第255話 栗の収穫


 剪定の勉強をし、挿し木の勉強をし……樹木医さんとも何度か電話をしたりして、畑の状況の報告をし、そうして数日が経ってついに畑の収穫日を迎えることになった。


 一日目は栗畑、二日目はクルミ畑。


 取引業者となる曾祖父ちゃんの頃からの付き合いの……まともな方の業者、火遠理ひおり青果さんは一日目の夕方頃にこちらに来てくれるそうで、そこでどのくらいの収穫になったかの軽量と、いくらの支払いになるかなどの細かい交渉が行われ、鮮度が落ちないうちに引き渡し、という形になる。


 子供達への栗とクルミの支払いもこの時に行われて……給料に関しては入金があり次第になるそうだ。


 そういう訳で一日目、朝……大量のおにぎりを作って、ペットボトルのお茶を用意して、それとおかず用のからあげをこれでもかと用意して畑に向かうと……収穫のために畑で働く子供達が勢ぞろいしている。


 普段であれば3・4人、家庭の事情などで欠席者が出るものだけど、今日は全員揃っていて……既に革のエプロンと手袋を装着していて、準備万端といった様子だ。


「良いか皆、収穫も大事だが、収穫に夢中になりすぎて怪我をするんじゃないぞ!」


 そんな子供達の前に立った、同じく革エプロン、革長手袋姿のテチさんが挨拶もそこそこにそんな声を上げる。


『はーい!』


 と、手を上げながら元気に返事をする子供達に向かってテチさんは更に言葉を続けていく。


「安全第一、そして次に栗第一だ、美味しそうだからってかじってはいけないからな?

 収穫が終わればちゃんと皆に配るんだから、あせるんじゃないぞ?

 料理してない栗より、料理した栗の方が美味しいんだから、ご家族に頼んで美味しく料理してもらうんだぞ!」


『はーい!』


「そんなにしつこく言わなくてもと思うかもしれないが、去年興奮のあまり栗を1個大事そうに両手で抱えて、自宅まで帰ってしまって、それから我に返って畑に戻ってきた……なんて騒動もあったからな。

 とにかく安全に注意しながら興奮しすぎないようにも注意してくれよ!」


『はーい!』


 もう待ちきれない、そんな言葉を口にしてしまいそうな程に瞳を煌めかせて、そわそわそわと尻尾を揺らめかせて、元気一杯に返事をする子供達を見て……テチさんはまだ注意し足りないといった様子を見せるが、これ以上は子供達も我慢の限界だろうと見てこくりと頷く。


 すると子供達が一斉に駆け出し栗の木によじ登り、力いっぱいではなくゆっくりと、木を傷めないようにしながらユサユサと枝をゆすり始める。


 するとイガグリがぼとぼとと落ち始め、それを落下防止ネットが受け止めて……子供達は全てのイガグリが落ちるまで枝を揺らし、それでも落ちないものがあれば、棒でそっと突いて落としていく。


 そうやって全部のイガグリを落としたなら、落下防止ネットを傾けてイガグリを集めて……ネットに引っかかって動かないイガグリも含めて、全てを丁寧に一つ一つ拾い上げて竹籠の中に入れていく。


 イガグリがいっぱいになったならそれを、畑のすぐ側に用意されたレジャーシートへと持っていき、そこでイガグリを手袋をした手でもって丁寧に、中の栗の実を傷つけないように剥いていって……栗を取り出したならそれを水洗い班に手渡す。


 水洗い班は休憩所の洗い場で1個1個丁寧に水洗いし、布巾で拭いて、大きさごとに分かれた箱に詰めていって……それで収穫は完了となる。


 俺とテチさん、子供達の年長組が水洗い班で……コン君やさよりちゃんも水洗い班に入っている。


 何故かと言えばそれは検品作業を兼ねているからで、目視だけではなく指で丁寧に撫で回して違和感を探るという検品を行う必要があり……そのため大人と年長組がこちらに回されているという訳だ。


 検品を終えて問題なければ出荷箱に、大きな問題があれば廃棄検討箱、小さな傷などちょっとした問題なら皆への報酬箱に、絶対に間違えないように納めていく。


 年長組というのはつまり、年齢が上というのもあるのだけど、何度か見かけた成長現象を終えた子達、という意味もあるようで……年齢としては真ん中のコン君が参加出来ているのは、その現象を終えているからだったりする。


 そこにさよりちゃんまでが混ざっているのは、まぁ、うん、仲間はずれも可哀想だからというのと、普通に賢いというか、学習時間の成績が良いからで……実際問題なく検品をこなしてくれている。


 それよりも問題なのは、一番年長のある男の子で……水洗いを終えてキラキラと輝く栗の実を見る度に手が止まってしまっている。


 両手で大事そうに持って、目を大きく見開きながらじぃっと見つめて……その瞳を煌めかせて「はぁ~~~」と大きなため息を吐き出したりして。


 うっとり、という言葉がこれ以上なく合う表情で宝石を見つめているかのような様子で見つめ続けて……そしてハッとなって正気に戻り、作業を再開させる。


「スン、程々にな? 仕事が終われば家に山程持って帰れて、好きなだけ楽しめるんだからな?」


 そんな状態の男の子……スン君にテチさんがそう声をかけると、スン君は恥ずかしくなってしまったのか耳と尻尾を顔を伏せて、栗を持つ手をモジモジとさせる。


 そうしながらもしっかりと検品を行い、傷を見つけて報酬箱へとそっと納める。


 根は真面目で、サボる気は一切ないのだけど、自分で育てた最高級品の栗という、どうしようもない魅力が彼を魅了してしまっていて……リスの本能もあってどうしてもそうなってしまうらしい。


「……俺が知っている栗料理のレシピのコピー、持ってきたから栗と一緒に持って帰ると良いよ。

 そのままの栗も綺麗で良いけど、料理した栗の方が絶対に最高だから……仕事の時間が終わるまで頑張ろう」


 と、俺がそう声をかけるとスン君は、目を煌めかせながらこくりと頷いて……それから作業に集中し始める。


 栗はやっぱり料理してこそ本当の美味しさが味わえる食材だと思う。


 熱を通せばホクホクとして甘くなって、香りだって強くなるし、味を足すことで更に美味しくなることもある。


 潰して裏ごししてクリーム状にしても美味しいし、料理にしてもお菓子にしても昔から愛されているだけあって、色々な楽しみ方が存在している。


 ……なんてことを実際の例を交えて口にしそうになったのだけども、ここで言葉にしてしまえばまた皆の食欲を刺激してしまうはず……。


 そう考えて口をしっかりと閉じて作業をしていると、テチさんが半目でこちらを見てきて……、


「分かっているようで良かったよ。

 流石にこの状況の子供達の前でいつもの調子で始めたなら肘打ちをするところだったぞ」


 なんてことを言ってくる。


 それを受けて、テチさんの割りと本気の肘打ちかと冷や汗をかいた俺は……料理のことを考えているとついつい喋りたくなってしまうクセ、直した方が良さそうだと、作業の手を進めながら心中に刻み込むのだった。

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