第270話 干し柿


 翌朝。


 狩りはそうするのが決まりなのか、テチさんもコン君もさよりちゃんも、テチさんがよく着ている伝統衣装を着込んで狩りへと出かけていって……俺は一人で家に残り、家事を淡々とこなしていった。


 朝食の片付けをし、掃除洗濯をし、それから昼食の下ごしらえをして……それから干し柿作りに取り掛かる。


 まず柿の皮を剥く、それからヘタに紐を……ビニール紐なんかを結びつける、落ちないようにしっかりと。


 それから柿を煮るというか、煮沸消毒して……消毒が終わったら干して作業は終わりとなる。


 干し場所としては風通りの良い、屋根のある場所がよく、普段洗濯物を干している場所なんかが候補となる。


 風通しがよくないと乾燥せず、普通に熟してしまってドロドロになって溶け落ちる、なんてことになるので、場所には気を使う必要がある。


 他にも天候次第でカビる可能性もあり、週間予報を見ながらの作業となるのだけど……今週はずっと晴れマーク、更に獣ヶ森は爽やかな風がよく吹く地域なので、そういった心配をする必要はなさそうだ。


 そういう訳で縁側にキャスター付きの室内物干しを持っていって、そこに煮沸した柿をぶら下げて……よく風が通るようにと、周囲の部屋の窓を開けていく。


 物干し竿に柿を吊るす際、紐を竿に縛り付けても良いのだけど、ちょくちょく移動させたりするならハンガーなんかに縛ってしまうのもありで……ズボン干し用フックなどに紐を良い感じに縛っておくと、ハンガーごと移動させることが出来て便利だ。


「お、良いねぇ、秋の光景だねぇ……干し柿が並ぶと秋風が恋しくなって、甘さを増してくれる寒さも許すことが出来て、この光景を見ると秋を実感できるやねぇ」


 するといつのまにか縁側に腰掛けていた御衣縫さん……タヌキそっくりの姿をした、作務衣姿の獣人が声をかけてきて、俺は軽く会釈をしてから言葉を返す。


「御衣縫さんから頂いた渋柿、早速干し柿にさせていただきました。

 傷もないし変色もないし……この柿なら良い仕上がりになってくれそうですねぇ」


 御衣縫さんは自分の畑を持っていて、本シメジやらの栽培にも手を出していて……そして結構な広さの柿畑も持っているらしい。


 そこで採れた渋柿をおすそ分けとしてもらったのが少し前のことで……どの柿にも傷が無かったことを思うと、わざわざ良いものだけをより分けてくれたのだろう。


「へっへっへ、喜んでくれたなら何よりだ。

 ここいらじゃぁ柿を干さない家はねぇってくらいに、皆が干し柿を作るんだがねぇ、その光景を見るのがオイラは好きでねぇ。

 あの家は丁寧に柿を吊るす家だ、あの家は欲張ってたくさん吊るす家だ、あの家はさっさと柿を食べちゃう家だなんて、そんな風に干し柿を見るだけでどんな家なのか分かったりもするんだよ。

 中には十日もしないうちに食べつくしちゃう家もあって……そういうとこには追加の渋柿を持っていってやったりする訳さ。

 同じ木の渋柿だってのに、家ごとに出来上がりや味が違って……干し柿ってのは本当に不思議で楽しいもんだぁねぇ」


 なんてことを言ってから御衣縫さんは、なんとも嬉しそうに尻尾を振るい、それから俺が干している干し柿のことをじぃっと見つめ始める。


 まさかそんな風に干し柿の光景を楽しんでいる人がいるなんてなぁと思いつつ……今でも地方に行くとよく見かける干し柿は、言われてみると家によって干し方も作り方も変わっていて……そういうつもりで見れば確かに色々なことが分かってしまうのかもしれない。


 俺はずっと干したままにするのではなく、出来上がったらすぐ食べる分以外は冷凍しておくつもりなのだけども、そのまま……干したまま食べていく家もあるはずで、それだけでも結構な違いだと言えるだろう。


 そう言えば干している間に柿を揉む、揉まないで親戚の婆ちゃん達が言い合っていたことがあったような……。


 干している間に何度か揉むと柔らかく美味しくなるという派閥と、そんなことをすると実が崩れるという派閥と、いやむしろ固い方が美味しいんじゃないかという派閥と、色々あるようで……確か揉むと早く渋が抜けるんだったか。


 早く渋が抜けるのであればそれだけ干す期間が短くなる訳で……雨が多い地域ならそうした方が良いのかもしれない。


 雨が少ない地域ならしっかり干しても良いのだろうし……その家や地域の個性みたいなものが出るというのは本当なのかもしれないなぁ。


「本格的に干し柿作りをするのは初めてなので上手く出来るかは分かりませんが……せっかく良い渋柿を貰えたんで、良い光景になれるよう頑張りますよ」


 俺がそう言葉を返すと御衣縫さんは、目を細めてにっこりと微笑んで……直後、森の中からズドンッと凄まじい音が響いてくる。


「おお、狩りも順調のようじゃぁねぇか」


 すると御衣縫さんがそんな声を上げて……俺は驚き手を止めながら言葉を返す。


「え、あれ、狩りの音なんですか」


「恐らくだがイノシシ辺りをやった音なんじゃねぇかなぁ。

 今日で一頭か二頭やってもらって……冬が来るまでに二十か三十やってもらえれば、うちの畑も安泰ってなもんで、安心出来るからねぇ、頑張って欲しい所だよ。

 ちなみにある程度の数を狩ってくれたなら町内会から報奨金も出るからね、悪くない金額だから励んでくれるとありがたいねぇ。

 肉や毛皮の買い取りもやっていて……メスの肉なんかは特に高く買い取ってるよ。

 この時期のオスの肉は、どんな獣のもんでも美味くねぇからねぇ……そこはまぁ、勘弁してもらうしかねぇなぁ」


「……な、なるほど。

 毛皮は……うちでは使い道がないので買い取りをお願いするかもです。

 肉は……俺も美味しい肉を食いたいですから、メスの肉をお売り出来るかは微妙な所ですね。

 ……オスのイノシシなんかは確かこう、フェロモンとかの関係で独特の臭みがあるんでしたっけ?」


「固いし臭いし、ちょっとやそっとじゃ柔らかくならねぇし臭み抜けねぇし……特にイノシシは厄介だねぇ。

 シカなんかはそこまで気にならねぇんだけどねぇ……。

 ちなみにだけどタヌキ肉はどうしたって不味いから手出さねぇ方が良いよ、アナグマなんかはべらぼうに美味いのに、どうしてタヌキってのはああも不味いもんなのかねぇ」


 なんてことを言われて俺はどう返したものかと困ってしまう。


 タヌキ姿のタヌキ獣人の御衣縫さんにそう言われると頷くに頷けないというか……変なことを言ってしまって機嫌を損ねたくはないしなぁ……。


 そうして俺が黙り込んでしまうと森の奥からズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきて……それを受けて鼻をすんすんと鳴らした御衣縫さんが、


「ああ、間違いないね、イノシシだ、これはメスかな?」


 と、そんな言葉を口にする。


 その直後テチさん達が姿を見せて……三人で引っ張っていたロープをぐいっと力強く引いて、その先にいる獲物を……イノシシのことを俺に見せつけてくる。


 木の葉まみれ泥まみれ、中々激しい戦闘があったらしいことを三人の姿が示していて……、


「おかえり、お疲れ様、お風呂は湧いているから、まっすぐお風呂に行って全身くまなく綺麗にしておいて」


 と、俺がそう言うと三人は笑みを浮かべながらこくりと頷いて、手にしていたロープをそこらに放ってから、真っ直ぐにお風呂場へと向かって駆けていくのだった。


 

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