第263話 逃げた


 両手を使っての挟み撫では、コン君的にはクリティカルヒットだったようで撫で終えようとするとその目でもって「もっと」と訴えかけてくる。


 それを受けて何度か繰り返していき……だんだんとコン君の撫での好みが分かってきて、優しくそっとというよりも力を込めてグリグリの方が良いらしいので、痛くない程度に力を込めてグリグリと撫で回す。


 するとコン君の顔が撫でられる度にグニャリと変形してまるで別人というか、別種の獣人のようになってしまい、思わず、


「……ふふっ、ふんふすぅ」


 なんて笑い声が漏れてしまう。


 抑えようとしても抑えきれず、口の隙間から漏れ出て……なんで俺が笑っているのか分からないコン君はきょとんとした顔をして、それがまた面白くて吹き出しそうになって……。

 

 そんな風に笑われていると知ったらコン君が傷つくだろうとなんとか抑え込むとするのだけど抑えきれず……誤魔化すかのようにコン君のことを撫で回し、コン君の顔がぐにゃりぐにゃりと蠢く。


 そんなことをしていると花応院さんが戻ってきて……打ち合わせは無事に終わったのかすっきりとした顔を見せてくる。


 そして花応院さんが来たことにより「人前」となったからかコン君は、もう撫でなくて良いよとばかりにその手をそっと撫で回す俺の手に当ててきて……俺は散々自衛隊の人達に見られていたんだけどなぁと、そんなことを胸中で呟く。


 壁の上の見張りの数人がコン君を撫でている間、ちらちらと見てきていた訳で……この距離感でさっきのコン君の様子がしっかりと見えたとは思えないが、それでも撫でられているのは分かったはずで……微笑ましさとか獣人への興味とかで視線を向けてきていたのだろうなぁ。


「ひとまずは問題なさそうで……あの声もそのうち聞こえなくなることでしょう。

 新しい時代だの融和だの御大層なお題目を掲げて騒いでいたようですが、であれば何故この私のことを知らないのか……話になりませんな。

 ……騒ぎすぎても連中の思うツボでしょうから適当にあしらうことになりますが、ご容赦ください」


 席に戻るなり花応院さんはそう言ってきて、花応院さんがそう言ってくれるならこちらから言うことはないと頷いていると……今度は森の方から騒がしい声が聞こえてくる。


 騒がしい声、誰かが駆ける音、ドタバタドタバタと本当にそれは五月蝿いくらいで……一体何事かと俺とコン君と花応院さんと、今までにない事態に驚く自衛隊員達がそちらへと視線をやる中、コン君が声を上げる。


「んんー? 多分……タケさん達、かな?

 なんか……追いかけてる? 焦ってる? えぇっと……確かタケさん達ってにーちゃん家の見張りしてたんじゃなかったっけ?」


 コン君にそう言われて俺は慌ててポケットの中のスマホを取り出し、何かメッセージが来てないかと確認する。


 すると気付かないうちに来ていたメッセージが一件あり……、


『逃げた』


 と、それだけがそこに表示されている。


「逃げた? 何が?」


 思わず俺がそう声を上げると、コン君がスマホを覗き込んできて……そしてすぐに何が逃げたのか思い立ったらしく、シュバッと飛び上がって棒を手に取り、スタッと地面に着地したならタケさん達の声がする方へと何も言わずに駆け出す。


 そんな事態を受けて俺はどうしたものかと悩んでしまうが、俺が何かすべき状況ならコン君がそう言ってくれただろうし、メッセージにもう少し何か状況が分かる言葉が書かれていたはずだし……何もせずにここに待機すべきなんだろうと考えて、静かに微笑みを浮かべている花応院さんの対応をしようとする……と、直後駆けていったはずのコン君がこちらへと戻ってくる。


「こら、待てー!!!」


 そう言って何かを追いかけているらしいコン君、続いてタケさん達が……いつものジャージ姿ではなく、テチさんが着ていた伝統衣装のようなものに毛皮の上着というかチョッキというか、マタギを彷彿とさせる服を着て棒を持った状態で駆けてくる。


 そうやって皆で何かを追いかけて……その何かが視界に入り込まないものだから俺も花応院さんも頭の上に疑問符を浮かべることになり、座っているから見えないのかと首を傾げながら立ち上がると……距離が近付いてきたのもあってようやく逃げている何かを見つけることが出来る。


 それは丸い種だった、扶桑の種だった。


 またも木から落ちてきたらしいそれは、いつぞやのようにコロコロと転がっての移動を始めたようで……コン君が凄まじい勢いで飛びつくと、それを避けるかのような動きを見せて、更に続くコン君の追撃も避けて避けて、じれたコン君が棒を叩きつけるがそれも避けて、ならばと横に払うが今度は転がるのではなく跳ねることでそれを避けてしまう。


「……車とかで踏み鳴らされた平らな道を、あんな風に転がる時点でおかしいんだけど、まさか跳ねるとはなぁ……」


 呆れるやら驚くやら、俺がそんなことを言っていると、口をあけて唖然としていた花応院さんもなんとなく事態を掴めたようで、扶桑の種を見てコン君達を見て、それから門の方を見て……、


「ま、まさか門の向こうにまで行ったりはしませんよね?

 マスコミがいる今それをやられると間違いなく大騒動になるのですが……」


 なんてことを言ってくる。


「いや、俺に聞かれましても……。

 そもそもアレに意志があるのかどうかも謎ですし、どちらかというと俺は見えない何かがアレを転がしている説を推しているんですが……。

 ああ、でもゆっくりとだけど動く植物は存在するんでしたっけ?

 そうすると本能? とかそういうのに従って動いている可能性も……」


 仕方なしに俺がそう返すと、花応院さんは珍しく言葉に詰まり困ったような顔をし……そしていよいよ扶桑の種が俺達の目の前までやってきて、コン君とタケさんがいい加減にしろとばかりに全力でのダッシュをし、扶桑の種へと連携攻撃を放つ。


 まずはタケさんが薙ぎ払い、それを避けた扶桑の種に待ってましたとばかりに棒を手放したコン君が飛びつき……だがしかし扶桑の種は不思議な力で空中での方向転換をしてみせて、コン君を器用に回避し飛び上がり……唖然としている俺達の目の前の机にコトンと落ちて一跳ねし、花応院さんのスーツの内ポケットへと器用に入り込んでしまう。


「え?」


「え?」


「えぇー……」


「はぁ!?」


 俺、花応院さん、コン君、タケさんの順でそんな声を上げて……それから俺達はしばらくの間、何も言えず何も考えられず身動きも出来ず、ただただ唖然とし続けるのだった。



――――あとがき


追記の告知です


アメリカで電子出版していました獣ヶ森でスローライフ 英語版

『So You Want to Live the Slow Life? A Guide to Life in the Beastly Wilds』

第2巻の発売が決定しました!


発売日は11月30日

既に公式サイトなどで画像が公開されています

(http://www.crossinfworld.com/news-articles/New-Volume-So-You-Want-to-Live-the-Slow-Life-Volume-2.html)


表紙は近況ノートでも公開しておきます


相変わらずの全編英語ですが、興味がある方は一部日本の電子書籍サイトでも扱っておりますので、チェックしてみてください!


今回投稿直後に告知を忘れてしまいましたので、次回のあとがきでも同じ告知をさせていただきます

よろしくお願いいたします

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