第264話 扶桑の本能


 誰もが唖然とする中、最初に動きを見せたのはタケさん達だった。


「か、芥菜さんにどうするか聞いてくる!」


 そう声を上げて駆け出して、この場を逃げるように離脱して……。


 外に人間になんとも不本意な形で扶桑の種が渡ってしまい、扶桑の種の管理をしている芥菜さんであれば良い案を出してくれると思ったのだろう、その速さは驚く程のものだった。


 次に動いたのは花応院さんで自分の手の中にすっぽりと収まったそれをそっとテーブルの上に置き……それからゆっくりとお茶を飲んで落ち着きを取り戻す。


 そして俺がため息を吐き出し、コン君も何がなんだか分からないけども、といったような様子で自分の席に戻り……その折、医療バスの中からさよりちゃんが駆け出てくる。


 輝かんばかりの笑顔で、キラキラと目を煌めかせて大きく口を開けて、


「実椋さん、おめでとうございます!」


 そんな声を上げながら駆け寄ってきて、コン君の両手を握り、椅子から下ろしてダンスのようなことをし始めて……それを受けて俺は流れるようなダンスを目で追いながら言葉を返す。


「えぇっとありがとう? おめでた確定って事で良いのかな?」


「はい! 母子ともに健康だそうです!

 獣人の赤ちゃんは成長が早いみたいで、もうしっかり姿を確認できるみたいでした。

 ただその……獣人の赤ちゃんに詳しい人がいないみたいで、男の子か女の子かはよく分からないそうです」


「あぁー……そうか、超音波か何かで見ても、そこにいるのはリスの姿をした赤ちゃんなんだもんねぇ」


「一応動物に詳しい人もいたみたいなんですけど、動物のリスとはまた違う姿をしているとかで、ハッキリしたことは言えなかったみたいですねぇ。

 心音とかそういうのは健康そのものってことらしいです」


「なるほど……それで検査はまだかかりそうなの?」


「はい! テチさんがついでだからって関係ない検査もあれこれしていて、もうちょっとだけかかりそうです。

 私が出てきたのは実椋さんに心配させないためっていうのと何か外が騒がしい様子だったからなんですが……何かあったんですか?」


「あー……それについてはー、うん、それを見れば分かるかな?」


 そう言って俺がテーブルの上の種を指差すと、笑みを浮かべていたさよりちゃんはスンッと笑みを消し去って真顔となり……すっとそれを指差し、これは? と説明を求めてくる。


 それを受けて俺が説明をすると、かつてコン君と一緒に逃げ回る種を追いかけたことのあるさよりちゃんはすぐに納得してくれて、


「と、とりあえずそういう訳でもう少し時間がかかりますので……」


 と、そう言ってバスの中へと戻っていく。


 それを見送ったなら、さてどうしたものかと種を見つめて……テーブルの上でも尚ゆっくりと転がり花応院さんの方へと向かおうとする種の様子を受けて俺は、あることに思い立って口を開く。


「そう言えば……あくまで伝承レベルの話なんですけど、この種は善行を積むと育つんですよね……。

 そうなると……花応院さんがなんらかの善行を積んだから、花応院さんの下なら成長出来る見込みがあるから、成長を望む本能的なアレでやってきた……という説も無いとは言い切れないかもしれませんねぇ」


 持ち主というか飼い主が善行を積むと成長するということは、つまり飼い主が善人でなければ成長できないとも言える訳で……扶桑の木を生物として考えるなら生存本能でもって、善人の下へと向かったとしてもおかしくない……は、はずだ。


 そもそも植物が意志を持って動くんじゃないとか、本能で行動するんじゃないとか、色々ツッコミどころはあるのだけど、そこら辺は考えても仕方ないので考えないことにする。


 周囲の環境や生態に多大な影響を与えまくる植物という時点で既に、おかしいというか常識から離れた存在なのだから……相応の考え方でもって理解すべき存在なのだろう。


「……なるほど、善行を積んだから、ですか。

 ……となると、私は一体どんな善行を積んだから扶桑の種に気に入られたのでしょうか?」


 俺があれこれと考えていると花応院さんがそう返してきて……俺はあれかなぁとバスを指差す。


 それだけでなく、テチさんのドレスを用意してくれたりだとか、色々と便宜を図ってくれたりだとか、様々な面で手を尽くしてくれていて……あくまで俺達の視点での話だけど、花応院さんは俺達のためにとかなりの良い行いをしてくれていると言えるだろう。


 世のため人のためではなく俺達のため、そしてあの扶桑の種を産み出した木は俺達の家に生えている。


 その辺りのことを俺が説明すると花応院さんは一瞬渋い顔をし、そんな馬鹿なことがと言いかけるが……そもそも扶桑の木という存在自体馬鹿らしいものであるし、何よりも、


「それが善行かどうかは立場や文化によって変わりますから……善行で育つというのが本当なら、その地の視点、主の視点でそれを判断していてもおかしくはないでしょう。

 それかまぁ……扶桑の木自身に倫理観でもって判断しているということも無くはないのでしょうが……。

 植物の倫理観について考えるというのも……その、どうかと思いますし?」


 と、俺がそんなことを言って話をまとめようとすると、花応院さんは今日一番の渋い顔をしてから渋々といった様子で頷く。


 そうして話を一旦終わらせた俺達がお茶を飲んで心を落ち着かせていると、芥菜さんへの確認を終えたらしいタケさん達が戻ってきて、息を切らせ汗を拭いながら声をかけてくる。


「好きにしろ、だってよ!

 理屈はよく分からねぇが、木は駄目だが種は良いってことらしい。

 どうせ枯らすし、仮に種を発芽させられるならどうあれ俺達の利益になる……とかなんとか。

 今までも渡してたもんだし問題はねぇってさ」


 その言葉を受けて俺と花応院さんはホッとため息を吐き出す。


 勝手にやってきたものを問題だと言われても困ってしまうし、問題ないと言ってくれたことは素直にありがたい。


 それから花応院さんは扶桑の種を懐から取り出したハンカチで包んでからスーツの内ポケットへとしまい込み……それとほぼ同時にバスからワイワイと賑やかな声が響いてくる。


 それはテチさんのお義母さんやら友達やらの賑やかな声で……無事に検査を終えたらしいテチさんと一緒にバスから降りてくる。


 そんなテチさんの腕の中には分厚い封筒が握られていて……俺は思わず、検査結果が入っているらしいそれをいつにない力を込めて凝視してしまうのだった。




――――あとがき


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(http://www.crossinfworld.com/news-articles/New-Volume-So-You-Want-to-Live-the-Slow-Life-Volume-2.html)


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相変わらずの全編英語ですが、興味がある方は一部日本の電子書籍サイトでも扱っておりますので、チェックしてみてください!


前回投稿直後に告知を忘れてしまいましたので、二度目の告知をさせていただきました


よろしくお願いいたします!

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