第275話 冬に向けて



 翌日。


 テチさん達は今日も狩りへと出かけていった。


 肉を手に入れるため……ではなく、周囲を荒らされないように野生動物を間引くのがそもそもの目的で、そうなるとたった一頭狩っただけで終わりという訳にはいかず、しばらくの間は続けることになるらしい。


 そんなに何頭も狩られてしまうと料理のレパートリーも冷蔵庫も限界というものがあるのだけど、そこら辺に関しては町内会に買い取りを頼むことで解決するそうだ。


 町内会による買い取りは肉として美味しければ美味しい程高額になるんだそうで……メスのイノシシが一番高価なんだとか。


 一番高価なだけあってメスのイノシシはとても美味しく、自分達で食べたい肉でもあるので、買い取りを頼むのはそれ以外……オスのイノシシやシカ、クマになるらしい。


 シカ肉はシカ肉で中々美味しく、売らずに食べるという手もあるのだけど……山ほどのイノシシ肉があるのだからわざわざ食べるものでもない、とのテチさん達の判断で売ることになった。


 まぁー……我が家は既に一頭で十分というか、飽和状態なのだけど、それでもテチさん達はメスのイノシシ肉を手放したくないようだ。


 なんてことを考えながら台所で大根を輪切りにしていると、縁側の方から客人……干し柿や樽柿の様子を見に来たレイさんがやってきて、声をかけてくる。


「いやー……念のために見に来たが、やっぱ外でも干し柿は干し柿、同じ作り方なんだな」


 獣ヶ森唯一のパティシエで、ホテルと契約してのお菓子作りまでしている人で、テチさんのお義兄さんでもあるレイさんのそんな言葉に、俺は少しだけ頭を悩ませてから言葉を返す。


「俺もそこまでは詳しくないですけど、地方や品種によっては消毒の仕方とか干し方とかが変わるみたいですよ?

 柿って一言に言っても……こう、下の部分が尖っている品種とか、楕円のように横に広がっている品種とか色々ありますし、味とかもまちまちですし……味が違うってことは含んでいる栄養分が違うってことですから、腐りやすさとかも変わってくるんじゃないですかね。

 あとはほら、地域によって気候も違いますし」


「まぁなー……地域によっては柿を塩漬けにして食べたり、酢漬けにして食べたりする所もあるそうだしなー……。

 干し柿をそのまま食べるんじゃなくて、加工品にする所もあるし……料理に使う所もあるからなぁ。

 以前テレビで見たんだが、干し柿をチーズと合わせたりもするんだよな。干し柿を細切りにして、チーズも同じくらいに細切りにして、お互いを交互に重ねていって押し固めて……それを一口サイズに切り分けて。

 真似して作ってみたことがあるんだが、柿の甘さとチーズの旨さと食感がなんとも良い具合に合わさって美味しいんだよなぁ。

 ……そんなことより実椋、お前何してんの? 大根で……千枚漬けでも作るのか?」


「いや……千枚漬けは大根じゃないような……。

 これはまぁ、なんというかこれから冬が来ますし、テチさん達が外で元気に頑張ってますし……テチさんはこれから薬とかあまり使えなくなりますから、そのための備えですね」


 なんてことを言いながら大根をできるだけ薄い輪切りにしたなら、スーパーで買ってきたカップ容器に入った水飴を取り出し、その中に適量……3枚程の大根の薄切りを入れて箸で軽く押して水飴の中に沈める。


「ん……ああ、蜂蜜大根みたいなことしようとしてるのか」


 それを見てレイさんはそんなことを言ってきて……俺はカップ容器の蓋をしっかり締めて、冷蔵庫の中へと移動させながら言葉を返す。


「こっちでは蜂蜜でやるんですねぇ……贅沢だなぁ。

 うちでは水飴大根が主流でしたね、毎年このくらいの季節になると母親が作ってくれたんですよ」


 蜂蜜大根、水飴大根、どちらも喉を痛めた時に良いとされる民間療法だ。


 本当に効くのかとかどういう薬効でとか、そこら辺のことはよく知らないが、風邪などで喉がイガイガした時は、とりあえず水飴大根を舐めることになっていて……実際舐めるとすぐにすっきりするやら落ち着くやら、治って……と言って良いのかは分からないけども、喉のことを気にしなくて良くなってくれた。


 水飴の甘さは正直好きではなくて、好んで舐めたいものではなかったのだけど、それでも喉を痛めたならすぐに水飴大根を舐めるために台所へと向かったものだ。


「へぇ……水飴でも問題ないんだなぁ。

 やっぱ水飴でも、大根のエキスが出てくるまで待つもんなのか?」


 水飴大根を冷蔵庫にしまい終えて、残りの大根……ほぼほぼ完品状態で残っている大根を煮付けにするためにと切り分けていると、それを覗き込みながらレイさんがそんなことを言ってきて……俺は作業を続けながら言葉を返す。


「そうですね、大根のエキスが滲み出てきて、程々に水飴がゆるくなったら完成って感じですかね」


「ははぁ、なるほどねぇ……。

 ……他にもこういうのを作るつもりなのか?」


「他にもって言うか……たとえば梨ジャムも喉に良いとされていますけど、正直関係なく作りますし……あとは金柑の甘煮とかも普通に美味しいから作りますし……民間療法に使えるものが我が家の場合当たり前に身近にあるんですよねぇ。

 梅干しの黒焼き、なんてのも風邪に良いとされていますしねぇ」


「梅干しの黒焼き? なんだそりゃ?」


「梅干しを金網とかで焼くんですよ、黒くなるまで……そうしたらそれを白湯の中に入れて、ほぐして飲むって感じですね。

 まー……どれもこれも実際に効果があるかは分からないんですが、ジャムなら糖分、梅干しなら塩分やクエン酸と、食欲がなかったり汗をたっぷりかいていたりで消耗している時には、そこら辺が力になるのかもしれませんね」


「あー……なんだかんだ保存食ってのは糖分やら塩分やらの塊だからなぁ。

 栄養の足りない時代には、それこそ薬のような力を持っていたのかもしれねぇな」


「今の時代は普通の食事で栄養しっかりとれていますし……経口補水液とか栄養ゼリーとか、食欲なくてもさっと栄養補給出来るアイテムがいっぱいですし、民間療法の出番はないかもですけどねぇ。

 ……まぁ、それでも子供の頃に助けられた思い出の力で、こうして作っちゃうんですけどね」


 と、俺がそんなことを言うとレイさんは「ふーむ」なんてことを言いながら顎を撫でる。


 顎を撫でてあれこれ考えて……それから何か思いついたのか弾んだ声をかけてくる。


「なら病気の時にはこれで栄養補給! みたいな、そんな菓子を作ったらこれからの季節、売れたりするかね?」


 それを受けて俺は半目になりながら言葉を返す。


「薬事法とか、法律的な面でも微妙そうですし……実際に買ったお客さんから食べたのに良くならなかった! みたいなこと言われて面倒なことになるだけじゃないですか?

 冬というか年末年始はクリスマスにお正月に、普通にお菓子作っていれば売れる季節なんですから、そんな無謀な冒険しなくても……」


 するとレイさんはがっくりと肩を落としながらも、また考え始めて……、


「大根スイーツってのは無理か?」

「こっちで売り出すんじゃなくて口コミで広がってもらえば……」

「いっそ梨ジャム大根って組み合わせで……」


 なんて感じに、一人でぶつぶつとロクでもないことを口にし始める。


 ホテルでの仕事で十分稼げているだろうになぁと、そんなことを考えながら俺は、レイさんに構うことをやめて料理に集中することにし……肉とこんにゃくと大根の煮物の調理を始めるのだった。


――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回更新は11月30日に英語版書籍発売のため、30日に記念SS投稿となります


続きはそのまた後となりますので、ご理解いただければと思います

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