第258話 クルミの収穫
翌日。
今日はクルミの収穫ということで、朝から畑に向かったのだけど……そこで待っていたのは予想通りというか、予想を超えてきた光景だった。
昨日家族と採れたての栗を楽しんだのだろう、一年頑張ったお祝いを存分に楽しんだのだろう、コン君もさよりちゃんも、子供達全員がその毛をツヤツヤとさせていて……生気に満ち溢れた表情をしている。
年長組の何人かはあの成長をしたのだろう、少しだけ大人びた顔をしていて……その内の一人なんかは手の甲の毛が抜け始めている。
「ティロはもう体が変化し始めたか……そうなると今年か来年にはここは卒業だな。
一足早く大人の仲間入り、おめでとう」
その子の前に膝をついて手を取って、毛が抜けた部分を撫でてあげながらテチさんがそう言うと、その子……ティロちゃんはにっこりと微笑んで嬉しそうな顔をする。
以前聞いた話によると獣人の体の変化は思春期の始まりでもあるようで、体が変化し、出来ていたことが出来なくなり、今までとは違う生き方をしなければならないというのは、心が不安定な時期ということもあって、どうしても戸惑ってしまうものであるらしい。
そんな難しい時期をこれから迎えるティロちゃんにテチさんは、その不安が少しでも減るよう、その変化が喜ばしいことであるとティロちゃんが思えるように、優しい笑みでめでたいことだ、嬉しいことだと、前向きな言葉をかけ続ける。
俺がそれに続くと、他の子供達も「おめでとう!」「すごいなぁ」「ボクも早く大人になりたい」なんて声を上げ始めて……それから少しの間、皆の言葉がティロちゃんに降り注ぐ。
そうやって皆でティロちゃんを構ったなら、収穫作業をすべくクルミ畑へと足を向ける。
クルミは……まぁ、正直に言うと栗に比べればかなり安いものとなっている。
獣ヶ森という特殊な環境で大きく美味しく育ち、栄養価も高く、門の向こうの洋菓子店などが高く買い取ってくれるらしいのだけど……それでも栗に比べるとうんと安い。
需要の問題もあるし収穫量の問題もあるし……そもそもが栗よりも安い品だから仕方ないのかもしれない。
それでも十分な稼ぎになるんだから凄いよなぁと、そんなことを考えながらクルミ畑に到着すると、ひじ辺りまである長い革手袋入りの、収穫コンテナと呼ばれるプラスチック製の箱を倉庫から持ってきたテチさんが声をかけてくる。
「クルミの表皮……果肉部分だな、この下にはドロっとした液体がたまっていて、これに触れるとひどくかぶれるから注意しろよ。
手袋は絶対に外さず、汗をかいたりしても手袋で拭ったりはしない、手袋でそこらを触るのも駄目で、使い終わったらしっかりこの箱に戻して、洗い終わるまでは厳重に管理するからな。
特に実椋と私は体毛がないからな、子供達より注意する必要がある」
と、そう言ってからテチさんは子供達に革手袋を渡していって……液体が服なんかにつかないようにと革エプロンや長靴、収穫用のトングのようなハサミも同じように倉庫から持ってきて、子供達に渡していく。
それが終わったら自分達の分も用意して……それからやたらとでかいプラスチックのバケツを持ってくる。
「収穫が終わったらこれに入れて、水を入れて棒でかき混ぜて汚れを落とす。
水が汚れてきたら水を入れ替えてまた洗って……水が汚れなくなるまで何度でもな。
洗い終わったらタオルで拭いて、出荷箱に入れて出荷となる。
私と実椋は主にこの作業をすることになるぞ」
と、そう言いながらテチさんはバケツを水道の側に置き、それから子供達の方へと視線をやる。
全員準備完了、手袋もエプロンもばっちりで、長靴を履いてハサミを構えて……皆が収穫したクルミを回収する担当なのか、収穫箱を頭の上に乗せている子の姿もある。
「よし、今日も怪我に気をつけて……かぶれにも気をつけて作業をするように。
去年はクルミの実を踏んで転んで木に頭を打ち付けた、なんて事故もあったからな、本当に気をつけるんだぞ!」
『はーい!』
テチさんの注意に元気一杯返事をしてから子供達は一斉に駆け出し、クルミの収穫作業を開始する。
落下防止ネットに落ちているクルミをネットを器用にかき集めて一箇所に集めて……そしたらそれを地面に転がして長靴で踏んで表皮を剥いて。
表皮の下にある殻が硬くてまず傷つかないからか、扱いが少し雑で……そんな風に皮を剥いたなら収穫箱へと投げ入れられ……剥いた表皮はそのままにせずに一箇所に集めていく。
ああやって集めておいて、収穫が終わったらまとめて地面に埋めるんだそうで……なんというか、もはや毒物扱いだなぁ。
まぁ、それだけかぶれがきついんだろうなぁと納得しながらバケツに水を入れていると、早速収穫箱をいっぱいにした子供がこちらへと駆けてきて、バケツの中にガラゴロとクルミを流し込む。
それを受けてテチさんがいつもの棒、鉄製のものを持ってきて……俺とテチさんでそれをクロスするようにバケツに入れて息を合わせてグルグルとバケツをかき混ぜていく。
ガラゴロガラゴロ、やかましいくらいの音がして、水があっという間に黒くなっていって……ある程度黒くなったら排水路にその水を捨て、水道からホースでもって水を入れて、またガラゴロと洗っていく。
二度三度、四度と洗ってようやく水が汚れ無くなって……そうしたら水を捨ててから収穫箱にクルミを流し込み、それからタオルでもってガシガシとクルミの殻を拭いていく。
水気を拭き取り、洗いきれなかった汚れを拭き取り……そうこうしていると子供達がまた収穫箱を持ってきて、拭き作業を中断して洗い作業を優先させる。
拭き作業自体は子供達でも出来るので、水洗いは大人でということらしい。
「俺がいなかった時はどうしていたの……? まさか曾祖父ちゃんと二人で?」
汗をシャツの肩部分で拭いながら俺がそんなことを言うとテチさんは、
「あるれいに手伝わせていたな、報酬は栗とクルミで」
なんてことをサラッと言ってくる。
大量の水とクルミを、鉄の棒でかき混ぜる……尋常ではない負荷のかかるこれは相当の体力と腕力が必要で……かなりの体力と腕力が必要らしいパティシエをしているレイさんであれば、確かに適任なのだろうなぁ。
俺もここにきてから鍛えてはいるけども、これは中々の重労働で……テチさんがサラッとした顔で続ける中俺は必死の形相で、力を振り絞りながら鉄の棒を動かし続けるのだった。
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