第269話 獣ヶ森の狩り


 ホームセンターでの買い物を終えて数日後。


 荷物全ての配送が終わり、それの確認やら開封やらが終わったなら、早速扶桑の木の周りに落下防止ネットなどを設置していく。


 木の周りに落下防止ネット、更にその周りにネズミ用トリモチ、種用というかなんというか、イノシシ対策を兼ねたカゴ罠もいくつか設置し……開封やら設置やらで昼間のほとんどを消費することになった。


 そうして夕方。


「いやぁ……結構時間かかっちゃったねぇ」


 なんてことを言いながら居間に戻っていると、コン君とさよりちゃんが俺の前へと駆け出てきて、おずおずとした態度で声をかけてくる。


「にーちゃん、今日泊まっていっても良い?」


「私も良いですか?」


「ん? まぁ、ご両親が良いって言うなら問題ないよ」


 俺がそう返すと二人は早速とばかりに子供用スマホを取り出し、通話をし……了承がもらえたのだろう、すぐに笑みを浮かべてコクリと力強く頷いてくる。


「じゃぁ布団はこっちで用意しておくから、好きな部屋で寝ていくと良いよ。

 夕ご飯は少し遅めになるから先にお風呂入ってきてもOKだよ」


 俺がそう言葉を続けるとコン君達はもう一度頷いて……二人で同時に駆け出し、テチさんの部屋へと駆けていく。


 今までも何度か我が家に泊まったことがある二人の、こういう時の着替えや枕はテチさんの部屋に置かれている。


 布団もテチさんの部屋の押入れにしまわれていて、駆け出したコン君達を追いかける形でテチさんの部屋へと向かうと……押し入れの中から自分の枕を手に入れたらしいコン君が部屋から駆け出ていく。


 駆け出ていって廊下を走り俺の部屋へと入っていって……どうやら今日は俺の部屋に泊まるつもりのようだ。


 さよりちゃんはテチさんの部屋に泊まるつもりのようで、タンスの中から着替えを引っ張り出していて……枕の運搬を終えたコン君が駆けてきて、さよりちゃんが引っ張り出し終えたのを確認してから、自分の着替えを引っ張り出し始める。


 そうやって二人が準備をしている間に、俺は布団を引っ張り出して問題ないかの確認をしてから、コン君のを自分の部屋へと運び……俺達がそうしている間にテチさんがお風呂を沸かしてくれて、テチさん、コン君、さよりちゃんは三人での入浴タイムへと突入する。


 三人がゆっくりお風呂に入っている間に夕食の準備をし……シーザーサラダ、キノコハンバーグ、ナシシャーベットを作り終えたところで、風呂から上がり毛の手入れを終えた三人が台所へとやってくる。


 そうしたなら皆で配膳をし、夕食タイムを楽しみ……夕食中、妙にソワソワしているコン君とさよりちゃんの様子に気付いた俺は、コン君達に問いを投げかける。


「なんか……ソワソワしているけど、何かあったの?」


 するとコン君とさよりちゃんと、テチさんまでが何を言っているんだという顔をしてきて……そしてコン君が代表する形で答えを返してくる。


「だって、道具揃ったじゃん? 揃ったなら明日狩りするじゃん? 楽しみじゃん!」


 なんともシンプルなその答えに俺は、思わず苦笑をしながら言葉を返す。


「あー……それでソワソワしていたのか。

 コン君達的には狩りは楽しみすぎてソワソワしちゃうことなんだ?」


「うん! すっごく楽しみだよ! 楽しいよ!!

 それにお肉たくさん食べたいし、にーちゃんが美味しく料理してくれるだろうし! 燻製肉とかソーセージとか、色々今から楽しみすぎる!」


「あー……なるほどねぇ。

 遠足とかお出かけとかでソワソワして眠れないって感じ……なのかな?」


「うんうん、にーちゃんだって楽しみでしょ? 明日からの狩り!」


「え、いや、俺は行かないよ? 狩猟免許とかないし、身体能力的にも経験的にも皆の足を引っ張っちゃいそうだし……。

 家で狩りの後のお風呂とか消毒、解体の準備をしながら……ああ、干し柿作りでもしようかな。

 昨日御衣縫さんがたくさん渋柿を持ってきてくれたからねぇ……早いうちに干し柿にしておかないと」


 と、俺がそう言うとコン君は心底からショックを受けたような、大口を開けての驚きの表情を浮かべる。


 さよりちゃんも程度は違えど似た表情をしていて……テチさんは、俺がそう言うと予想していたのだろう、特に反応することもなく箸を動かし続けている。


「え? え? 狩り、したくないの?」


 そしてこれでもかと大口を開けたコン君がそう言ってきて……俺はコクリと力強く頷いてから言葉を返す。


「狩りが嫌いとかそういうことじゃなくて、さっきも言った通り、門の向こう出身の俺としては免許のことが気になるし……何より狩りは危ないことだからね。

 野生の獣を侮ってはいけないというのはよく言われていることだし、その上獣ヶ森の獣は門の向こうよりも強いというか大きいというか……生命力に溢れているみたいだし、そうなると素人の俺が棒片手に狩りっていうのは……危なすぎるかなって。

 俺が怪我したりしたらコン君達も狩りどころじゃなくなっちゃうし、お肉料理も食べられなくなっちゃうしで、嫌でしょう?

 だから俺は家で、皆の帰りを待ちながら干し柿作ったり、料理とかの準備をしたりしているよ。

 ……そんな俺の分までコン君達が頑張ってくれたら、それで俺は満足かな」


 そんな俺の言葉を受けてコン君は少し悩んだような様子を見せる。


 首を傾げて腕を組んでうんうん悩んで……そうやって俺の言葉を咀嚼したのだろう「うん!」と声を上げて大きく頷き、胸をトンと叩く。


「分かった! オレ、にーちゃんの分まで頑張ってくるよ!

 干し柿も楽しみだし、お肉も楽しみだし、畑を守るためにも頑張って頑張って、イノシシとシカを10頭ずつくらい狩ってくるよ!」


 胸を叩き胸を張って、自信満々な声でそう言って……その言葉を途中までうんうんと頷きながら聞いていた俺は、最後の部分に引っかかりを感じて「うん?」と首を傾げる。


 10頭ずつ? 獣ヶ森の大きなイノシシとシカを10頭ずつ?


「なら私も10頭頑張ります!」


「それなら……私は大人として20ずつはいかないとだな」


 さよりちゃん、テチさんまではそんなことを言ってきて……俺はなんとも言えない顔で三人を見やる。


 この森、そんなにイノシシやシカがいるの? っていうかそんなに狩るつもりなの? それだけの数を一体誰が解体するの? 料理するの?


 そんなことを言いたくなったが、狩りが楽しみでソワソワしていて、今日眠れるか分からないと、そんなことまで言い始めたコン君達にそれを言うのはどうにも酷に思えて……そうして俺は言葉を飲み込み、これから大変なことになるだろうということを、諦めと覚悟を決めて受け入れるのだった。


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