第274話 燻製とショウガご飯
それからしばらくの間、コン君とスパイスやスパイス調合についての会話をし……そうしていると燻製器からなんとも良い香りが漂ってくる。
炭の香ばしい匂いとアジのたまらない匂いと、熱せられたスパイスが発する匂いと、シャケやイノシシ肉が発する匂い。
それらが周囲に漂い始めると、つい先程までお腹を膨らませていたはずのテチさん達がごくりと喉を鳴らしてきて……俺は思わず、
「いやいやいやいや、食べたばかりでしょ!?」
なんて声を上げてしまう。
だけどもそんな常識的な発言はテチさん達には通用せず、いつのまにかしぼんでいた腹をポンと叩いてまだまだ食えるぞとアピールしてきて……俺はそんな三人に対し言葉を続ける。
「……まぁ、うん、食べられるのなら良いけども、流石にこれは夕飯になるよ?
燻製が終わった後、馴染ませる必要があるし……時間もなんだかんだと15時を過ぎているからねぇ。
完成直後のはそれはそれで味わいがあるんだけど……そっちは味見だけで終わりになるかな」
そんな俺の言葉に対しテチさん達は、少しだけ不満そうな表情を見せるが、それでも食べられない訳ではないからと納得してくれて……夕食のためにと庭の片付けを始めてくれる。
片付けをして風呂を沸かして……コン君達は夕食をうちで食べていく旨、自宅に連絡して……そうやって皆があれこれと動く中、燻製器はモクモクと煙を上げ続けて……日が沈み始める頃、炭火が弱まってきたのもあって燻製が終了となる。
俺が燻製器を下ろすと、すかさずテチさん達が駆け寄ってきて……燻製器の蓋を開けると三人同時に、コン君とさよりちゃんはテーブルに体を乗り上げる形でぐいと顔を突き出す。
そうしてスンスンスンと鼻を鳴らし、中から溢れ出る香りを堪能し……そんな三人のために小皿と箸を用意した俺は、イノシシ肉の薄切り燻製肉を一人一枚ずつと、アジの燻製一尾をほぐしたものを三人分に取り分ける。
すると三人はすぐさま箸を皿を手に取り、出来上がったばかりのまだ熱が残る燻製に箸を伸ばし……すでに食べたことのあるイノシシ肉よりもアジの方が気になったのか、アジの燻製を摘み上げて口に運ぶ。
それに続いて俺も残ったアジの燻製を口に運び、瞬間アジの旨味と炭火、チップのたまらない香りが口の中に広がる。
ただただ美味い、そんな感想しか思い浮かばない程に美味しく、大した量のないそれを思わず二度三度と噛み……そうしていると今度はスパイスの風味や味、辛さなんかが広がって、それがまたアジの旨味を際立たせてくれる。
「うーむ……刺し身やなめろう、フライなんかでも美味しいけど、スパイス燻製も美味しいなぁ……。
ご飯よりもお酒が合う味になるのかな……これと一緒に飲むならやっぱりビールかな?」
なんて呑気な感想を俺が口にしていると……アジだけでなくイノシシ燻製も食べ終えたテチさん達が食欲に満ち溢れた物凄い目でもって燻製器の中に残っている燻製を睨み、そちらに箸を伸ばそうとする。
「駄目駄目、そっちは夕飯用だって言ったでしょ?
……出来るだけ早く夕飯の準備をするから、テチさん達はここら辺の片付けをしておいてよ」
と、俺がそう言ってもテチさん達の目に宿った食欲は消えてくれず、仕方なしに俺は燻製器の中身を手早く用意した容器の中に回収し、そのまま台所へと持っていく。
するとテチさん達は悔しげにしながらも仕方ないと納得したのか、庭に残ったテーブルと燻製器の片付けを始めてくれて……俺はその間に夕食の準備を進めていく。
メインは燻製、味噌汁はアジの頭を使ったもの、ほうれん草のおひたしと里芋の煮物があって……あとはお米を炊くだけで良さそうだ。
んー……だけどもどうせ手が空いているのだからもう少し手の込んだことをするかと、生ショウガに大葉、ゴマを用意しての炊き込みご飯にすることにする。
以前お義母さんが作ってくれたそれは、出汁と塩、お酒と一緒に炊き込むと言うレシピになっていて……それを真似する形で炊き上げ、たっぷりの燻製と一緒に食卓に並べていく。
アジの方はさっぱりとしているけども、イノシシの方はかなりこってり目だ。
そんなイノシシ燻製肉にはきっとこのショウガご飯が合うはずで……アジやシャケもショウガの相性は悪くないはずだ。
スパイスとショウガで少しスパイシー過ぎるかな? なんてことを思ってしまうが、それもまた悪くないかなーと、そんな事を考えながら配膳をしていると、片付けと手洗いを終えたテチさん、コン君、さよりちゃんが物凄い勢いで駆けてきて……これまた物凄い勢いで配膳を行い、俺に席につくようにと促してくる。
狩りで体を動かしたのもあるんだろうけど、それにしてもいつもより食欲が凄すぎないか? なんてことを思う訳だけど……今は食欲の秋で、動物達は冬を乗り越えるためにどんどん食べ物を食べてエネルギーを溜め込む季節な訳で……獣人のテチさん達は、そこら辺の本能というか、体の仕組みが人間よりも強いのかもしれないなぁ。
なんてことを考えながら、
「いただきます」
と、席についた俺が声を上げると、三人は同時に『いただきます!』と返してきて箸を手に取り、それはもう物凄い勢いで燻製を並べた大皿へと箸を伸ばす。
三人のことだからまずイノシシ肉に行くと思っていたのだけど、先程の味見が効いているのかアジをどんどんと摘み上げていき……このままでは食べ尽くされてしまうと、俺も箸を伸ばし、アジ燻製を一尾、確保する。
そうしてショウガご飯の上に乗せて、ゆっくりとほぐしながら食べていって……うん、ショウガご飯との相性も悪くない。
そしてイノシシ肉燻製はというと、これがまたショウガご飯によく合ってくれて……そう言えば生姜焼きなんて料理があるくらいには豚肉系とショウガの相性は良いんだったなぁ。
うん、美味しい。
イノシシ肉に合わせることを考えると塩じゃなくて醤油で炊き込みご飯にしても良かったかもしれない。
もちろんアジとの相性も良いはずだし……うん、今度はそうしてみよう。
と、咀嚼しながらそんな事を考えて、頭の中でレシピを組み立てて……それからもう少し燻製を楽しもうかと箸を伸ばそうとすると、綺麗に……綺麗過ぎる程綺麗に空になった大皿が視界に入り込む。
「ん!?」
俺が思わずそう声を上げると、テチさん、コン君、さよりちゃんの三人は大きく頬を膨らませながらバッと視線をそらし……そうしながらもモグモグモグモグと口を動かし、アジとイノシシと、そして俺が一口も食べられなかったシャケの燻製を堪能し続けるのだった。
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