第265話 検査を終えて
検査が終わったということで花応院さんにまずはお世話になったとのお礼の言葉をかけ、それから別れの挨拶をし……それから検査に立ち会った人達から凄いデータが取れたとかなんとか、喜んで良いのか分からない言葉をかけられながらその場を去り……そして我が家へと帰宅した。
帰宅したなら真っ直ぐに台所に向かい……事前に準備しておいた食材の調理を開始していく。
今日はお義母さんもいるテチさんの友人もいる、タケさん達もいる。
その皆に喜んでもらえるように懸命に……台所の窓近くに飾った赤ちゃんのエコー写真を眺めながら調理を進めていく。
「おー! にーちゃん今日は気合はいってるねー!」
「いつもと包丁さばきが違いますね!」
その様子を眺めていたいつもの椅子に腰かけたコン君とさよりちゃんが、そう声をかけてきて……それを受けて俺はサンマの下拵えをしながら言葉を返す。
「いやーうん、やっぱりこうして赤ちゃんの姿を見ると実感するっていうか……気持ちの入り方が違うっていうか、気合が入っちゃうよね。
テチさんはもちろん、お世話になった皆にも美味しいものを食べてもらいたいし……ちょうど収穫した栗があるからさ、今日は豪華に行くよ!
本当は花応院さんにも食べてもらいたかったんだけど、こちらの食事を食べるとなるとまた色んな検査が必要とかで、そこは残念だったかな。
まぁ……栗とクルミの詰め合わせとか栗の甘露煮とか、そこら辺を御礼状と一緒にあとで送っておくよ」
「ふんふん……今日のメニューは、栗ご飯とサンマかな?」
「コン君、サラダもありましたよ、サラダ」
俺の言葉に対しコン君とさよりちゃんがそう言ってきて……俺はいくつも並ぶ炊飯器へと視線をやりながら言葉を返す。
「そうだね、まずは栗ご飯。
畑の栗に最高級の新米、醤油も今どき珍しい樽造りをしているものを使ってみたよ。
樽作りのお醤油って、普通の醤油より色がうんと濃くて、真っ黒なのが印象的だねぇ……そんな色の濃さだからしょっぱいのかと思えばそうでもないし。
味に深みがあるからお刺身とかでそのまま食べるより、炊き込みご飯とか煮物に向いている醤油なんだろうね。
最高級の曾祖父ちゃんの栗を使うから、米とか醤油もそうしてみたよ。
で、サラダはキノコサラダにして、春巻きの皮を揚げたものを添えてパリパリ感も出して……サンマは王道の塩焼き、タケさん達はサンマだけじゃ足りないだろうから、これからトンテキも作る予定だよ」
『トンテキ?』
コン君とさよりちゃんが同時に声を上げて首を傾げて……俺は作業を進めながら言葉を続けていく。
「トンつまり豚、豚肉のステーキでトンテキだね。
豚肉に切れ込みを入れるグローブみたいな切り方、グローブカットにしてから塩、胡椒、薄力粉で揉んで下味をつけて、熱したフライパンにバターを入れて表面を焼いて……蓋をして弱火で蒸し焼きにしてからトンテキソース、甘じょっぱいソースで味付けをする感じのステーキかな。
大体はニンニクの輪切りを加えたり、ソースにおろしニンニクを入れたりしてニンニク風味にするんだけど、今回はクルミペーストをソースに混ぜてクルミ風味にするつもりだよ。
焼き上がったトンテキに砕いたクルミを振りかけるのも良い歯ごたえになって美味しくなるかもしれないねぇ」
「おお~~、美味しそう!」
「私、ニンニクよりクルミがいいですねぇ」
「この食べ方は魚とかでも美味しく食べられて、サバとかメカジキでやっても美味しくなるねぇ。
その場合はサバテキ、カジキテキになるのかな? あんまり聞かない単語だけど」
「サバかー、サバはやっぱり味噌焼きかなー」
「塩焼きも美味しいですよ?」
「あとはデザートに果物の盛り合わせかな。
リンゴにナシ、カキにミカン、ただ皮剥いて並べるだけでごちそうになる秋の味覚だねぇ」
俺がそう言うと二人は言葉を返すのではなく、ゴクリと喉を鳴らして返してきて……それを受けて笑った俺は食材に意識を向けて調理を進めていく。
今日の料理はどれも難しいものではなく、簡単に作れるものばかりだ。
ただ居間や庭で賑やかな声を上げている全員分を用意するのが大変なだけで……うん、本当に調理自体は簡単なものだ。
全員獣人、ちょうどお昼過ぎなものだからお腹を空かせている、その全員が満足する量を用意するのが大変なだけで……冷蔵庫いっぱいの食料全部を使えばなんとかなるはずだ。
そんなことを考えていると、俺が大変な作業に取り掛かっていることを理解したらしいコン君達が手伝おうと動き始めてくれて……居間や庭に用意してあるテーブルの拭き掃除をするため、台拭きの準備をし始めてくれる。
それが終わったなら食器や箸の準備、コップや倉庫に用意しておいた飲み物の準備なんかもし始めてくれて……それを受けてかテチさんの友人も手伝いにきてくれて、同時に居間と庭がお祭り騒ぎとなっていく。
聞こえてくる声から察するにコン君達が今日のメニューを皆に言って回っているようで、期待感やら興奮やらで騒ぎが起きているようだ。
「とかてちったら毎日こんなの食べてるの?」
「よく太らないなぁ、あの子」
「一軒家に畑持ち、学歴と外の経験があって、この料理……! 私も富保さんのところで働いていれば……!」
料理や配膳をしてくれているテチさんの友人達もまたそんなことを口々に言って賑やかさを増させていき……居間や庭のテーブルに出来上がったばかりの料理が配膳されると、更に更に賑やかになっていく。
そして主役と言っても良い一品、栗ご飯が炊きあがり……炊飯ジャーの蓋を開けたならその盛り上がりは最高潮へと達する。
まず香ってくるのは炊き込みご飯特有の食欲を刺激するたまらない醤油と出汁の香り。
それから最高級の栗の香りがふんわりと漂ってきて……甘く香ばしく、これ以上ないだろうってくらいに良い香りがそこら中を支配していく。
それを受けてか皆が台所に駆け込んできて、自分の茶碗や炊飯ジャーの側に置いておいた茶碗を手に取り、我先にと盛り付け、そして居間や庭へと戻っていって……そうして予想外の形で食事会が開始となるのだった。
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