第260話 お金とか夢とか


 全ての収穫が終わり、出荷が終わって……早速来年の準備だという訳にはいかず、まずは帳簿を付けていくことになる。


 皆に支払う給料や経費を計算し、生活費にどのくらい回せるかを正確にはじき出し。


 幸いというかなんというか、日本国民でありながら獣ヶ森に住んでいるという微妙な立場の俺は所得税、市民税などを支払う必要がないのだけど、それでも年金保険料などなどは支払う必要があり……そこら辺もしっかりと用意しておく必要がある。


 一年に一度だけの入金、大金が入ったからとここで使いすぎてしまうと後々大惨事が待っている訳で……きっちりと計算し、1円のズレもないように数字を出したら、これまたズレや見逃しのない支払い計画、生活設計を行っていく。


 これからの出産などもあるし、冠婚葬祭も色々とあるんだろうし、予想外の事故病気などにも備えて……余裕を持っての貯金もしておきたい。


 という訳で帳簿作り、家計簿作りは結構な作業量となってしまっていて……俺は翌日からしばらくの間、自室の机に……机の上に置いたタブレットパソコンに向かい続けることになった。


「テチさん、この肥料って去年はいくらくらいの―――」


「樹木医さんにはいくら支払うんだっけ……?」

 

「年末年始って何か行事―――」


「災害があった時の保険ってどうなって―――」


「畑も保険に入っているんだよね?」


「来年は子供のこともあるし保険を増やした方がいいかなぁ?」


「獣ヶ森の確定申告ってどうなっているの?」


「あ、振込手数料のこと忘れていたな、こっちの銀行だといくらくらいになるんだっけ?」


 と、そんな風にあれこれと質問をテチさんにぶつけながら……質問攻めにすることに多少の申し訳なさを感じながら作業を進めていって……二日後、ようやく全ての事務処理が終わり、支払い手続きなども完了し、そうして俺は久しぶりの休日を堪能できることになった。


 そして俺の作業が一段落したと聞いて、俺がゆったりとお茶を飲んでいる居間へと駆け込んできたのは……、


「にーちゃん! お給料たくさんありがとう!」


「通帳が凄いことになってました!」


 と、そんな声を上げるコン君とさよりちゃんだ。


 二人はそんなことを言っているが振込は今日完了したばかりのはずで……まさか朝一で口座を確認しにいったの? と、驚いてしまうが……二人にとっては一年間の頑張りが数字になったものな訳だし、お年玉以上に嬉しいお金のはずだし……うん、俺でも銀行が開くのを待って駆け込んじゃうかもしれないな。


「どういたしまして、去年の帳簿とは比べ物にならない程に売上が良かったからね……それだけ皆が頑張ってくれたということでもあるし、奮発させていただきました。

 お給料をどう使うかはご両親とよく相談して決めるんだよ?」


 俺がそう返すとコン君達は満面の笑顔になりながら元気よく頷いて、それから大丈夫だよとばかりに通帳だけを俺に見せつけてくる。


 通帳だけ、印鑑もカードもなく通帳だけ。


 通帳だけ出来ることと言うと記帳くらいのもので……なるほど、印鑑やカードはご両親が管理しているということなのだろう。


 そしてコン君達は通帳を開いてその中身を見せつけてこようとするが、いやいや、それはまずかろうと俺が手で通帳の数字を隠していると、コン君達は大きく首を傾げ……台所で洗い物をしていたテチさんが笑いながら戻ってくる。


「子供達にとって通帳はどれだけ頑張ったかという証……向こうで言う成績表みたいなものだからな、遠慮なく見てやれば良い。

 子供達にそうやって持たせているということは両親が誰かに見せびらかしても良いと判断したということでもある、そんな風に気を使う必要はないぞ」


 そんなことを言いながらいつもの座布団に腰を下ろしたテチさんは、コン君達から手帳を見せてもらい、うんうんと頷き、笑顔となって「えらいえらい」と二人の頭を撫でる。


 そういうことならと俺も続いて通帳を見せてもらうが、そこには結構な数字が並んでいて、ずっと事務仕事で数字に見慣れていたはずなのに思わず怯んでしまう。


 こ、子供でこの貯金額か……それはまぁずっと働いてきたのだから当然と言えば当然なのだけど、大人顔負けの資金力だなぁ。


 子供の頃に稼いで家庭を持つ構想を決めて、お見合いをしてそれから勉強をして……この貯金があればそういうやり方も成り立つのだろうなぁ。


 ふと他の獣人はどうしているんだろう? と、思ってしまうが……他の獣人は獣人でその身体能力などを活かしてなんらかの活躍をしているに違いない。


「おー……サラリーマン時代の俺と同じくらいの貯金だなぁ。

 二人共頑張ったんだねぇ」


 なんてことを言いながらコン君達の頭を撫でてあげると二人は嬉しそうに目を細め……それからコン君は目をぎゅっとつむっての笑顔になって、嬉しそうに……本当に嬉しそうに小躍りをし始める。


「オレ、この貯金で大人になったら色々ゲーム買うんだ! でっかいテレビとか!

 庭にも色々オモチャ買う! あとあと、でっかい車!」


 そこら辺全てを買えるだろう貯金の記録された通帳を振りかざして踊り、さよりちゃんも負けじと願望というか夢を語り始める。


「私は色々服とか、ミシンも買いたいです!

 大人になったらテレビで見るような服をたくさん着たいです!」


 これまた十分に叶えられる夢で……さてさて、二人は大人になった時、その夢を叶えられるのだろうか?


 俺も子供の頃はオモチャとかゲームとかたくさん買って……誰にも負けないくらい遊んでやるんだなんてことを考えていたけども、いつしかそんな夢のことは忘れてしまっていた。


 それでもまぁ趣味にあれこれと使っていた分、遊んでいた方ではあるのだけど、思いっきり、存分に……とは言い難い。


 コン君がこのまま貯金を続けて勉強をしっかりして、良い仕事に就職できたなら金銭的には余裕があって簡単に出来てしまうはずなんだけども……大人になるまでその夢を維持し続けるというのは中々難しいことだ。


「あとねーあとねー、燻製とかソーセージとかたくさん作るよ!

 ご飯もいっぱい! 毎日山盛りご飯食べまくるよ!」


 続けてコン君はそんなことを言ってきて、居間の棚にしまっているコン君のノート、コン君なりにメモを続けているレシピノートを掲げてみせる。


 コン君なら、そっちの夢はもしかしたらあっさり叶えてしまうかもなぁと、そんなことを思いながら俺とテチさんはなんとも微笑ましい気分で夢を語り続けるコン君とさよりちゃんのことを眺め続けるのだった。

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