第266話 女の子

 

 皆の協力というか、強奪によって配膳がスムーズに終わり……俺が居間へと向かうと、食事会はすっかりと盛り上がりきっていて、そんな中いつもの席に腰を下ろしたなら、赤ちゃんの写真を見ながら茶碗を持ち上げて栗ご飯へと箸をつける。


 そうして口に運ぶとまず栗の実のたまらない香りがきて、醤油の香りが来て、噛めば栗の甘みが広がって……その甘味が何もかもに打ち勝って強く残る。


 醤油とか出汁とか、高価なお米の香りと味とか、そういうもの全てが吹っ飛んでただただ栗の味と香りだけが残って……それが和らぐとようやく醤油達の味やらが顔を出す。


 噛めば噛む程美味しくて、甘さとしょっぱさが交互に来るもんだから飽きなくて。


 色々とおかずを用意したのにただただ栗ご飯だけを食べてしまって……茶碗が空になったことに気付いておかわりとするために立ち上がると、同じようなことをしてしまったのか、何人かが自主的に炊飯器のある台所へと歩いていく。


「……これはすぐにでも追加で炊いておかないと駄目かなぁ……」


 なんてことを言いながら台所に向かい、空になっている炊飯器の電源を切って炊飯釜を洗って……手早く米を洗い、用意しておいた栗と調味料をぶちこんで炊飯器にセット、スイッチを入れたならおかわりを盛り付けて居間へと戻る。


 するとお義父さんやレイさんまでがやってきて……それぞれ自分の席とご飯を用意してから、俺の目の前にあった写真を覗き込み……二人同時によく似た笑みを浮かべてから声を上げる。


「かわいいねぇ~~、女の子か~」


「おお~~、姪っ子かぁ、とかてちに似ないと良いけどなぁ」


 お義父さん、レイさんの順番でそう言って、直後テチさんが座った状態から凄まじい速度でレイさんの後頭部を蹴り上げ……それを読んでいたのかレイさんは頭を下げてさっと躱し、テチさんは舌打ちをしてから、レイさんは小さく笑ってからそれぞれ食事を再開させる。


「えぇっと……もう性別が分かる感じなんですか?

 俺からはぼんやり白い影の赤ちゃんがいるって感じにしか見えないんですが……」


 そんなレイさん達に俺がそう声をかけると、レイさんやお義父さん、テチさんやコン君達までが何を言っているんだという顔をして……、


「いやだって、どう見ても女の子だろ?」


 と、レイさんが代表する形で言葉を返してくる。


 それを受けて改めてエコー写真を見てみるけども……何もハッキリとしたことは分からない。


 空間があって、そこに赤ちゃんのような白い影がいることは分かる、ついでに尻尾のような小さく細いものがあるのも分かるんだけども、それ以上のことは何もわからない。


 だけども皆にはそれが女の子の赤ちゃんであることがはっきりと分かるようで……俺は大きく首を傾げる。


「なんで分かるかって言われると説明しにくいんだが……なんとなく、こう、骨格、かな?

 それが女の子っぽいって感じなんだよな。

 いや、ほんと、言葉には出来ないんだけど感覚で分かるっつーかな……まぁ、うん、この感じなら元気に生まれてくるに違いねぇよ、良かったな!」


 なんてこと言いながら俺の隣に座ったレイさんが俺の背中をバンバンと叩いてきて……俺は首を傾げたまま「は、はい」と返し、写真をじぃっと見つめ直す。


 骨格も何も白い影でしかないのだけど……まぁ、うん、リス獣人にしか分からない何かがあるのだろう。


 そこら辺のことは追々……これからの長い付き合いの中で学んでいくことにしよう。


 しかし女の子……女の子か。


 流石に性別が判明するのはまだまだ先のことだと思っていたんだけど、まさかこんなに早く分かってしまうとはなぁ……。


 女の子……女の子かぁ。


 と、ちらりとさよりちゃんの方を見る。


 リスと同じような姿で生まれて、大きくなるとさよりちゃんのようになって……それから少しずつ人間に近付いていって、テチさんのようになって。


「うんうん、分かる、分かるよ。

 楽しみすぎて色々考えちゃうよね、どんな服買ってあげようとか、どこに連れて行ってあげようとか。

 どんなご飯食べさせてあげようとか、どんな事を教えてあげようとか。

 子供が出来た瞬間、したいことが増えて行きたい場所も増えて、世界が広がって世界の見方が変わって……。

 その感情を父性本能とか母性本能って言葉で片付ける人もいるけど……これが愛なんだろうって思っちゃうよねぇ」


 俺の考えていることを察したのか、お義父さんが……以前よりもうんと親しげな態度でそう言ってきて、俺が頷くとお義父さんは嬉しそうに……本当に嬉しそうに微笑んで、後方へと手を伸ばし……持ってきた荷物、風呂敷に包まれた日本酒の瓶を掲げてこちらに見せてくる。


 今日は一緒に飲もうよ。


 とでも言いたげなそれを受けて頷いた俺が台所に向かって準備をしていると……テチさんがやってきて、軽い体当たりをしてから小声を投げかけてくる。


「私が飲めない状況なんだから飲むなよ……と言いたいが、父さんが実椋と飲みたがっていたことは知っていたからな、程々にしてくれよ?」


「……うん、はい、そうします。

 ……今日は色々と忙しかったし……この嬉しいというか幸せな気分のまま眠りにつきたい気分だから、飲みすぎることはないと思うよ。

 ここに来てまだ数ヶ月なのになんだかあっという間に父親になりつつあって……でもそれが嬉しくて。

 嬉しいだけじゃなくて、こう……覚悟を決めなきゃなって思いもあって、良い父親になれるように今から準備しておかないとねぇ」


 俺がそう返すとテチさんは何も言わずにもう一度体当たりをしてきてから、居間へと戻っていく。


 それを追いかける形で居間に戻ったなら、お義父さんと用意したコップに注ぎ合って乾杯をして……一口飲んだところでレイさんが乱入してきて、乾杯を押し付けてきたかと思ったら一口どころか一杯をあっという間に飲み干して見せる。


 結構度数が高いお酒だろうに、そんな飲み方してどうするんだろうとか……そもそもここにいつもの配達車で来ているのに飲んで良いのかとか、そんな事を考えているとレイさんは、ウィンクをして一言、


「細かいことは気にするな!」


 と、そう言って二杯目を注ぎ始める。


 それを見てお互いを見合った俺とお義父さんは……レイさんのペースに巻き込まれたらひどいことになりそうだと、そう考えて同時に頷いて……それから二人のペースでゆっくりと、一杯を楽しむのだった。

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