第252話 それからのあれこれ


 玄関に根を張ってしまった扶桑の木のことをテチさんに報告すると、テチさんは危険がないのならと深く考えることを止めて、子供達の世話の方へと意識を向けることにしたようだ。


 獣人特有の成長を見せる子供達の様子を俺やレイさんのスマホで撮影し、自分のスマホで保護者さんに連絡し……何人かの保護者さんがこっそりと見学に来て、その保護者さん達に椅子やお茶を出して。


 子供達全員がそうなった訳ではないから、その子供達の世話をして、食事の片付けなどもして……。


 そうして忙しくなるテチさんを俺やレイさんで手伝い……手伝いながら町会長の芥菜さんに扶桑の木のことを連絡しておく。


 扶桑の種をくれたのは芥菜さんで……種を植えることを『馬鹿なこと』と言っていた人で、植えるつもりはなく鉢植えで済ませるつもりだったのだけど、こんなことになってしまって……。


 相談にせよ報告にせよ、出来るだけ早く芥菜さんに話をしておくべきだと思ったからだ。


 教えてもらっておいた電話番号に電話し……電話に出た家族の方に芥菜さんを呼び出してもらって。


 そうして詳細を報告すると芥菜さんは、予想していたよりも柔らかな声を返してくれた。


『あぁあぁ、あの木自信の力でそうなっちまったんなら仕方ない、細かいことは気にせんで良いぞ。

 後で様子を見に行って必要なら植え替えだとかの話をするが……そうなったとしてもこっちで手配してやるから任せておくと良い。

 ……お前はもう身内だからな、変なことに気を使っていないで、嫁さんと子供のことだけを考えてればそれで良いんだ。

 ……一つだけ注意して欲しいのは種だ、木から種が落ちたら全て拾い上げておいて欲しい。これから余所者が来るって話だったが、その時にはこちらで手配した寝ずの番を送るからな、それ程のことだと思っておいてくれ。

 アレをどこかの馬鹿が拾ったとして、そこら辺に植えたとしても育つもんではないが……それでもまぁ、気をつけるに越したことはねぇからな』


 と、そう言ってくれて……そこまで考えてくれているのなら否もなく、後のことは芥菜さんに任せることになった。


 そして余所者がこれから来るという話……これからテチさんの検査のために門の向こうから花応院さんが用意してくれた人達がくる訳で、どうしたってあの扶桑の木を目にすることになる訳で……うん、事前に連絡しておいた方が良いだろうなぁ。


 向こうは向こうで対策というか、心の準備がいるだろうし……いきなりアレを見て花応院さんの心臓に何かがあったら大問題だ。


 そういう訳で連絡すると花応院さんは、


『……はい、はい、なるほど……はい。

 お気遣い……ありがとうございます……。

 はい……えぇ……そちらにいくのが楽しみですね』


 と、そんな短めの返事をしてくれた。


 色々と考え込んでいるというか悩んでいるというか……返事に困っているというか、そんな内容のものだったけども、事前に連絡してくれたことはありがたいとかで、問題のないように事前の備えをしてくれるそうだ。


 そんな感じに慌ただしく一日が過ぎていって……翌日。


 使った食器や炊飯器の乾燥が終わり、食器を片付けたり、炊飯器を返却するための準備をしたりしていると、たまたまか台風でも近付いているのか、強い風が外で吹き……家や扶桑の木が揺れる音が響いてくる。


 ギシギシガサガサと結構な音が上がり、台所の戸棚のガラス戸がカタカタと揺れて……そして何かが落ちてくる音がボタタタタッと響いてきて。


 それを受けてお互いの顔を見合った俺とテチさんは同時に立ち上がり……居間でゆったりと休んでいたコン君とさよりちゃんと伴って玄関へと向かう。


 そうして靴を履いて玄関から外に出てみると、扶桑の木の根元にいくつもの種が転がっていて……いつのまに花が咲いたのか、いつの間に実がなったのか、いつのまに種になったのかという突っ込みを胸の奥に押し込みながら、転がる種を拾うために皆で一斉に手を伸ばす。


 どうしてだとか、いつのまにだとか、そんなもの木そのものが急激に大きくなったことに比べればなんでもないことだ。


 それよりもこれ以上増えてしまわないように種全てを拾い集めるのが最優先で……見える範囲のものを拾い集め、それらを玄関においてあったバケツに投げ入れていると、コン君とさよりちゃんが鼻をすんすんと鳴らしながら拾い損ねが無いかの確認をし始めてくれる。


「……拾ったのは芥菜さんに渡せば良いかな、種が出来たらもってこいと言っていたし……」


 その様子を見ながら俺がそう言うと、テチさんはこくりと頷いてくれる。


「……まぁ、うん、面倒なことにならないことを祈るばかりだねぇ。

 よく分からない木がよく分からないうちに大きくなって……変なトラブルを呼び寄せないと良いけど」


 続けてそう言うとテチさんは、柔らかな笑みを浮かべながら扶桑の木を見上げ……ゆらりと尻尾を揺らしてから言葉を返してくる。


「そう悪いことばかりでもないだろうさ。

 扶桑の木は生命の木、作物や獣、虫なんかを強く大きく育てる恵みの木だ。

 それだけの力があれば当然この子にも良い影響があるはずで……毎朝太陽を生み出すなんて逸話も出産との相性が良さそうじゃないか。

 この子が元気に育って無事に生まれてくれるなら、多少のトラブルが起きたとしてもお釣りが出るくらいだ。

 それに……あるれいを始めとした親戚の皆も力になってくれるみたいだからな、皆がいれば何の問題もないだろう」


 そう言ってテチさんはお腹を撫でて……それもそうかと納得した俺は大きく頷いてから扶桑の木を見上げる。


 そうして暫くの間、扶桑の木を見上げていると……思っていた以上に離れた所まで種を探しに行っていたコン君達が、両手で種を爪を立ててまでがっしりと掴んだ状態で走り帰ってくる。


「にーちゃん、この種、風も無いのにコロコロコロコロと、遠くまで行ってたよ!」


「まるで意志があるみたいでした、油断しているとあっという間にどこかに行って勝手に芽を出してしまいそうですね」


 テテテッと駆けながらそんな驚いたら良いのか呆れたら良いのか分からない報告をしてくれた二人は、バケツの中に両手の種をぎゅっと押し込み……それから種が勝手にどこかに転げていかないように……種を逃してしまわないように吊り上げた目でキッとバケツの中を睨み続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る