第257話 栗の収穫が終わって


 マネーカウンターでのカウントが終わり、支払いに問題がないとなって火遠理さんはまた明日来ますと、そう言って帰っていった。


 そして俺は助手席にアタッシュケースを乗せての帰宅をし……帰宅したならテチさんを乗せてそのまま獣ヶ森の銀行へと車を向ける。


 流石にこの金額のお金を持ち続けるというのは怖すぎる、近々の支払いに必要そうな分を取っておいて、残りは全て貯金するつもりで……銀行についたなら奥の応接室へと案内されて、そこでまたも登場したマネーカウンターでのカウントやら、貯金処理が行われていく。


 そうして記帳したなら一段落、皆への給料の支払いだとかでまた来ますと挨拶してから銀行を後にし……テチさんの希望を受けてスーパーへと向かう。


 スーパーで買い物を済ませたら家へと戻り……配達車は明日の出荷が終わってから返すことになっているので庭に駐車し、スーパーの袋を手に家へと戻り、テチさんと二人分の夕食の準備を始める。


 今日はコン君もさよりちゃんも自分の家に帰っている。


 お給料の一部である栗が詰まった箱を抱えて自宅に帰って、今年はこんなに頑張ったよ、こんなに栗をもらえたよと、その箱を家族に見せての自慢をする日だからだ。


 そして家族はそんなコン君達をよくやった、こんなに美味しそうな栗をこんなに持って帰ってきてくれるなんてと褒めそやし……一年間よく頑張ったと労い、お腹いっぱいのごちそうを食べての宴会をするんだとか。


 テチさんは毎年そんな光景を、子供達皆の幸せそうな表情を思い浮かべながらお酒を楽しんでいたそうなのだけど……今年はお酒は無理なので、ちょっと豪勢なご飯で我慢しようと、そういうことになったらしい。


 なら俺が料理するといったのだけど、今日は特別な日だからと料理はせずに、全て買ったもので済ませるんだそうだ。


 という訳で今日はスーパーで買った焼き鳥セットとステーキ丼、大盛りサラダにポテトサラダ、皮付きフライドポテトにソーセージの盛り合わせと、デザートにフルーツの盛り合わせという夕食となる。


 ……なんというか飲み屋を思い出させる品揃えとなっているけども、まぁ、うん、テチさんが食べたいというのだから好きにさせてあげるとしよう。


 そういう訳で一旦台所に移動して大皿を用意して、今日買った品々を並べていって、それらを居間のちゃぶ台へと配膳していく。


 買った時の容器そのままでも良いんだけども、こうやって盛り付けることで食べやすくなるし、見栄えもよくなるし……容器を変に汚さないで済むので洗ってリサイクルに出すのも簡単だ。


「うぅん……ビールが欲しくなるな」


 配膳を終えるとちゃぶ台の上を見てテチさんがそんなことを言うが、妊娠中に飲酒は大問題なので我慢してもらうとしよう。


 そうして「いただきます」と声を上げてから二人で箸を伸ばし……それぞれ好きなものをゆっくりと、テレビもつけずに静かに堪能する。


「……これだけ稼げれば何の不安もなく正月を迎えられるな。

 給料もたっぷり払えるし……来年は畑を広げて人手を増やしても良いかもしれない。

 樹木医にもたっぷり払って良い肥料と治療を依頼しておきたいな」


 堪能する中でテチさんは、いつのまにか手に持っていた通帳を開いてニヤニヤとしながらそんなことを口にする。


 子供達に給料を払って、来年の準備をして、樹木医さんにあれこれ依頼して……来年分の生活費を確保したとしてもかなりの余裕がある金額。


 ……本来であれば曾祖父ちゃんもこれだけの稼ぎを毎年のように手にしていたんだよなぁ。

 

 それがあんな業者と付き合ったばっかりに……。


 ……いや、でも、待てよ……?


「……もし去年も一昨年もそんな稼ぎだったら、俺がここに来ることは無かったのかもしれないなぁ」


 あれこれと考えた末にそんな言葉を口にすると、テチさんが首を傾げながら突然なんだ? という表情をしてくる。


「いや、俺がここに来たきっかけって、親戚達がこの土地や畑を押し付けあってたからでさ……。

 ここを誰も継ぎたがらないから俺が継ぐことになったんだけど、もしこんなに稼げると知っていたら、もし毎年こんな稼ぎになっていたら……嫌がるどころか取り合いになっていたんじゃないかなって、そんなことをふと思ったんだよ」


 親戚達は果たしてどこまで知っていたのだろうか?

 栗一粒が2000円以上になると知っていたのだろうか? 曾祖父ちゃんがおかしな業者と付き合っていることを知っていたのだろうか?


 そのせいで稼ぎが減っていただけで、真っ当に商売をしたらこんなにも稼げるものだと、誰か一人でも知っていたのだろうか?


 俺は知らなかったし、両親も知らなかった、親戚のほとんどもここのことを嫌っていて、行きたくもないと言っていて……そうだ、金ばかりかかる不良債権だ、みたいなことを言っていたのも何人かいたな。


 大変な作業ばかりで儲からないとか、貧乏暮らしをする羽目になるとか……この畑の現実を知っていればまず出てこないだろうその発言は、一体全体どうして、どこから生まれたものだったのだろうか?


「……稼ぎすぎると変な連中が寄ってくる、程々に稼いで程々に貯金さえ出来てればそれで良いんだ、分かったか、とかてち。

 ……と、そんなことを富保によく言われていたことを思い出したよ。

 ……富保のことだからなぁ、最初から全てが計算済みで、こうなるように仕組んでいたとしても驚きはしないかな。

 親戚連中には稼いでいないように見せて、私を雇い続けて……いつ実椋が来ても良いように準備をしていた、とかな」


 そう言って笑ったテチさんは、美味しそうに焼き鳥の串へと手を伸ばす。


 それから焼き鳥を口に運んで堪能して……そんなテチさんを見やりながら俺は曾祖父ちゃんのことを考える。


 ……他にも曾祖父ちゃんが俺のためにと準備をしてくれていたという節がいくつかあった。


 だと言うのに曾祖父ちゃんは俺にそういった話を一切しないでいて……準備だけをしておいて、本当に継ぐかどうかは俺に任せるという、そういう考えでいたようだ。


 俺としては正直に言ってくれて、曾祖父ちゃんにあれこれ教わりながら継ぐ時を待ってみたかったのだけど……その場合は社会人経験を積めないままだったろうし、あれやこれやのトラブルに対応しきれなかった気もする。


 結局は結果オーライ、こうしてちゃんと継げている上にテチさんと結婚までしたのだから、文句もなく……曾祖父ちゃんの判断は正しかったと言えるのかもしれない。

 

 それだけの準備をして、あれこれと手を打って……そして最期の時に俺が継ぐと口にした時、曾祖父ちゃんはどんな気持ちだったのだろうか?


 それは想像することしか出来ないけれど、きっと喜んでいてくれたはずで……俺は居間の隅にある箱、俺達の分の栗が入った箱へと視線をやる。


 あとでこれを仏壇に上げて、曾祖父ちゃんがしていたように勝栗と平栗を作って神棚に上げて……曾祖父ちゃんの色んな想いが報われるようにとやれるだけのことをやっておくとしよう。


 まだまだ収穫が終わった訳ではなく、明日のクルミもあるのでまだまだ終わった気分にはなれないけど……それでも一段落がついたような気分が胸の奥底から盛り上がってきて……そうして俺はテチさんに食べ尽くされる前にとちゃぶ台に手を伸ばし、大きく分厚いステーキが乗っかったステーキ丼を食べ始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る