第283話 接ぎ木


 翌日。


 朝から冷たい雨が振り、皆で家の中で過ごすことになり……テチさんと、雨をものともせずに遊びに来たコン君とさよりちゃんで居間でのゆったりとした時間を過ごしていた。


 空気が冷えてきたので暖房をつけて、暖かい空気の中でまったりとして……そうしながら昨日、久々能智さんから貰った書類を読み進めていく。


 その書類の中には選定の際の注意や、接ぎ木に関してのあれこれが書いてあるものがあり……特に接ぎ木に関しては、勝手な判断で適当な接ぎ木をしてしまわないようにと、厳し目の注意が書かれている。


 接ぎ穂……台木に接ぐ枝は剪定の際に切り落としたものを使い、台木は久々能智さんが用意したものを使う。


 それ以外は一切使ってはいけない、勝手な思いつきでやってはいけない、野生の木やよく分からない木を台木にしてはいけないなどなど、しつこいくらいに書かれている。


 当然どうしてそうしてはいけないかの理由も書かれていて……それを読んだ俺は思わず、


「なるほどなぁ……」


 なんて声を上げる。


 するとファンヒーターの前でゴロゴロとしていたコン君が飛び起きてこちらへと駆けてきて、隣に座ってから何かあったの? と、言いたげな顔をこちらに向けてくる。


「ああ、いや、久々能智さんが接ぎ木についてをこれに書いてくれていて……その中に接ぎ木の事故っていう項目があってね、それを読んでいたんだけど……うん。

 接ぎ木って素人判断でやると危険なんだなー……とね」


 俺がそう声をかけるとコン君は、首を傾げながら言葉を返してくる。


「事故? 接ぎ木で? オレも接ぎ木は手伝ったことあるけどー……手に枝を刺しちゃったとか?」


「そういう事故じゃなくて、変な台木に接ぎ木をしてしまった結果、とんでもない作物が出来上がってしまったーっていう感じかな。

 接ぎ木は上手くやると、病気に強くなったり、実が大きくなったり、普通よりもたくさんの実がなったりとメリットもあるんだけど……悪い部分も引き継いじゃうっていうデメリットもあるんだよ」


「ふんふん? 畑の木の栗がちっちゃくなっちゃったとか?」


「いや、これに書いてある事故の例だと……家庭菜園をやっていた人が接ぎ木に手を出して、どんどん収穫量を増やせるものだから自分でオリジナルな組み合わせを試すようにうなったらしいんだよ。

 ……どんどん組み合わせて、どんどん変化させて……それが楽しかったものだから、食用じゃない、観賞用の植物まで台木にし始めちゃったらしいんだよ。

 そしたら……知らず知らずのうちに毒のある木を台木にしちゃっていて、見た目は少し風変わりだけど、味は美味しい……そしてかなりの毒があるナスが出来上がっちゃったらしいんだ」


「……ナス? ナスに毒があるの?」


 そう言ってキョトンとするコン君、話の内容が興味深かったのかさよりちゃんも側まで近付いてきていて……テチさんも、そこらに寝転がりながらも、こちらに耳を向けている。


「そう、ナスに毒。

 そしてその人はそのナスを食べちゃって……という訳だね。

 その人は自分で食べるだけだったから被害は少なかったけど、もし農家だったら、俺達みたいに人に売る仕事だったら……大惨事になっちゃうだろうね。

 そこまでいかなくても収穫量が減るとか、味が落ちるとか、周囲の木に悪影響を与えてしまうとか、色々な害があるようだから接ぎ木をする場合は、久々能智さんの言う通りにした方が良さそうだね」


「ふぅーん、勝手にやっちゃ駄目かぁ……。

 あのさあのさ、もし良い組み合わせとか思いついたらどうするの? 久々能智さんに言えば良いの?」


「どうしてもやりたい場合は、それ用の施設を用意すべきと書いてあるね。

 花粉とかで他に変な影響が出ないよう隔離した空間……建物の中で実験して、作物の成分もちゃんと科学的に調査して。

 それから久々能智さんのような専門家に見てもらって……畑に植えるのはそこまでやってからになるんだろうね。

 自分の畑に害は出したくないし、他所様の畑にも出したくないし……そこら辺は慎重過ぎる程慎重にやった方が良いんだろうね」


「なーるほどなー……。

 オレも栗がもっと甘くなって、たくさんとれるように改造したかったんだけどなー!」


 改造という言葉を使い、小さな手をワキワキさせるコン君。


 接ぎ木で作物を改良するということに子供心がくすぐられたらしく、目もキラキラと輝いていて……オレはそんなコン君に笑いながら言葉を返す。


「うちの畑の栗は、もう十分過ぎる程に改造されきっているからねぇ、更にって言うのは難しいと思うよ?

 畑の作物は栗に限った話じゃなくて、ナスもトマトも、ホウレン草とかも、何度も何度も、何千何万って人が繰り返し改良してきたものだからね。

 品種改良だって今もプロとか研究者の人が続けている訳だし……それに追いつくには、かなりの勉強が必要になるだろうね」


 するとコン君は、ワキワキさせている手を止める……が、またすぐに動きを再開させる。


 勉強の面倒さよりも興味の方が勝ったようで……そのままアレコレと考え始める。


「あの山の木とかー……あそこの森の木とかー……あそこの木もいいかもー」


 更にはそんなことを言い始めて……家の庭の方へと視線をやる。


 ……そう言えばコン君はリスの獣人としてこの辺りを遊び場にしていたんだっけ、そしてリスらしく木の上で遊び、木の実をとって食べたりし……人間よりも木に詳しいのかもしれない。


 聴覚や嗅覚に優れたリス獣人にしか感じ取れないものもあるんだろうし……うぅむ、もしかしたら、コン君達にしか出来ない品種改良なんてのもあるのかもしれないなぁ。


 そうすると……そういう将来も悪くないのかもしれない。


 料理人に栗農家に作物の研究家に……コン君は一体どんな大人になるんだろうか。


 色んなことに興味を持って色んな夢を持って……どんどん興味を広げて、知識を得て、料理人にも農家にも研究家にもならないかもしれないけども、夢を持って知識を広げることは無駄ではないはずだ。


 さよりちゃんも……そして俺達の子供も、そんな風にたくさん夢を持って欲しいなぁと、そんなことを考えているとコン君は、付けっぱなしになっていたテレビへと視線をやる。


 テレビでは警察官に24時間密着するという番組をやっていて、ちょうど警察官が犯人を追いかけるところで……それを見てコン君は、


「警察かっけぇ! 警察官になったらオレ、あんな感じに活躍できるかも!」


 なんて声を上げる。


 それを見て俺は「それもいいかもねぇ」なんてことを言いながら、コン君の頭を撫で回すのだった。

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