第272話 焼肉
諸々の片付けや運搬が終わり、御衣縫さんも自宅へと帰っていって……すっかり疲れたのかテチさん達が居間でゆったりと体を休めている中、俺は台所で御衣縫さんに大量のおすそ分けをしても尚、山のような量となっている肉をどう調理したものかと頭を悩ませていた。
量はある、部位も豊富、やろうと思えばどんな料理でも出来るのだけど、どれが良いのか……あれこれ悩んだ末に窓の外を見て、雲ひとつない晴天であることを確認したなら、食品用のビニールパックを取り出す。
それに一口サイズに切った肉を入れていって、塩コショウやニンニクタレ、醤油タレに味噌タレ、フルーツタレや……秋だからとたくさん作っておいた梨ジャムを入れて揉み込んで、しっかりと揉み込んだなら冷蔵庫へと入れていく。
冷蔵庫が一杯になったなら倉庫の冷蔵庫も使ってタレ付き肉を冷やしていって……今日食べる分の肉全てをそうしたなら、キャベツやニンジン、玉ネギやピーマンなんかの野菜を適当な大きさに切って、大皿へと雑に盛り付ける。
それから倉庫に向かい、そこに置いてあったコンロ台……ドラム缶を半分に縦半分に切って、足を溶接したという、簡単な造りのものを庭へと運び出す。
そうしたならその中に火起こし剤と何本かの細枝を入れて、火を付けてから備長炭を少しずつ入れていって……火起こしが終わったなら網を乗せて、完成。
後はその台の周囲に椅子とテーブルを用意して……ご飯をたっぷり炊いた炊飯ジャーと食器なんかを並べていく。
そうこうしていると何をしているのか気になったのかコン君達がやってきて、そんなコン君達に手伝ってもらいながら野菜の大皿と、肉入りパックと……それと鉄製トングと焼肉のタレをテーブルまで持っていってから、居間からこちらをじーっと見ているテチさんへと声をかける。
「今日は焼肉だよ!」
するとテチさんが尻尾をピンと立てながら立ち上がり、コン君とさよりちゃんは嬉しさからなのか周囲を物凄い勢いで駆け回り……そして三人同時に席について、さっと箸を構えて肉を掴もうとする。
「あ、生の肉はトングで掴んで網に乗せてね、網に乗せて焼くまではトング、焼き上がったらお箸。
面倒かもしれないけど、素人処理の野生肉だから出来るだけ気をつけて食べるようにしてね。
特にテチさんはしっかりとお肉に火を通して食べるように、お腹の子のためにもね」
と、三人に続いて席につき、トングを構えた俺がそう声をかけると三人は、頷いてからトングを手に取り、肉入りパックの中に突っ込み……それを網の上に乗せてジュージューと音を立てながら焼いていく。
「にーちゃん、これ味ついてるみたいだけどそのまま食べるの?」
「それは下味だからそのままでも、タレにつけてもどっちでも良いよ、野菜に包んだり野菜と一緒に食べたりも良いし……好みに合わせて調整してみて」
焼きながらコン君がそう質問してきて、俺が返すと今度はさよりちゃんが声をかけてくる。
「あの、網にお肉がくっついちゃう場合はどうしたら……」
「ああ、このハケでサラダ油塗れば大丈夫だから……それとある程度汚れてきたら網を取り替えるから、その時はそう言ってくれたら良いよ」
そう返していると今度はテチさんがトングで掴んだ肉を見せてきて……焼き具合はこれで良いか? と、表情で問いかけてくる。
「うん、それくらい焼けてれば良いと思うけど……あれ? 皆焼肉初めてだったりする?
でもテチさんは以前、イノシシ肉を焼肉で食べたとか言ってなかったっけ?」
と、俺がそう返すとコン君とさよりちゃんはお肉で口をいっぱいにしながら、初めてだよと表情で応えてきて……そしてテチさんはお肉をゆっくり噛んで飲み下してから言葉を返してくる。
「私が食べた焼肉はこういう感じではなくて、タレを付けて焼いて、焼き上がったのを皿に乗せて配膳するという、そんな感じのものだったからな、こうやって自分で焼くのは初めてに近いな。
以前バーベキューをしたことがあったが、焼肉はそれとはまた違った風情があって……テレビとかで見て憧れていたのもあって……うん、いつもの食事より美味しく感じるな」
「あー……なるほど、そういう焼肉か。
確かにそれも焼肉だもんねぇ……こっちだとそういうお店は少ないのかな」
「そういう訳でもないのだが、大体が飲み屋みたいな店でな……私やコン達が行くにはハードルが高いんだ」
「そういうお店なのか……まぁ、うん、そういうことなら存分に楽しんでよ。
お肉は山ほどあるし……ご飯もたっぷり炊いたし、野菜もたくさん用意したからさ」
「うん……まぁ、うん……せっかくの焼肉なんだし、野菜は良いんじゃないか?」
「……お腹の子のためにも野菜はしっかり食べようね、テチさん」
と、俺がそう言うとテチさんは援護を求めてなのかコン君達の方を見やるが……コン君の口にはさよりちゃんが押し込んだ野菜がいっぱいに入り込んでいて、コン君もまたそれを嫌がることなくモクモクと口を動かし食べ続けている。
噛んで噛んで飲み込んで、
「このお野菜美味しいよ! なんか香ばしい匂いがして、タレとも合う感じ!」
なんてことを言って……それを受けてテチさんは渋々野菜にも箸を伸ばす。
コン君の言う香ばしい匂いというのは炭火の香りのことなのだろう。
良い備長炭で焼いたのだから良い香りがするのは当然で……それでいて表面はカリッとしていて中まで火が通っていて……タレがなくても良いくらいに美味しくなっているはずだ。
なんてことを考えているとテチさんの口にも合ったようで、テチさんもどんどん野菜を食べるようになり、さよりちゃんも食べ始めて……俺もそれに続く形で箸を伸ばす。
ただのキャベツも香ばしくカリッとして、ニンジン玉ネギはうんと甘みがまして、ピーマンは歯ごたえが楽しく、肉を乗せたりしても美味しそうで……ならばと今度は肉にトングを伸ばす。
網に乗せてじっくり焼いて……それから口に運んで。
そこら中にビニールパックが散乱しているので何味かは食べてみるまで分からなかったが、どうやらこれは梨ジャム味らしい。
爽やかな香りと甘みがあって、それが肉を柔らかくしていて……柔らかな肉と旨味を堪能していると甘さがガツンと来てくれて、美味しいというか口の中が楽しいというか、もっと食べていたいという欲がどんどん湧いてくる。
それからはもう夢中になるしかなく、そんな俺の様子を見てか、テチさん達も梨ジャム肉へとトングを伸ばし……焼き上がったなら食べて、直後目を爛々と輝かせる。
そうして肉争奪戦が始まり……それから俺達はとれたてのイノシシ肉を存分に、お腹がふくれるまで堪能するのだった。
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