第256話 取引


 大体の収穫が終わり、選別も終わり……出荷分の栗を化粧箱にたっぷりと詰めたなら飾りとしてイガグリと一緒に落ちた葉っぱを飾り。


 それから梱包用の薄葉紙と呼ばれる白くて透き通った紙で栗の実を綺麗に包み、蓋をしたら出荷準備完了となる。


 獣ヶ森の業者が先日届けてくれた化粧箱の表には、俺や曾祖父ちゃんの名字である森谷の栗との文字が書かれていて、どうやらこれがブランド名となるらしい。


 それから廃棄品の中からいくつかを取り上げ、調理場に鍋を置いてそれらを煮始めて……煮上がるのを待つ間に、傷がついた栗とそれと傷の無い商品レベルのものも合わせて収穫の4割分、重量計算で取り分け、それを子供達とテチさんの合計人数で割った分を、はかりの上に置いた、それぞれの名前の書いてあるダンボールにそっと詰めていく。


 その作業をする間子供達は、自らの名前の書かれたダンボールに張り付いて、ダンボールの中に栗が詰められていく様子をじぃっと見つめて……同時にはかりのアナログ針の動きもしっかりと確認する。


 多すぎても少なすぎても駄目、皆で大事に育てた栗だからこそ、正確な量を正当な報酬として欲しい様子で、少し多いけどまぁ良いか、なんて妥協をしようとする俺に対し鋭い視線を送ってきたりする。

 

「ごめんごめん、ちゃんとした量になるように調整するよ」


 なんてことを言いながら詰めていって……詰め終わったならそれをはかりから持ち上げ、


「はい、今年の報酬です、本当にご苦労さまでした。

 良かったらまた来年も働いてください」


 それは事前に聞いていたいつもの挨拶、曾祖父ちゃんが毎年欠かさず口にしていた言葉で、それを受けて満足そうに頷いた子供がダンボールをまるで勲章か何かを受け取るかのように受け取り、ダンボールが潰れてしまいそうな程にぎゅっと抱きしめて、本当に嬉しそうな顔をする。


 それを子供達全員分、コン君やさよりちゃんにもしっかりやったなら……最後にテチさんに渡して、これで一段落となる。


 明日にはクルミの収穫があるし、これから出荷をしなければならないし、まだまだ忙しいのだけど、それでも一つの区切りがついたような感じで皆の表情が緩み……なんとも言えない落ち着いた空気が流れた所で、俺のスマホが高音でもって着信を知らせてくる。


 それは業者の火遠理青果さんからの電話だった、どうやら門に到着したらしい。


「はい、収穫は無事に終わりました、収穫量は例年よりも多く、味も良いみたいです。

 これから試食用の栗と出荷分を持ってそちらに向かいますので……はい、少しだけそちらでお待ち頂ければと思います」


 俺がそう応答している間にテチさんがレイさんから借りておいた配達車を持ってきて、子供達と一緒に出荷分の箱を詰め込んでくれる。


 電話を終えたなら、煮上がった栗をタッパーに入れて持って、俺だけが配達車に乗り込み、門に向かう。


 テチさんや子供達は門に近付かない方が良いだろうし、向こうの人と会うのも避けた方が良いだろう。


 防疫を済ませているとはいえ危険性が全く無いとは言えないし、トラブルになるかもしれないことを、わざわざする必要はないだろう。


 そこからは安全運転で門に向かい……門の側で待機してくれている老人、白髪で年の頃80かそれ以上か、背筋がシュッと伸びたスーツ姿の……年に似合わず筋肉質な体をした火遠理さんの前で車を止めて降車し……久しぶりのビジネスマンモードへと切り替えての挨拶をする。


 一応作っておいた名刺を出し、相手の名刺を受け取り、頭の中に浮かんでくるテンプレな挨拶を読み上げ、挨拶を受け取り……それからこれだけの量になりましたと、荷台のドアをあけて中を見せて、それから試食分の煮栗を火遠理さんに手渡す。


 すると火遠理さんは手に取った栗の皮を歯でもって豪快に剥いて薄皮ごと一口に食べて……それからじっくりと咀嚼し、味を確かめていく。


 二個、三個と食べて……少しの間沈黙して、それからなんとも満足そうな顔をして、しわがれた声を弾ませてくる。


「代替わりしてどうなるかと思いましたが、相変わらずの味で安心しましたよ」


「春までの作業は曾祖父ちゃん達がやってくれていましたから……来年からが本番だと気を引き締めているところです」


 営業スマイルで俺がそう返すと、笑みを浮かべながら頷いた火遠理さんははかりを取り出し、一つ一つ箱の中身を確認しての計量を始めて……そうしながら背中越しに言葉を返してくる。


「それはそれは……来年が楽しみですね。

 これだけの栗をこれだけの量、独占販売出来るとなったらうちの名も挙がります。

 稀有な縁を結んだばかりのお二人のために、買値は奮発させていただきますよ」


「ありがとうございます。

 来年も再来年も良いお付き合いをしていただけるよう……木が良い実をつけてくれるよう、研鑽を積んで尽力させていただきます」

 

 そこからはまた営業トークというか、どうでも良い会話をすることになり……そうしながら計量を終えた火遠理さんは、電卓を叩いて数字を出し、こちらにそれを見せてくる。


 その金額はなんというか……結構な規模の新築の家が建てられるというか、跳ね馬な車を数台買えてしまいそうなもので、営業スマイルをなんとか維持しながら二度三度桁を数え直し、目をこすってもう一度値段を確認する。


「この値段で問題ないようなら、これから細かい数字を記載した納品書を作りますので、領収書をお願いできますか?」


 そんな俺に対し火遠理さんがそう言ってきて……俺は一度断りを入れてからテチさんに電話をし、値段に問題がないかの確認を取る。


 ……もちろん事前にそこら辺の話は、しっかりとしておいたのだけど、火遠理さんが提示してくれた値段はテチさんの想定の二倍に近いもので、確認せずにOKを出すことが躊躇われたからだ。


 電話で向こうでテチさんも驚いたようすで『うぇ!?』なんていう聞いたことない声を聞くことが出来て……それから十数秒後にこんな言葉が返ってくる。


『肥料や農薬、雪囲いに枝切り鋏、畑の世話だけで結構な金がかかる。

 子供達への報酬の支払いなんかもある訳だし……もらえるもんはもらっておけ。

 ……一応言っておくが、明日のクルミはこんな金額にはならないからな』


 テチさんがそう言うならと用意しておいた領収書に金額を書き込み……それを手渡すと火遠理さんは、門の方へと歩いていき、警備の詰め所に預けておいたらしいアタッシュケースを持ってくる。


 それから中身を確認し……いくつかの札束と数枚のお札を抜き取って金額を調整した上で、そのアタッシュケースを笑顔でこちらに差し出してくる。


「……キャッシュなんですね、支払い」


 アタッシュケースの取手に手を伸ばしながら俺がそう返すと、火遠理さんはイタズラが成功したかのような良い笑顔になって言葉を返してくる。

 

「それは……はい、こちらからそちらへの送金は手間がかかりますから。

 この金額だと手続きだけで半年はかかりますよ」


「そ、そうなんですね……い、いやいやいや、現金でも手続きは必要なのでは?」


「確かにそうですが、その場合は支払い後の簡単な手続きで済みますから、お互いに楽なのですよ」


 そう言って火遠理さんはアタッシュケースを押し付けて来て……それを受け取った俺は、中身の確認をどうするかなと冷や汗を浮かべる。


 すると火遠理さんがまた詰め所へと向かい、取っ手付きの大きな黒い箱を取ってきて……その箱から札束の枚数を数えてくれるマネーカウンターを、なんとも良い笑顔で取り出して見せてくれるのだった。

 

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