第279話 樹木医


 イノシシのリエットは豚肉で作ったものよりもクセが強く、野趣溢れる味なんだけども、その分だけ脂身の旨味が強く、香りが強いハーブがよく合うという利点もあった。


 そうして出来上がった独特の風味のリエットはコン君達だけでなくテチさんにも好評で……カロリーがたっぷり摂取出来るからか、タケさんにも御衣縫さんにも……冬を前にした獣人皆に好評だった。


 栄養たっぷりで美味しくて保存が効いて物珍しくて。


 ……その好評っぷりは俺が想定していた以上のものとなってしまっていた。


 そうしていつしかうちにも作ってくれ、こっちにも作ってくれと依頼が舞い込むようになり……素人の俺がそこまでの量を作って配るのも問題だろうと考えて、皆にリエットを贈るのではなく、レシピを贈ることにして……そのせいというかなんというか、獣ヶ森でリエットブームが起こることになった。

 

 時間はかかるが作り方自体は難しくない、狩猟で肉さえ調達出来れば後は塩コショウとハーブさえあれば良い。


 その上春まで余裕で保つとなったら作らないという選択肢は無い……とのことらしい。


 すると狩猟肉の需要が上がり、買取価格が上がり……テチさんやコン君達、それを狩猟している皆にとっては万々歳の結果となったのだった。


 万々歳の結果となり、一種の狩猟ブームが出来上がり……だけども、毎日狩りにいけるかというと、そういう訳でもなかった。


 山の秋の天候は崩れやすいと言うけども、山の上にある獣ヶ森でも結構な頻度で雨が降っていて……体を冷やす訳にはいかないテチさんがそんな中狩りに行くなんてのはありえないことで、雨の日は狩りを止めて体を休めての休養日ということになった。


「オレは毛皮があるから平気なんだけどねー!」


「撥水スプレーとか使えば結構な時間外にいられますね」


 雨の日の昼下がり、居間の座卓を前にしてだらりと腰を下ろし、そんな感じの雑談をしていると、コン君とさよりちゃんがそんな事を言ってくる。


「ま、まさかの自前の毛に撥水スプレー……!?

 そ、それって毛が傷んだりするんじゃないの?」


 そんな二人に俺がそう返すと、テチさんが、


「もちろん痛む、だから二人共緊急時以外にそんなことをするんじゃないぞ。

 子供の頃にどうせ抜ける毛だからと体毛を雑に扱うと……大人になってから頭や尻尾にも影響が出るんだからな」


 と、そう言ってきて……コン君達は物凄い顔となって自分の尻尾をぎゅっと抱き寄せて、大切そうに撫で回しながらコクコクと頷く。


 そんな折、スマホの呼び出し音がなり……誰かから着信が来たとなってポケットから取り出すと久々能智くくのちさんとの表示が出て、一瞬誰だっけ? と首を傾げた俺は、それが曾祖父ちゃんの頃から付き合いのある、樹木医さんの名前だということを思い出し、慌ててスマホを操作して通話に応じる。


「はい、森谷ですが……はい、そうです、実椋です。

 以前お話した……はい、お久しぶりです」


 なんて挨拶を交わし、用件が何かを聞き……検査や予防接種が無事終わり、三日後にこちらに来てくれるとの連絡を受けて、俺は立ち上がってカレンダーにその旨を書き込み……一体何の電話かと首を傾げていたテチさん達は、それを見て納得してくれたようで、電話の邪魔にならないように、小声であれこれと会話をし始める。


 獣人は耳が良い、だから人間には不可能な小声での会話が可能で……スマホが拾わないような、俺の耳では雑音にしか聞こえないレベルの小声となっている。


「はい……はい、お待ちしています。

 はい、収穫は問題なく、特に病気とかも発生していません。

 あとは……はい、剪定と来年の分の苗木作りを……はい、お願いします」


 細かい日時と作業と、料金の確認をし……挨拶を終えて通話を終えると、ずっと小声で話していたコン君達が元気な声を上げる。


「ククのおっちゃん来るのかー! またアメもらえるかなー!」


「私は……二度目か三度目ですかねぇ、お会いするのは」


「木の上で子供達が寝ていても何も言わないのは久々能智だけなんだよなぁ」


 コン君、さよりちゃん、そしてテチさんの順番でそう言って……俺はテチさんの言葉に首を傾げて言葉を返す。


「木の上で? 子供達が? 寝ているの?」


 するとテチさんは、前に説明しなかったか? と、そんな顔をしてから言葉を返してくる。


「子供達の中には本能が強い子がいて……そういう子にとって木の上や木のウロの中は特別な場所となっていてな、流石にこの雨の中で行く子はいないだろうが、よく晴れた日なんかは畑に遊びに行っているはずだぞ。

 収穫前は実を落とす危険性があって、そういったことはしないようにと禁止しているんだが……収穫が終わって冬までの短い期間だけならと許可しているんだ。

 リス獣人の子供達は見た目より体重が軽いからな、子供一人二人くらいなら木にとっても大した負担じゃないだろうしな」


「へぇ……コン君達はそういうのしないんだ?」


 テチさんの言葉を受けて俺がそう問いかけると、コン君は胸を張って、


「もう大人だから!」


 と、返してくる。


「お~、コン君は偉いんだねぇ」


 それに俺がそう返すと……テチさんとさよりちゃんがなんとも言えない表情を作り出し、コン君と俺のことを見やってくる。


 その表情に一体どんな意味が込められているのかと俺が訝しがっていると……無言で立ち上がってテチさんが、収納の方へと向かい……そこから木の丸太を加工して作ったらしい、不思議なオブジェを持ってくる。


 高さは……50cmくらいだろうか、結構な太さの丸太をそのくらいの大きさに切って大きな穴をあけて……中をくり抜いて丸太の中に空間を作っているようだ。


 そしてその空間にはクッションや毛布が押し込んであって……もしかしてこれは? と、あることに気付いた俺が声を上げようとすると、それよりも先にテチさんが口を開く。


「これは子供達用の手作りのウロでな、畑や庭、寝室なんかにこれを置いて、子供達のベッド代わりにするものなんだよ。

 畑の倉庫の中にもいくつかこれがあるはずで……これが好きな子供達は勝手に倉庫から出して使っているはずだ。

 もちろんコンやさよりの家もあるはずで……今くらいの時期はコンも使っているんじゃないか?」


 との説明を受けてコン君を見やると、コン君は両手で顔を覆って、恥ずかしそうに俯いている。


 どうやら大人だもんとそう言ってはみたものの、家に帰れば子供らしく手作りウロの中で眠っているらしい。


 と、言うか我が家のこれにもクッションとかが入っているのを見るに、我が家でもこっそり俺が見ていないところで使ったりしていそうで……うん、コン君はまだまだ本能が抜けきっていないようだ。


 そんな事を考えて事情を察したような顔を作っていると、それに気付いたコン君は更に縮こまり……そうしてテチさんが持ってきたウロの中へと逃げていってしまう。


 それを受けて俺とテチさんはなんとも言えない微笑みを浮かべることになり……さよりちゃんは何も言わずにコン君と後を追いかけ、ウロの中でそっとコン君に寄り添い……そうすることで言葉を使わずにコン君を慰める。


 するとコン君はウロの中というのもあってか安心したようで、少しの間があってから寝息を立て始めて……そうして秋雨が降る中、コン君とさよりちゃんは予定外のお昼寝タイムへと突入するのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけるとテチさんの尻尾の毛艶がよくなるとの噂です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る