第271話 樽柿


 テチさん達三人がお風呂に行っている間に、イノシシを倉庫に……食料ではなく道具などがしまわれている方に移動させておくかとロープに手を伸ばすと、イノシシの足がビクンッと震える。


 勘違いとかではなく「あ、これ生きているな」と分かる震え方で……血抜きの関係で気絶だけさせてきたのかと冷や汗をかいていると「やれやれ」と声を上げた御衣縫さんがやってきて……イノシシの四本脚を縛り上げているロープを掴んで結構な力でズルズルと倉庫へと引っ張っていってくれる。


「これでも獣人の力は残っとるからな、運ぶだけ運んどいてやるよ。

 爺さんが居た時のまま滑車は残っとるんだろう? ならそこに吊るすまでやっておいてやるかねぇ」


 なんてことを言いながら倉庫へと足を進めていき……俺は慌ててそれを追いかけていって御衣縫さんを手伝う。


 御衣縫さんの言う通り、様々な道具をしまっている倉庫には鉄骨のチェーンブロック式の滑車のセットが設置されている。


 初めて見た時は、普通の家になんでこんなものがと思ったものだけど、農具やら何やらを吊るして移動させたり、吊るしたまま整備修理をしたり、梱包や搬入の役に立ったりと必要になってくるものであるらしい。


 ロープの片方をそれに結び、片方を後ろ足に結び、吊り上げてその下に色々なものを受け止めるための大きな鉄タライを置いて……そうこうしているうちにシャワーと着替えを終えたテチさん達がやってくる。


 しっかり体を温めるものではなく、簡単に汚れを落とすためのものだったからか早く終わったようで……服も汚れても良い古いものになり、使い捨てマスクにゴム手袋、ゴム長靴に古びたエプロンと、解体の準備はバッチリのようだ。


「狩りの方はコン達に任せっきりだったからな、解体の方は私も頑張るぞ」


 と、そう言ってテチさんが倉庫にあった大鉈へと手を伸ばし……コン君達も鼻息をふんふんと鳴らしながらやる気満々の様子を見せている。


 ……子供に解体シーンを見せても良いものかと思う訳だけど、狩り自体はコン君達が、テチさんが妊婦だからと頑張ってくれたようで……なんというかまぁ、今更なのかもしれない。


「実椋は解体とかは苦手だろう? 料理の準備だってあるんだろうし、ここまでで良いぞ」


「ほいじゃま、ここは一つお手伝いして肉の良いとこ、貰っちゃおうかねぇ」


 更にテチさんが言葉を続けて、御衣縫さんもテチさんのことを気遣ってくれたのかそんなことを言ってくれて……俺はちょっとだけ情けない気分になりつつも、役立たずであることは間違いないので頷いて……倉庫に置いてあったプラスチックの荷箱を二つ、手に取りながら家へと戻っていく。


 家に帰ったならロープを触っただけでも油断は出来ないと、軽くシャワーを浴びて着替えて……それから倉庫から持ってきた箱を綺麗に洗い、アルコール消毒していく。


 しっかり消毒したらその一つに大きなビニール袋を入れて……袋の中に綺麗に洗った渋柿を詰めていく。


 詰めたらその上に渋抜き固形剤……固形アルコールをパッケージごと入れて、固形アルコールに触らないように気をつけながらパッケージを開封したら、ビニール袋の口をしっかりと縛り、縛った上で輪ゴムなどできつく締め上げたら……樽柿の準備完了だ。


 樽柿……空になった酒樽に渋柿を詰めて作っていたもので、大体20℃くらいの環境に置いておくと10日程で、酒樽に残ったアルコール分が柿渋を良い感じに抜いてくれて美味しい柿が出来上がるという仕組みのものだ。


 酒樽が身近に無くなってからは焼酎などを渋柿1個1個に塗ったり、あるいは渋柿を焼酎に漬け込んだりして作っていたのだけど……いつの頃からか固形アルコールが渋抜き剤として販売されるようになって、最近はそちらが主流になっている。


 パッケージを開けておくとそこからじわじわとアルコールが蒸発していって、蒸発したアルコールがビニールの袋の中に充満し、渋柿にまとわりついて渋を抜いてくれるという感じだ。

 

 焼酎などを塗るよりも味が変わらず香りが付かず、痛ませることなくすっきりと渋が抜けてくれて……美味しくなる、とされている。


 ここら辺は好みの問題というか、良い香りのする酒樽の方が美味しくなるとか、良い焼酎の方が美味しくなるとか、この柿の品種はこちらの方法が良いとか悪いとかもあるので、どれが良いとも言い切れないのだろうなぁ。


 固形アルコールを使った場合には、アルコール分が柿に残りにくいので、子供に食べさせる場合はこちらの方が良いのかもしれない。


 他にも渋柿は塩漬けにして食べるなんてことが出来て……こちらはやったことはないのだけど、良い感じに渋が抜けて甘さが増し上に塩分のおかげか傷みにくくなるので、冬でも暖かい地域などでは重宝されているらしい。


 獣ヶ森は冬はうんと寒くなるそうだから……干し柿と樽柿で十分だろうなぁ。


 固形アルコールを使い際の注意点としては、絶対に触らないようにすることだろう、触ってしまうと肌が荒れるとかいう話ではなく、強すぎるアルコールで痛みを感じるレベルになってしまう。


 あとはしっかり封をして……開封後残っている固形アルコールをしっかり回収して処分したらOKで……そこら辺に気をつければ簡単と言って良い代物だろうなぁ。


 樽柿なのに樽を一切使わないというのはアレだけど……市販のものとかは形だけ樽のプラスチックケースに入っていたりするけど、まぁー……分かりやすさ優先という感じなのだろうなぁ。


 と、そんなことを考えていると、倉庫の方から賑やかな声が聞こえてくる……美味しそうだとか早く食べたいとかワイワイと。


 そして、


「実椋ー! 何か入れ物―!」


 なんてテチさんの声が響いてきて……俺は消毒しておいたもう一つの箱を手に取って、倉庫の方へと駆けていく。


 すると倉庫ではエプロン姿の……血まみれのテチさんがこれまた血まみれの大鉈を、こっちだこっちだと振り回していて……同じく血まみれのコン君とさよりちゃんは大きなバラ肉ブロックを両手で持って掲げて見せてくる。


「……スペアリブ、かな。

 それとも塩豚か、燻製か……。

 いや、すぐに食べたがるだろうから……疲れもとれるトンテキかな」


 なんてことを呟きながら歩いていると、獣人の耳がそれを拾ってしまったようで、血まみれ三人衆と御衣縫さんまでが、食欲で目を輝かせてくる。


「料理するのは良いけど、まずは片付けをしてからだからね! シャワーももう一回入ってもらうよ!」


 と、俺がそう言うとテチさん達はこくりと大きく頷いて……それから片付けやら何やらで二時間程の時間が吹き飛んでしまうのだった。


 

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