュー台に陣取って料理をしている人達がいることに気付く。
コン君のお母さんは……さすがの和食党というか、なんというか、魚介類を焼いているようだ。
ただ焼くだけでなく味付けは照り焼きや味噌焼きなど、バーベキューとしても問題ないものにしていて、結構な盛り上がりを見せている。
御衣縫さん夫妻はキノコと野菜中心の料理を展開しているようだ。
特に凝ったことはしておらず、味付けとしては醤油をかけるか味噌を塗るか、塩を振るかって感じなのだけど、何しろ主役が本シメジ……その香りだけで周囲を魅了している。
他にも大きな、手のひらほどのシイタケとか立派なマツタケとか……うん、俺もあとでごちそうしてもらうとしよう。
「家の中ではとかてちの友達が、とかてち向けのを作ってるみたいだし、畑の方じゃタケ達が酒に合うのを山ほど作ってるはずだぞ。
やつらは料理とか得意じゃないが……酒飲みだからな、雑で適当ながら酒によく合う代物を用意してるんだろうな。
なんでもかんでもお前任せってのもつまらないし……こういう祭りも良いもんだろ」
更にレイさんがそんな言葉を続けてきて……俺はこくりと頷いてから、御衣縫さん達の方へと視線をやる。
そちらからはあまりにも……あまりにも良い香りが漂ってきていて、思わずといった感じで御衣縫さん夫妻の方へと足を向けてしまう。
一度意識してしまうともう駄目だ、気になって気になって仕方ない
後でごちそうしてもらうなんて悠長なことを考えていたけど……うん、駄目だ、食欲には勝てない。
なんてことを考えながら近くに行くと、御衣縫さんはにっこりと微笑んで……大きな尻尾を揺らしながら焼きたてのキノコ尽くしを盛り付けてくれて、それをこちらへと、
「食え食え、山ほど食え!」
なんてことを言いながら差し出してくれるのだった。
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