第282話 クルミのクリームパスタ
久々能智さんが扶桑の種をしまうと、それが目的だったとばかりに他の扶桑の種は大人しくなり……その全てがコン君達の手により捕獲された。
捕獲された扶桑の種に関しては、コン君達の好きにして良いということにし……コン君達は扶桑の種をポケットに押し込んで、家に持ち帰ることにしたようだ。
ポケットに押し込んでしっかり抑えて……そうやって扶桑の種が動かないというか逃げ出そうとしないことを確認したならホッとため息を吐き出し……それからぐぅーっとお腹を鳴らす。
昼食はしっかり食べたし、さっきレイさんのお菓子を食べたばかりなのに、それでもその音は響いていて……どうやら扶桑の種との追いかけっこの結果、コン君達はそれなりの体力を消耗し、消耗した分だけお腹をすかせてしまったようだ。
……夕食前に何か食べさせるのはどうかとも思うが、子供達のお腹は盛大に音を鳴らし続けていて……それを受けて仕方ないかと苦笑しながら立ち上がった俺は、皆に手を洗って席で待っているようにと声をかける。
すると子供達はわぁっと声を上げて喜び、駆け出し、手洗場で手を洗い始め……それを見て久々能智さんやテチさんとレイさんまでが手を洗うべく席を立つ。
大人組の分まで作るのかと苦笑した俺は……なら簡単な料理で良いかとレシピを思い浮かべながら家へと向かい、必要な材料と道具や食器をトートバックに入れて畑へと持っていく。
そうしたなら調理場を簡単に掃除して洗ってから調理の準備をしていく。
するとコン君とさよりちゃんがテテテッと駆けてきて……調理場の隅にちょこんと座って、いつもの見学モードに入る。
「今日はクルミを使ったパスタにするよ」
そんな二人に声をかけながらパスタの袋を開封し、鍋に入れていき……それを覗き込んだコン君が声を返してくる。
「なにこれ、細くない!」
「フジッリとかスピラーレって呼ばれるパスタだね。
巻き貝みたいというか、螺旋状になっているパスタで……この形だとよくソースが絡むんだよ。
クルミパスタは濃厚なクリームソースにすることが多くて……このパスタだと特にソースの味とクルミの風味を楽しめるんだよねぇ」
俺がそう返すとコン君は「へー!」と、そう声を上げてから夢中になって調理を観察してくる。
……と、言っても今回の料理はそこまで難しいものじゃない。
フジッリを茹でて、クルミを砕いて……牛乳とパルミジャーノ・レッジャーノ、それと生クリームのソースを作って、茹でたフリッジと砕いたクルミを絡めるだけで良い。
ソースの中にニンニクを入れても良いのだけど、そうするとニンニクの風味が勝ちすぎてしまうので俺は入れないことにしていて……その代わりソースの中に少量の胡椒を入れて風味を調整している。
クルミの量はお好みで……なんだけど、テチさんもコン君達もクルミは大好きだし、そして良い笑顔をこちらに送っている久々能智さんも、クルミが好きそうなので多めにし……あえて細かくは砕かず、食感を楽しめるようにしておく。
しっかりソースに絡めたならお皿に盛り付けて、更にクルミをふりかけて……パルミジャーノ・レッジャーノを更にかけるかはそれぞれお好みで。
「はい、出来たよー」
なんて声を上げながら休憩所の席についた子供達へと配膳していき……テチさん、久々能智さん、レイさん、最後に自分の分の配膳をしたなら席につき手を合わせる。
『いただきます!』
そう声を上げたならフォークを構えて……フジッリとクルミを口の中に送り込むと……うん、美味い。
クリームソースがトロッと濃厚で、それでいてクルミの強い風味があって、フジッリの独特の食感が面白くて……その螺旋の中に入り込んだソースの味やクルミの歯ごたえもたまらなくて。
柔らかいパスタの中にある硬い食感が面白いというか、ついつい口の中でそれを探してしまうというか……ソースの味が良い感じに出来たのもあって、夢中で食べることが出来る。
「お、おぉ~~~……なんか、なんか口の中が変な感じ!
これもパスタなんだなー」
と、コン君。
「こういうのもおしゃれでいいですねー」
と、さよりちゃん。
「テレビで見たことはあるが食べるのは初めてだな」
と、テチさん。
「んー……自分で作った時はこんな美味くはなかったなぁ」
と、レイさん
「これ、パスタサラダにしても美味しいんですよ、ドレッシングがよく絡むので」
そして久々能智さん。
他の子供達も楽しんでくれているようで……一緒に用意した市販のオレンジジュースもゴクゴクと勢いよく飲んでいる。
久々能智さんのパスタサラダという言葉に心惹かれたのか、目を見開いて耳を立てて、興味津々といった表情をコン君がしているが……それでも食べるのはやめられないのだろう、フォークを握った手と大きく膨らんだ口は止まることなく動いている。
そうしてまずはコン君達、次に俺とテチさん、そして久々能智さんという順番で食べ終わり……パスタサラダのこととか樹木医の仕事のこととか、簡単な雑談を経てから久々能智さんが、ゆっくりと席を立つ。
「いやぁ、ごちそうさまでした。
今日は美味しいものばっかりを頂いて、貴重なお土産も頂いて―――」
そう言って久々能智さんは自分のリュックを叩き……そこでお土産のことを思い出した俺は慌てて用意しておいた袋を、休憩所の隅に置いてあったカバンから取り出す。
それには畑でとれた栗とクルミが入っていて……笑顔で受け取った久々能智さんは、咳払いをしてから言葉を続ける。
「こんなにもたくさんのお土産を頂いて、感謝の至りです。
畑の方も、木達の方も元気も元気、皆健康で……これなら来年以降も良い実を成らせてくれることでしょう。
富保君もあちらで喜んでいるというか……富保君の想いがこうして受け継がれているのを確認出来たこと、感無量です。
また……次回は来年でしょうか、来年お邪魔すると思いますので、その時はよろしくお願いします」
俺だけではなく皆に……というか、獣ヶ森に向けてといった感じでそんな挨拶をした久々能智さんは、時間も迫っているからと手早く帰り支度を整えていく。
俺達はそれを手伝いながら休憩所の片付けをしていき……それから我が家に向かい、久々能智さんを迎えに来るはずの、車の到着を待つ。
その間久々能智さんは玄関の前の、扶桑の木の前に立ち、手を合わせて祈り続けていて……それは車が到着してからも続けられ、迎えの自衛官達が車の中で慌てだし……かといって車から出てこちらに接触するのは許されていないのか、車の中からあれこれと声を上げ始め……それを見た俺達が仕方なく久々能智さんに車に乗るようにと促すことになった。
「おお、失礼しました、ついつい夢中になってしまいまして……。
この続きはまた来年ですかね」
それを受けて久々能智さんはそう言って……そう言ったものの未練があるのだろう、何度も何度も、しつこいくらいに振り返りながら、車に乗り……獣ヶ森から去っていくのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や☆をいただけると扶桑の種が元気に暴れるとの噂です。
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