第273話 炭火燻製
たくさん用意した肉と野菜と、炊きたてご飯を食べ尽くし……晴天の下、満足そうに大きく膨らんだ腹を撫でるテチさん達。
そんなテチさん達を見やりながら簡単な片付けをし……それが終わったなら冷蔵庫に押し込んでおいた、具材入りパックを持って庭へと戻る。
それらをテーブルの上に並べてから倉庫に向かい……倉庫から長方形の鉄箱といった品を持ってきて、それもテーブルの上に置き、それから箱の中に入っていた説明書の通りに組み上げていく。
まず吊り下げ用の鉄の棒を長方形の上部にセットし、それから長方形の中程に網棚をセットしていき……それが終わったなら最下部にトレーをセットして……と、作業を進めていると何をしているのか気になったらしいコン君が、テテテッと駆け寄ってきて、声をかけてくる。
「にーちゃん、何してんの?」
「燻製器の設置だよ。
せっかくの備長炭だからね、しっかり使い切っておかないと勿体ないかなーって、肉の下ごしらえついでに燻製用の具材を仕込んでおいたんだ」
「おー、燻製肉美味しいから大好き!
……って、あれ、にーちゃんいつもはお鍋みたいな燻製器使ってなかった?」
「うん、あれはどちらかというとコンロ用で……炭火の上に置いても出来なくはないんだけど、あれだと炭火の香りが上手く付いてくれないんだよね。
こういうタワー型っていうか……ホームセンターとかでお安く買える燻製器だと、しっかり炭火の香りも付いてくれて、それはもうおいっしく出来上がるんだよ。
スモークチップなしでも良いくらいで……まぁ、今回はウィスキーオークのチップを使うんだけどね。
個人的にこれか桜チップが炭火に合うかなーと思っているよ」
「ほへー……じゃぁすっごく美味しいお肉が食べれるね!」
「あー……うん、そうだったら良かったんだけど、ソミュール液に漬け込む時間が短いから、そこまでの味にはならないかも?
香りはよくなってくれるんだけどねぇ……まぁ、だからといって明日まで漬け込んでいたら炭火が消えちゃうから仕方なし、かな。
一応、出番があるかと思って昨日から仕込んでおいたこっちがあるから、こっちなら美味しく仕上がってくれるはずだよ」
と、そう言って俺は魚入りのパックを二つ持ち上げる。
「お魚だ! 一つはシャケだ! もう一つは……普通の魚?」
普通の魚とは一体? と、そんな言葉を投げかけたくなる台詞を口にして首を傾げるコン君に、俺は気持ちは分かるけどなぁと笑いながら言葉を返す。
「これはアジだね。
捌く前なら結構特徴的な姿をしているんだけど……切り身になっちゃうとどんな魚かは分かりづらいかもね」
「アジかー……お寿司とかであんまり高くないやつだよね、燻製にすると美味しいの?」
「美味しいよー、俺の中ではシャケやマグロにも負けない、とっても美味しい魚だったりするねぇ。
旨味が強くて身の歯ごたえもよくて……頭は味噌汁、骨は骨せんべいと捨てるとこがないってくらいに美味しいんだよ。
料理法だって刺し身やなめろう、干物に燻製、アジフライに南蛮漬け、酢じめに塩じめ、アジチクワにアジソーセージなんてのもあるんだよ。
名前の由来も味が良いからアジってつけられたってくらいで……たくさん獲れる関係でお安いけども、魚の中ではトップクラスなんじゃないかな」
「へぇーーー……あ、アジフライはよく食べるよ! あとかーちゃんがアジの炊き込みご飯も作ってくれる!」
「おー……アジの炊き込みご飯は食べたことなかったなぁ……流石コン君のお母さんは生粋の和食党だねぇ」
なんてことを言いながらパックを開いて、肉やシャケの切り身、アジの切り身を燻製器にセットしていく。
イノシシ肉はソミュール液……漬け込む時間が足りないだろうと濃いめのものに漬け込んであって、シャケは軽い塩もみをしただけのもの、アジはハーブとスパイスをたっぷりと塗り込んだものとなっている。
「しっかり塩漬けにしてから塩抜きして燻製にしても良いんだけど……シャケは臭み抜きの軽い塩もみ、アジはハーブとかの味付けだけでも美味しく仕上がってくれるね。
燻製したならそのまま食べても良いし、一晩寝かせたのを炙ってから食べても良いし……クリームチーズや野菜と一緒にパンに挟んで食べても美味しいね。
開きにしにくい小アジなんかでも、頭を落として内蔵を取り出しさえすれば美味しい燻製になってくれるねぇ」
なんてことを言いながら具材のセットが終わったなら、トレーの上にチップを広げる。
「あとはこのトレーに炭を入れて蓋を閉じて待てば良いんだけど……コンロの上に乗せられるような設計になっているものなら、コンロ台に乗せてしまっても良いんだよね。
コンロに乗せて熱と香りをこの中に取り込んで……備長炭とチップのたまらない香りを楽しむ燻製って訳だね。
というわけで……よいしょっと、上に乗せてしっかり固定して倒れないようにしたら後は放置でOKだね」
なんてことを言いながら燻製器をコンロ台の上に乗せると、その様子をじぃっと見つめていたコン君は、テーブルの上に残されたパックの方を凝視する。
その中でも特にアジが入っていたものを凝視して……それから俺の方を見やり、視線でもってどんなスパイス使ったの? と、問いかけてくる。
「えーっと……胡椒と塩と唐辛子と、ローズマリーとオレガノとコリアンダー、パセリとパプリカ、みかんの皮、それと玉ネギかな。
ミカンの皮とかは乾燥させたものを小さく砕いてから使っているよ。
あとは好みでセロリとショウガ、バジルと……醤油を混ぜても良いかもね。
まぁー……アジの旨味ならそこまでしなくて良いんだけども、今回はパンとかに挟んで食べるつもりだから、少しだけスパイス感を強くした感じになるね」
俺がそう返すとコン君は、ハッとした表情となって縁側に駆けていって……靴を脱ぎ散らかしながら家に入り、居間に置いてあった自分のカバンからノートと鉛筆を取り出し、戻ってくる。
それからメモの取ろうとして……から、俺が上げたスパイスを覚えきれなかったのか首を傾げて、もう一度こちらに視線を向けてくる。
それを受けて俺は、しゃがんでコン君と視線を合わせながら、一つずつゆっくりと使ったスパイスの名前を挙げていくのだった。
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