第259話 冬に向けて
クルミの実……というか殻を何度も何度も水洗いし、きれいになったら水を切り、タオルで丁寧に拭いていく。
拭き終わったら出荷箱にガラゴロと入れていって……殻が頑丈だからか栗よりもかなり雑な扱いで作業が進んでいく。
とはいえ中の実が砕けてしまったり、殻が大きく傷ついてしまったりしたら問題なので、それなりには丁寧に扱って……全てを詰め終えたら今日も配達車でもって門の側へと持っていく。
そして栗の時と同様に質を確かめてもらって……テチさんが素手でガチンとぶつけあって割ったクルミを食べてもらったりして、それから値段交渉をし、領収書を切り……相変わらずの現金払いで売買が終了となる。
「売上の状況やお客様の声はいつものように後でまとめて送らせていただきます。
質問疑問あればいつでも遠慮なく……何事もなければまた来年にお会いすることになりますな」
支払いが終わると火遠理さんはそう言って、嫌味のない営業スマイルを見せてくれて……特に質問などはないと答えると、
「では、これで失礼させていただきます。
よい商いをさせていただき、本当にありがとうございました……よいお年を」
と、そう言って頭を深く下げてから門の向こうへ帰るための撤収作業をし始める。
作業の邪魔になっても悪いからと、頭を下げての挨拶をした俺達も畑へと戻り……落下防止ネットを外したり畑を掃除したり……少しずつ落ち始めた葉をホウキで掃いて集めている子供達の作業を手伝っていく。
「落下防止ネットは晴れの日に洗って干して……次回使った時に汚れが移らないようにしっかりとしまっておく。
それから剪定をし、接ぎ木の準備をし……畑を広げるならそこら辺の確認なんかも必要だな。
ここら辺は以前にも説明したが、収穫が終わり冬になったからって暇になるという訳ではないぞ。
子供達は休むことになるが、私達は春の準備のために働く必要があって……雪が降ったら降ったで今度は枝が折れないように気を使う必要もあるからな、気を抜かないように」
なんてテチさんの言葉を聞きながら作業を進めていって……ふと気になったことがあった俺はコン君達のことを見やりながら言葉を返す。
「冬休みの間、子供達は何をして過ごすの? やっぱり勉強とか?」
するとテチさんはコクリと頷いて……落下防止ネットを器用に畳みながら返事をしてくれる。
「そこら辺はそれぞれの家庭の方針次第だが……基本的には勉強だな。
読み書き計算、家業があればそれについてや、棒の扱い方に料理裁縫洗濯、そっちでいう家庭科みたいなこともすることになる。
もちろん勉強以外にも旅行に行ったり遊びに行ったり……例のホテルが少しはマシな状況になっているようだから、あの辺りに遊びに行ったりとか……あとは温泉か。
温泉や映画館……釣りなんかのレジャーをすることもあるし、狩りを楽しむ子供達もいるかな」
「釣りはまだしも狩り……?
いやまぁ、イノシシとか狩っているのを目にしたことはあったけど……冬休みを利用してレジャー的な意味で狩りをしたりするんだ?」
「うん? 門の向こうでも冬になれば猟期だとか言って狩りをするんだろう? それと同じことだ。
楽しいし肉が手に入って美味しいし、害獣駆除にもなる、老若男女問わず人気のレジャーだぞ」
「な、なるほど?
一応あっちの狩猟は罠でも年齢制限あったはずなんだけども……まぁ、獣人なら問題ない、のかな?
しかしそうすると、大人達も冬は狩りに興じるんだ?」
「興じるというかやらないと困ったことになるというか……。
やらなければ畑を荒らされたり家を荒らされたり、私達にとっても困ったことになるんだ、冬になれば私達だってやることになるんだぞ?
そのために棒の扱いを教えてきた訳だし……私は子供のこともあってそこまでは出来ないだろうからな、頼りにしているぞ」
その言葉を受けて俺は、子供達から使い終わったホウキを受け取りながら冷や汗をかくことになる。
そりゃぁまぁ……確かに? 棒の扱いは健康のためっていうのもあって毎朝練習していたけども、あれで獣ヶ森の……巨大な獣達を狩れだって?
うん、無理、絶対に無理。
少なくとも俺一人じゃぁ絶対に無理で、タケさんとかレイさんとか、狩りに慣れた大人の手を2・3人借りてようやくという感じで……冷や汗をたっぷりと浮かべた俺が何も言葉を返せないでいると、半笑いのテチさんがカラカラと声を弾ませながら言葉をかけてくる。
「なぁに、実椋が狩った肉を料理してやると言えば何人かの男達が手伝ってくれるはずだ。
その代わり解体だの料理だので忙しくなるかもしれないが……まぁ、そこは仕方ないだろう。
余った肉や皮は業者が買い取ってくれるし、骨なんかは肥料にもなる。
……うちの畑では使わないが、御衣縫さん辺りが肥料目的で引き取ってくれるだろうし……冬は冬で稼げたりするかもしれないな」
その言葉を受けて安堵の表情を浮かべていると、コン君とさよりちゃんがこちらに駆けてきて、元気に声を上げてくる。
「にーちゃんはオレが守るから、大丈夫!」
「テチさんは私が守りますから安心してください!」
そう言って二人は手にしていたホウキを棒のように振り回し、格好良いポーズを決めてこちらにドヤ顔を向けてくる。
そんな二人に「ありがとう、頼らせてもらうよ」とそう言ってから頭を撫でてあげて……それからホウキを受け取っていると、既にホウキを渡していた子供達や、これからホウキを渡そうとしていた子供達が羨ましそうな表情でこちらを見やってくる。
こうなったらしょうがない、そんな子供達に向けて手招きをして呼び集めて、それから子供達一人一人を丁寧に撫で回していく。
名前を呼びながらお礼を言って撫で回して……これからすぐに冬休みに入る子もいるらしいので、お別れ代わりに何度も何度も撫でていって。
するとテチさんもそれに参加し、片付けを終えた他の子供達も参加し……そうしてたっぷりと子供達のつやつや毛並みを堪能しての、終業式代わりの撫で回し会が開催されるのだった。
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