第277話 冬前の獣人達


「そう言えばレイさん、獣人の狩りってどんな感じなんですか?」


 大根仕事と大根談義がある程度落ち着いたところで、居間に戻ってゆったりと腰掛けながらそう俺が声をかけると、レイさんはちゃぶ台の上のお菓子容器に手を伸ばし、せんべいを一枚取ってバリッと食べてから、言葉を返してくる。


「どんなって……実椋だって棒の鍛錬してるんだから、大体分かるだろ?

 棒で獣の頭をスコンッとやって狩る訳だよ」


「いやまぁ……大体想像は付くんですけど、もう少し詳しくと言いますか実際はどんなものなのかなって。

 テチさんは妊婦な訳ですし……」


 俺がそう返すとレイさんは、何かを察したような顔になり「ははぁん」なんてことを言ってから説明をし始める。


「そういうことならまぁ安心しとけ、とかてちもそこら辺のことはよく分かっているからな。

 前には出ず、コン達に指示を出したり、囮なんかをやってるんだろうさ。

 とかてちがどんと立って声を上げたり棒を振り回したりしてイノシシを煽って……そこにまんまとやって来たのを、コン達が木の上から飛び降りながらの一撃で奇襲をしかけるって感じだろう。

 コン達だとまだまだ体重が足りなくて重い一撃は難しい訳だが、木の上からなら……まぁ、それなりの一撃になるからな。

 コン達くらいの年はこー……一番獣としての力が強い時期というか、思春期ギリギリ前の最高に動ける体になっていて、色々考えるようにもなってきている頃だからなぁ、小さな体ではあるものの、侮れない身体能力になってるんだよなぁ」


 体が大きく育って、これから大人の体……つまりは人間のような体に変化して行く時期で、それでいて頭の中は人のそれと変わらず、続くレイさんの説明によるとコン君くらいの年齢が一番『獣人』らしい時期であるらしい。


 これ以降は人間寄りになってしまうし、これ以前は幼すぎるしで……そんな狩りに最も向いている年齢の二人がいれば大体の獣が狩れてしまうんだそうだ。


「木の上から落下しながらの一撃を放って、避けられたならその身軽さでもって飛び跳ねて、また木の上に登って……あるいは木の幹を踏み台にして蹴り飛んでの一撃を放って……縦横無尽、相手が倒れるまで棒を振るい続ける訳だな。

 あの鉄の棒は先端部分が交換可能なアタッチメントになっている訳だが、訓練用の丸玉じゃなくて狩り用の……重ったいやつとか、鉾のようなやつとか棘つきのやつとか、角張ったものにするだけでエグい威力になるからなぁ……。

 ま……とかてちもそこら辺のことは重々承知しているだろうし、今は猟友会とかタケさん達が森の中うろついてるから、何かあってもすぐに助けてくれるはずさ」


「猟友会はまだしも、タケさん達も森に来ているんですか? タケさん達も狩りに?」


「今だとまだ気配はないが……これから雪が降るってんで、大工とかはこのくらい時期から早々と仕事納めしちまうんだよ。

 ここらはかなりの雪が降るからな……仕事をしようにも出来ないって訳だ。

 だから狩りとか除雪、雪下ろしなんかで稼いでいくんだが……まぁ、あれだな、連中は熊の獣人だからな、熊としちゃぁこの季節は森の中で狩りやら木の実拾いやらをしたいんだろうな。

 リスの獣人だって大人でも木の実を集めたりするし、お前の畑で働いていた子供達も、貰ったクリとかクルミとかを宝箱とかに入れて……こう、満足してるっていうか悦に入っているっていうか、そんなことをしているはずだぞ」


「あー……」


 と、そう返して俺はテチさんやタケさん達が獣人であることを改めて痛感する。


 熊としては……というのは冬眠前の食いだめのことなのだろう。


 たっぷり食べて冬眠のための栄養をとっての準備……まさか本当に冬眠をする訳ではないのだろうけど、それでもそんな熊の本能の影響が熊の獣人にはあるらしい。


 もしかしたら仕事納めに関しても雪よりも冬眠の方が影響してのことなのかもしれないなぁ。


 仕事中に眠くなってしまうとか集中出来ないとか……大工などでそれは命にも関わることだからと、そうしているのだろう。


 そしてリスの子供達は……大人よりも本能が強いそうだから、そういうことをしていてもおかしくはないのだろうなぁ。


 木の実を溜め込んだり木の実を植えたり……そこら辺を仕事としてやれるうちの畑は、皆にとっては良い職場なのかもしれないな。


 なんてことを考えているとレイさんはバリボリとせんべいを食べていって……ある程度食べて満足したのか、お茶を飲みながら言葉を続けてくる。


「当たり前だが門の向こうみたいに罠猟をするやつもいるし、弓矢とかボウガンとかを使う連中もいるし……いざという時のための避難所とか忌避剤を撒いてあるエリアとか、逃げ込む場所も用意してあるから、まぁー……事故とかは心配する必要ねぇんじゃねぇかな。

 こっちでそういう事故があったっていうのは一度も聞いたことないからなぁ……なんだかんだ、獣人の力のおかげってことなんだろうな。

 まぁ熊獣人の連中はその獣人の力のせいで大変な時期でもあるんだが……。

 何しろ食欲がなぁ、普段から凄いことになってるのに、それが本能のせいで2倍……いや、3倍にもなるんだよ、熊の連中は。

 食欲だけ3倍で、消費カロリーが増える訳じゃないから、普通にしてたら太っちまうし、だからといって運動したらまた食欲が湧いてきちまうしで……本当に大変らしいな。

 食費のことも考えると、狩りでもしなきゃぁやってられないんだろうな」


 運動と食料確保、その両立が出来るのが狩りで……タケさん達のような人達がいるから、獣ヶ森が獣で溢れることがないのかもしれないなぁ。


 もし仮に獣人をこの森から排除したりしたらどうなるのかは……ひどいことになってしまいそうだなぁ。


 どんどん獣が増えて大きくなっていって……獣ヶ森を囲っている壁と門と、そこの警備についている自衛隊は門の向こうからの侵入を阻む意味もあるのだろうけど、門の内側の獣達が外に出ていくのを防ぐ意味もあるのかもしれないなぁ。


 記憶を奪う変なキノコまである訳だし……そういったものまでが外に流出したなら、とんでもないことになってしまいそうだ。


 と、そんな事を考えていると、森の方からガサゴソと音が響いてきて……テチさん達なのだろう楽しげな会話の声も聞こえてくる。


「お、帰ってきたか」


 と、レイさんがそう言って立ち上がったのに続いて俺も立ち上がり、縁側の向こうの庭の向こうの木々の隙間へと、今日はどんな獲物を狩ってきたやらと視線をやる。


 するとテチさんがイノシシを、コン君とさよりちゃんが二人がかりでシカを引きずりながら帰還してきて……それを見た俺は今日は二頭かぁとため息を吐き出しつつ、逃げ出そうとしているレイさんの両肩をがっしりと捕まえるのだった。

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