第267話 種対策


 翌日、諸々の片付けを終わらせるだけで午前が終わり、昼食は何にしようかなんてことを考えながら台所で思案していると、トタタタタッといつもの元気な足音が響いてくる。


「きーたよ!」

「きましたー!」


「いらっしゃい」


 コン君とさよりちゃん、それと昨日の疲れを居間で癒やしていたテチさんの声が聞こえてきて、俺が居間へと顔を出すと、二人が何故だか封筒をテチさんに見て見てと差し出している光景が視界に入り込む。


 それを受け取ったテチさんは中に入っていた書類をさっと確認し……それから二人の頭をよしよしと撫でてあげる。


 そんな光景を見て、一体何の書類なんだろうと首を傾げていると、コン君達は俺の側へとやってきて、俺にまで書類を差し出してきて……視線でテチさんに見ても良いの? との確認を取った俺は、テチさんが頷いたのを受けてそれを受け取り、中に目を通す。


 身長、体重、視力に聴力。


「ああ、なるほど、健康診断に行ってきたのか。

 畑仕事が終わった今だからって感じなのかな……しかし二人共聴力と視力がいいねぇ。

 ……いやまぁ、獣人だから当然なのかな」


 なんてことを言いながら書類を確認していくと、歯科検診についての書類もあり……人間のそれとは全然違う形の歯のイラストがあり、そして一切問題なしというテチさんが頭を撫でた理由が分かる内容が記されている。


「ああ、虫歯無しは頑張ったねぇ……そして前歯の長さに形とか削り具合とか、そんな項目まであるんだね」


 コン君達の歯は、リスのそれとは少し違った形となっている。


 大きな前歯があってそれはリスと同じなのだけど、リスと違って他にも歯があって……口の形に関しては人間に近いものとなっている。


 そんな状態で前歯だけが大きくて、書類の項目を見るに前歯だけが伸び続ける作りになっているようで……そんな前歯が伸びすぎたり変形したりすると、顎に負担がかかるし、口の外に飛び出して怪我や病気の原因になったりもするようで……そこら辺の管理をしっかりしているか、というのも検診でしっかり確認するようだ。


「歯は大事だからー、オレ達の誇りだからー!」


「前歯が汚いと、だらしないっていうか駄目な人っていうか、そんな扱い受けちゃうんですよ」


 と、そんなことを言いながらコン君達は唇を指で吊り上げてニカッと笑って前歯を見せてきて……汚れ一つなくしっかりと噛み合っている白い歯がキラリと光る。


「私達が歯を大事にするのは大人になっても変わらないな。

 虫歯がないのは当然として、歯を綺麗に保つために週一回歯医者に行くようなのもいるし……その関係でリス獣人の家の近くには歯医者が多いんだ」


 テチさんまでが前歯を……人間のそれと変わらない白い歯を見せつけながらそう言ってきて……面白いというか興味深いというか、子供が生まれてきたら色々と気をつけてあげたほうが良さそうだなぁ。


「虫歯に注意するだけでなく、歯を綺麗にして形も整えるかぁ……。

 んー……歯が長くなりすぎたり変形したりしたらやっぱり歯医者さんに行くの? それとも自分達で手入れ?」


 俺がそう問いかけるとコン君達は、背負っていた鞄を置いて中から何かを取り出して……それを両手でしっかり持ってカリカリと前歯で齧り始める。


「あー……そんな感じで固いものを齧ることで削る感じなのか。

 そこら辺は野生のリスと変わらない感じで……って、それ扶桑の種じゃないか!?」


 コン君達の様子を眺めながら声を上げて……その途中でそのことに気付いて悲鳴のような声に切り替えると、コン君とさよりちゃんは玄関の方を指さしながら交互に言葉を返してくる。


「今朝ねー、にーちゃん達がまだ寝てる時になんとなく通りかかったらゴロゴロ落ちてたよ」


「また動かれても困りますし、全部拾って倉庫にあったネットで縛って芥菜さんのところに持っていって、どうしたら良いかって相談したら管理しきれないから食べちゃえって言ってました」


「だから親戚とかに配ったー、扶桑の種は殻が固いから歯を削るのにちょうどいいんだー」


「実も栄養豊富なんですけど、殻もそうらしくてかじってると歯や歯茎が健康になるらしいですよ」


「芥菜のじーちゃんは、こんなにたくさん実が落ちるなんて始めてだって言ってたー」


「動かないなら倉庫にしまっておくとか出来るんですけどねー」


 うん、二人共すっかりと扶桑の種のことを動くものとして認識しているな。


 いやまぁ……実際動いてしまっているし、全く間違っていないんだけども……うぅん、そんなことになっているなら何か対策をしないといけないかなぁ。


 動く種……動くもの……動物……。


「……何を言っているんだって感じだけど、扶桑の種を捕獲するための罠とか檻とか用意した方が良いかもしれないねぇ。

 これから猟期に入って猟もするみたいだし? その準備のついでというかなんというか……うん、いつまでも何もしない訳にもいかないし、そうしようか。

 罠を設置するなら罠猟免許がいるはずだけど……まぁ、うん、そこら辺は獣ヶ森のルールに従うとしようか」


 俺がそう言った途端コン君とさよりちゃんと、それとテチさんまでが目を輝かせて……あれを買おうこれを買おう、イノシシにシカに鳥やら何やら、いっぱい獣を狩ってやろうと、おかしな方向で盛り上がり始める。


 扶桑の種対策はどこへやら、どの肉が美味しいだとか、俺がどんな料理してくれるか楽しみだとかそんなことを言い始めて……よっぽど狩猟が楽しみで仕方ないらしい。


「えーっと……畑を守るためにも狩猟はするけども、扶桑の種の管理についてもしっかりやるからね?

 どちらかと言うと今はそっちがメインっていうか、狩猟に関しては先のことと考えていたんだけど……」


 と、俺がそんなことを言うも、盛り上がっているテチさん達の耳には届いていないようで……食に関わる話題を振ったのが悪かったかなぁ、なんてことを考えながら台所へと移動する。


 それから手を洗ってエプロンを着用して……居間の盛り上がりが落ち着くまでの間に、昼食をちゃちゃっと作り上げようと調理に取り掛かるのだった。

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