第261話 検査開始


 数日が経って、今日は朝から何人ものお客さんが家へとやってきていた。


 テチさんのお義母さんと叔母さんと、結婚式にも来ていた友人3人と、コン君とさよりちゃんと。


 なんでこの面々が集まっているかと言えば明日から始まるテチさんの検査に備えてで……検査の間中、お義母さん達がテチさんの側について離れず、世話役というか護衛役をすることになっているからだ。


 俺にとって信用出来る人物である花応院さんもお義母さん達から見れば門の外のよそ者で、よそ者が検査と称して何かよからぬことをするのではないか? という思いがあるらしく、俺としてもお義母さん達がテチさんの側にいてくれるのはとてもありがたい。


 そんな訳で今日は朝からお義母さん達を歓迎するための料理をしていて……お義母さん達が集まった居間では、引っ張り出した大きなテーブルの上を埋め尽くす料理を突きながらの座談会が始まっている。


 そんな居間の隅にはいつものちゃぶ台でご飯をつまむコン君とさよりちゃんの姿もあり……二人はお義母さん達を気にした様子もなく、いつものようにリラックスしながら明日の護衛計画を話し合っている。


 本来であればその話し合いはお義母さん達がすべきことなのだが……久しぶりの親子の会話と、気の置けない友人同士の会話と、絶対に話題が尽きない女性同士の会話が混ざり合って化学変化を起こし、もう、なんていうかカオスな座談会となっていた。


 あの家の何々君がどうしたとか、あそこのカップルがそろそろ結婚しそうだとか、あそこの家は嫁姑戦争が激しいとか、なんとか。


 一体全体どこからそんな情報を仕入れてくるのやらと驚くやら何やらだけども、テチさんが楽しいので何も言わず、給仕に徹して配膳やら片付けやらをし続ける。


 一応女子回みたいなものだと思って、サラダとかフルーツとかヨーグルト系とか、女性が好みそうなものを多めに用意したのだけど……うん、やっぱり皆獣人だ。


 サラダもフルーツもヨーグルトもそこそこに、肉系魚系ばかりが消費されていく。


 何ならもうハムとかベーコンとか、何かしらの肉が入っていなければサラダは食べないし、サーモンサラダを出そうもんならサーモンだけが消費されるし……この食欲獣人世界でよくレイさんはパティシエをやれているよなと、思わず尊敬の念を抱いてしまう。


 そうして残されたサラダやフルーツは、美味しそうだと目をつけたコン君達が食べるのが主で……お義母さん達の隙を縫って手を伸ばしたコン君やさよりちゃんが、テーブルの上の料理を回収している姿をよく見かけてしまう。


 そうやって二人がサラダなんかを好んでくれているのは、普段からうちの料理を食べているからなのか、そもそもの好みなのか……その両方なのかもしれないなぁ。


 ともあれこの日は朝から晩までが、そんな調子で過ぎていって……翌日。


 芥菜さんが手配してくれた扶桑の木の番をする人達が家に来てくれたのを確認してから、お義母さんが乗ってきた真っ赤なファミリカーに二組に分けてのピストン輸送をして門の側に到着。


 門の側には事前に聞いていた通りの医療用バスが待機していて……スーツ姿の花応院さん他、検査に関わる女性のお医者さんや看護師さんが背筋を伸ばし、なんとも固い表情でずらりと並んで待機していて……俺はテチさんを伴いながら挨拶を交わしていく。


 一人一人顔と名前を覚えて、握手を交わして……何かあった時にしっかりコミュニケーションが取れるように笑みを絶やさず朗らかに。


 隣のテチさんの表情は少し固いけども、まぁこれは緊張のせいなんだろうし問題はないだろう。


 挨拶が終わったならお義母さん達の紹介をして……そしてコン君達の紹介をするとお医者さん達の視線が、いつもの棒をしっかりと構えたコン君達に釘付けとなる。


 じぃっと見つめて目を輝かせて、可愛いものを見た時特有の緩んだ表情をして。


 その視線の意図が分からずコン君とさよりちゃんが同時に首を傾げると、それがトドメとなって、何人かから黄色い歓声が上がってしまう。


「えっと……コン君とさよりちゃんは婚約者同士で、常に二人で行動していますので、そういうつもりでお願いします。

 それと持っている棒は護身用で―――」


 と、黄色い歓声の中で構わず説明を続けると、お医者さん達が物凄い表情でこちらを見てくる。


 棒どうこうより婚約者の方が気になってしまったのだろう、獣人の子供がああいう姿をしているとい知識はあるらしいお医者さん達は、


「こ、婚約者!?」

「こんなに幼いのに!? あの姿って幼いからなんですよね!?」

「早い!? というか負けた!?」


 なんて声まで上げてしまう。


 つい先程までは厳粛というか真面目というか、シリアスな空気をまとっていたのに、なんだかもう全てが台無しだ。


 花応院さんが頭を抱える中、お医者さん達はきゃぁきゃぁと声を上げ続けて……声も上げず姿勢も崩さず、じっと耐えていた数人も、声を上げて騒ぎたいという誘惑に負けそうになっていってしまう。


 そんな中コン君達は、嫌われている訳ではないことを理解しているのか、いつもの笑顔で応対していて……それがまたお医者さん達の心を掴んでしまっている。


 そうやってどんどん緩む空気を見て、これから大事な検査なのにどうかと思ってしまうが……隣を見てみると緊張していたテチさんの様子が和らいでいて……護衛のためにと気を張っていたお義母さん達も微笑んだり笑ったり、意外にも良い雰囲気となっている。


 そして……、


「どうもー、こちらのとかてちの母ですけども、今日は皆さんよろしくお願いしますねー」


 なんて声がお義母さんから上がり……お医者さん達からも似たような調子での声が上がる。


 そうしてすっかりと場は緩み、女性同士緩んだ態度での親交が行われて……俺と花応院さんと、門の側で気を張っていた自衛隊の人達までもがなんとも言えない苦い表情をすることになる。


 俺達のそんな表情に気付いているのかいないのか、お義母さん達の会話はどんどん弾んで……そしてまさかというかなんというか、会話の流れのまま、その空気のままテチさん達がバスへと入っていって……俺達が唖然とする中、予想もしていなかった形で検査が開始となるのだった。

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