第278話 イノシシのリエット


 イノシシとシカの解体をレイさんに手伝ってもらいながらこなし、肉の半分をレイさんにあげて……残り半分はまだ昨日の狩りの分が残っているからと、冷凍庫で保管することにした。


 もうそろそろ売ってしまっても良いのかもしれないけども……レイさんから聞いた獣人の話によると、これからしばらく食欲旺盛になるらしいから、その分を確保しておいた方が良いと考えたからだ。


 綺麗に処理して保存パックに入れて空気を抜いて、業務用で一気に冷凍……そうやって倉庫の冷凍庫を埋めていって翌日、翌々日もテチさん達は狩りに行き続けて……ほぼ空だった倉庫の冷蔵庫は、あっという間に満杯近くになってしまった。


 満杯となったら売るしかない訳で……そういう訳で今日のテチさんは、買い取りの相談のために町会長さんの家に出かけている。


 町会長さんに相談して今は何が売れるのか、いくらで買い取ってくれるのかの確認をしてから、高く売れるものを狙って狩るつもりのようだ。


 まぁー……うん、冷凍庫は満杯、レイさんやテチさんの実家や、コン君とさよりちゃんのお家へのおすそ分けもかなりの量となったし……後は売るしかないのだろうなぁ。


 しかしあのどでかい業務用冷凍庫が満杯か……。


 冷凍庫は空よりもある程度の物が入っていた方が電気代とかは安くなるらしいし、それ自体は良いんだけど……満杯近くの肉なんてどう処理出来るやら……。


 冷凍焼けなどで味が落ちることも心配して、他の保存法も出来やしないかと探り、シカ肉のコンフィが中々美味しいらしいとの情報を見て、シカ肉のコンフィを量産したりし、イノシシ肉は塩豚などにし……それだけでなく更にリエットなるものを作ってみることにした。


「リエットって?」


 イノシシの肩肉、それと背脂、玉ネギ、ニンニク、ローリエ、タイムという材料を台所に用意していると、いつもの椅子に腰掛けたコン君がそう声をかけてくる。


「フランス料理のリエット。

 コンフィの仲間みたいなもので……コンフィは肉をそのまま油煮にして油漬けにして保存する訳だけど、リエットは油煮が終わった後、油漬けにするまえに肉を砕いちゃう感じなんだよね。

 砕くというか潰すというか……ミンチとかよりも更に細かく、ペースト状にする感じかな」


 俺がそう返すとコン君は首を傾げながら「ふーん?」なんて声を返してきて、俺はそれに小さく笑いながら作業を開始する。


「まず肉を小さく切り分ける、切り分けたら塩を振って下味をつけて、つけたら保存袋へ。

 保存袋に切った玉ネギ、ニンニク、ローリエにタイム……あとはお好みのハーブを入れたらしっかり揉んで、それから保存袋の空気を抜いたら冷蔵庫に。

 冷蔵庫で12時間寝かせたなら油で煮る感じで……とりあえずこれは冷蔵庫に。

 そして昨日冷蔵庫に入れておいたのを取り出して、これをこれから煮ていくよ」


 なんてことを言いながら出来たばかりの保存袋入りお肉を冷蔵庫にしまい、入れ替わりで12時間寝かせたものを取り出すとコン君とさよりちゃんは満面の笑みとなって、


『テレビで見たやつだ!』


 なんて声をピッタリのタイミングでハモらせながら上げる。


「今回は量が多いからね、何度かこれを繰り返していく感じだよ。

 寝かせたものを用意したなら背脂を大きな鍋で溶かしていって……温度を上げすぎない程度に、80℃くらいにしてから寝かせたお肉と玉ネギと……保存袋の中身全部をぶち込みます。

 ここから温度を一定に保ちながら煮込んでいって……温度管理が面倒なら断熱調理鍋とか使うと良いかもね。

 そうやって8時間煮込んだら次の工程ってことで、既に火にかけておいたお鍋とこれを入れ替えて……はい、こっちが8時間煮込んだやつです」


『またテレビで見たやつ!』


 またもハモり。

 楽しくなってきたのかコン君とさよりちゃんはお互いの顔を見合いながらカラカラと笑い……それに釣られて笑ってしまいながら作業を続ける。


「別の鍋とザルを用意して、ザルで濾して具材と油を別々にして……油はまた使うから捨てずにとっておいて、ローリエを取り出した残り、お肉と玉ネギとかを砕いていくよ。

 包丁とかで叩いて砕いても良いし、ボウルに入れてヘラで潰したりしても良いんだけど……まぁ、フープロが一番だよねってことで、フードプロセッサーでペースト状に」


 なんてことを言いながら具材をフープロに移し、スイッチを入れて……徹底的にペースト状にしたなら、少しだけ小皿に取って味を見る。


 コン君とさよりちゃんがそれを見て欲しそうにしていたので二人にもあげて……ペースト状となったそれを食べた俺はうんうんと頷き、コン君とさよりちゃんはコクンと首を傾げて声を上げる。


「まずくはないけど、お肉の味だけど……美味しいのかな?」


「ハーブの香りはとっても良いですし、旨味はあるんですけど……」


 そんな二人に俺は笑い返しながら作業を進めていく。


「味を見たのはこれから味を整えるからで、まだまだ完成じゃないよ?

 味を見たら塩コショウで味を整えて、整えたなら容器……本場では陶器とかに入れるらしいけど、うちはタッパーに入れようか。

 タッパーに丁寧に、空気が入らないよう敷き詰めていって……7分目とか6分目まで敷き詰めたならスプーンで押して更に空気を抜いて……それからさっき分けた油を入れていくよ。

 油をかけて油の層を作って……ギリギリまで油を入れたら蓋を閉めて、冷蔵庫に入れて冷やしたら完成だね。

 冷蔵庫で冷やすと油が煮こごりみたいに固まって……それを切り分けて、お肉のペーストの上に油の煮こごりが乗った状態、お肉のケーキというか二層ゼリーというか、そんな状態のを食べる料理になるね。

 そのまま食べたりフランスパンとかに乗せて食べたり……油と旨味の暴力で美味しくなるらしいよ」


 そう説明しながら作業を進めて、出来上がったなら冷蔵庫に入れて……するとコン君達が「完成品は?」という煌めく目でもってこちらを見てくる。


「いや……うん、昨晩から作り始めたものだから完成品は無いよ?

 完成品はないけど……ここに市販の缶詰のものがあるから、試しに食べてみようか。

 リエットは主に鳥やウサギ、シャケなんかの魚で作るんだけど……これは豚のリエットの缶詰になるね、イノシシと近い味……のはずだよ」


 そう言って缶詰を流し台下の収納から取り出すと、コン君達は拍手をしての大歓声、テレビの料理番組のような流れが余程にお気に召したらしい。


 そんなコン君の様子に笑いながら、フランスパンを用意し、切り分けてからトースターで焼いて……焼き上がりを待つ間にリエットを缶から取り出し、薄切りにして切り分けて……焼き上がったフランスパンの上に乗せる。


 乗せたならパセリを軽く振って完成、小皿に取り分けてコン君達に手渡し……そして自分の分を手に取って食べてみる。


「うん……缶詰だけど十分美味しいねぇ。

 こうやって食べるだけじゃなくてチーズに乗せるとか、サラダやサンドイッチに合わせるとか、温野菜に塗って食べる、なんて方法もあるみたいで……肉のジャムみたいなものと思えば良いのかな? 砂糖は使ってないけど。

 油の旨味がたっぷりと追加されるから、さっぱり系のお肉で作っても美味しそうだねぇ」


 食べ終えてそんなことを言って……それからコン君達の方を見ると、コン君達はフランスパンを両手でしっかり掴んで、カリカリカリッと少しずつ削り取るように食べ進んでいた。


 少しずつ削り取って食べて、もぐもぐと咀嚼してその味を堪能して……目を煌めかせ頬を上気させて、気に入ってくれたようだ。


「手作りのはもっと美味しくなるはずだから、明日になったら食べようか。

 テチさんやレイさんにも食べてもらって……何ならコン君達も持って帰ると良いよ。

 まだまだまだまだお肉はあるからねぇ……どんどん持って帰ってもらって、どんどん食べてもらわないと消費が追いつかないよ」


 と、俺がそう言うと二人は口をもぐもぐとさせながらうんうんと頷いてくれて……そうして口の中を空にしてから、


『おかわり!』


 と、本日三度目のハモりを見せてくるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、コン君達の毛艶が良くなるとの噂です。

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