第281話 急襲 扶桑の種


 正直なところ扶桑の木を台木どうこうは……あり得ない話だと思ってしまう。


 そもそも品種が違うし、もしそれが出来るのなら他の誰かがやっていそうだし……扶桑の木はなんというか、そういった植物らしい植物ではないというか……本当の植物に分類して良いのか怪しい部分がある。


 成長速度もそうだし、条件もそうだし……種に至っては明らかな意志を持って動いてしまっている……。


 仮に挿し木が成功してしまって、自分の意志で動くイガグリなんてものが出来上がってしまったら、どれだけの悲劇が起こることか……それでケガ人なんて出た日には大騒動だ。


 植物の専門家である樹木医として興味を持つ気持ちは分かるのだけど……何しろ相手は未知の存在だからなぁ……余計なことはしたくないというのも正直なところだった。


 そういう訳で、興奮気味の久々能智さんを落ち着かせる意味でも他の話を振ろうとするのだけど……直後、そんな俺の思惑を打ち破りに来たのかと思うようなタイミングで扶桑の種がこちらに転がってきてしまう。


「またお前か! こいつめ!」


「またですか!!」


 それを見てコン君とさよりちゃんが、そんな声を上げて飛びかかり……扶桑の種はそれを避けながら転がるという、門の向こうの人が見たら気絶してしまいそうな光景が広がっていく。


 そんなコン君達を見てか、枝やウロで休んでいた他の子供達も参戦し……四足で体を大きく伸ばして縮めてを繰り返して、本物のリスのように畑の中を駆け回る。


「え? え? ええ? 実椋君、あれは一体……?

 木の実のように見えるけども、ああいう生き物なのかな? 擬態する虫かい……?」


 久々能智さんは駆け回るコン君達のことを目で追いながらそんなことを言ってきて……どうやらまだアレが扶桑の種であることには気付いていないようだ。


 ……さて、正直に言うべきか、ごまかすべきか……。


 いや、どうせ家に戻って扶桑の木を見ればそこに成っている実が視界に入り込むのだから、遅かれ早かれと言うやつだろう。


「あれは扶桑の種で……どういう訳か、あんな風に……変な動きで転がるんです」


 という訳で正直にそう言うと、久々能智さんは目を丸くし、丸くしたまま硬直し、いかにも混乱していますと言った風に視線を踊らせ、顔色を変えて、何かを言おうとして口をパクパクと動かすが、言葉が出てこないようで……そうして最終的には丸くした目を輝かせ、少年のような表情を作り出す。


「は、ははははは、あれは何だい、意志なのか本能なのか、なんらかの構造でそうなっているのか……あははははは。

 わ、私はね植物には心があるものと思って仕事をしている、傷つきやすい繊細な人に接するように仕事をすると心がけている。

 だけども本当に植物には心があるとまでは思っていない……いや、いなかった。

 ……も、もう少し若ければ、若ければあの仕組みを解明するための研究をするのに……。

 いや、こちら側の情報は外には持ち出し厳禁だったか……」


 少年のような顔のまま、あれこれとまくし立て……そして現実にぶち当たったのか、元の表情へと戻り……そんな久々能智さんに俺は、いずれは知ることかと言葉を返す。


「実は最近、政府関係者があの種を門の向こうに持ち帰っていまして……それの研究をしているはずです。

 どうしてもと言うのなら、そちらのルートにあたってみてはどうでしょうか」


 すると久々能智さんは再び少年のような顔になり……大きく頷いてからは何も言わず、ただただコン君達と扶桑の種の追いかけっこを見やる。


 コン君達は縦横無尽、とても楽しそうに木々の間を駆け回っていて……慣れてきたのもあるのだろう、次々に種を捕獲していく。


 捕獲したならポケットに押し込んだり、頬袋に押し込んだり、あるいは前歯でガリッと噛んだりし……そうしながら次の獲物を追いかけ回す。


「……いや、多いな!? いつもはこんな数じゃないのに!?」


 ふいにそんな声が口から漏れ出る、コン君とさよりちゃんと子供達、10人以上で追いかけ回しているのに、まだまだ扶桑の種は畑の中を駆け回っている。


 いつもならこんなに多くはないのに……そもそも何だってこの畑にやってきたんだ?


 俺達を追いかけてきた? なんだって今日に限って?


 ……もしかして?


 なんてことを考えていると、連携して鋭く動くコン君達の包囲網を切り抜けた一つの種が俺達の前までやってきて……まるで小石にでもぶつかったかのようにはね飛んで、久々能智さんの目の前へとやってくる。


 そして久々能智さんはそれを思わずといった様子で受け止めて……受け止めたまま口を一文字に食いしばり、恐れているというか、緊張しているというか、とにかくとんでもないものを手にしてしまったという様子で、こちらに視線を送ってくる。


 これはどうしたら良いのだろうか?


 その視線はそんな問い掛けを投げかけるもので……テチさんはやれやれと首を左右に振って諦めた表情をし、俺は……小さなため息を吐き出してから言葉を返す。


「その種は……扶桑の木は、持ち主というか飼い主というか……世話主というか、とにかく主が善行をすると大きく育つようなんです。

 そして……これはあくまで俺が考えた仮説なんですが、扶桑の種は本能的に……自分が大きく育つために、善行をする……またはしそうな人間を好むようなんですよ。

 久々能智さんは……仕事が植物の世話というか、治療ですから、扶桑の木の価値観からすると、物凄い善行をしている人……に見えるのかもしれません。

 だから本能的に久々能智さんの下へとやってきて、コン君達の追撃を切り抜けて命からがらやってきた……と、まぁ、あくまでこれは俺が考えた仮説なんですけども」


 そんな俺の言葉を受けて久々能智さんは、緊張した表情から一転……なんと言ったら良いのか、新しいおもちゃを前にした子供のような、特上うな重を前にした曾祖父ちゃんのような、そんな表情をする。


 そうして椅子の脇に置いてあったリュックに手を伸ばし……そこからサンプル採取用と思われる、ビニールパックを取り出し、その扶桑の種をそっとしまう。


 それからパックの表の……文字を書くための白い部分にサインペンで今日の日付と時間、それとそれが『品種不明の種』であることを書き込み……それからそれをリュックの中へとそっとしまう。


 門から出る時に、当然だけども手荷物も検査される。


 その際、それが……扶桑の種が見つかってしまえば当然没収されるだろう。


 そのパックに品種不明と書いたのは久々能智さんなりのささやかな抵抗なのか……それとも何か企みがあるのか……。


 まぁ……うん、いきなり地面を転がってきた種なんて品種不明で当然、嘘は書いてないということなのだろう。


 あえてその辺りを突っ込む必要もないなと考えて俺は、視線を逸らし……どんどん向こうに種が出ていっているけど、大丈夫なのかなぁとそんな小さな不安を抱きながら、小さなため息を吐き出すのだった。

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