第八章 収穫、柿、ジビエ肉
第253話 検査に向けて
扶桑の種を町会長の芥菜さんに引き渡し……ついでに扶桑の木の様子を見てもらった結果、当分はこのままで大丈夫、とのことだった。
『この様子なら、当分は種が成るようなこともねぇだろうさ。
そもそもあれだけ大きくなって種が成ったこと自体が異例中の異例で……こんなことがそうそう起こる訳がねぇんだからよ。
……種が転がった? ……何をふざけた……は? 冗談じゃない?』
最後の方はなんとも不穏な形となってしまったが、それについては芥菜さんの方で調べてもらえるということになり……そして扶桑の木の番の話もすることになった。
番をする期間は門の向こうから人が来る間だけ。
24時間交代で番をすることになり……芥菜さんのお眼鏡にかなった信頼出来る人物だけが来ることになる。
たとえばタケさんやテチさんの親戚や、芥菜さんの親戚、芥菜さんが懇意にしている人、など。
特に熊獣人のタケさん達は今は仕事がない期間というか、熱中症対策として夏場はあえて仕事をしていないんだそうで……涼しくなるまではうちにかかりっきりになってくれるそうだ。
そんなタケさんからはチャットアプリで、あれこれと注文が……酒に合うもんが食いたい、美味い魚が食いたい、豆腐料理も好きだから食いたいとそんなメッセージが届いていて……番をするというか俺の食事を食べにくるのが目的になっているようだ。
まぁ、うん、材料代は出してくれるそうだし、番をしてもらっている立場として食事を作るくらいはやって当然というかやるつもりなのだけど……テチさん達以上に大食いなタケさん達の食事になると、かなりの量を作ることになりそうで……大変なことになりそうだ。
そしてテチさんの検査について。
検査の際、テチさんを一人には出来ないということで、同行者の人達が来ることになった。
たとえばお義母さん、テチさんの親戚、結婚式に参加してくれたテチさんの友人達……などなど。
検査をする場に入っても問題なさそうな女性で、テチさんと親しい人で、そんな条件の中から選ばれた人達が付き添い……というか護衛のために来てくれるんだそうだ。
それは検査にかこつけておかしなことをされるかもという心配あってのことで……正直俺もテチさんもそんな心配はしていないのだけど、お義母さんや親戚、友人達からすると心配で仕方ないみたいで、その心配が和らぐのならということで受け入れることになった。
もちろん花応院さんにも連絡していて、花応院さんもOKしてくれていて……検査の人達と番の人達と付き添いの人達とで、この辺りは当分の間、騒がしいことになりそうだ。
そんな検査が迫る中、畑の収穫の方も迫っていて……うぅん、しばらくは忙しいことになりそうだ。
なんてことを考えながら冷蔵庫の掃除と整理をしていると、背中を駆け上り張り付き、勝手におんぶ状態になったコン君が声をかけてくる。
「にーちゃんって冷蔵庫の掃除好きだよね、毎月やってる??」
それを受けて俺は、奥の方に押し込まれていたショウガチューブを引っ張り出し、その辺りを布巾で拭きながら言葉を返す。
「こうやって忘れていた物が出てきたりするし、食べ物を入れておくところだからね、定期的に掃除をして綺麗にしておかないとね。
綺麗に掃除して整理して、空気の通りが良いように並べておくと電気代も節約出来るし……コン君も大人になったらやってみると良いよ」
「へぇーー……綺麗にするのが大事っていうのは分かるけど、電気代にも影響するんだ?」
「冷たい空気が行き渡るように、冷えやすいようにすることで、余計な電力を使わなくなるからねぇ。
火を通したばかりの熱い料理とかも、すぐに入れるんじゃなくてしっかり冷ましてから入れることで節約になったりするね。
まぁー……冷ます過程で雑菌が増えたりするから、冷ましすぎも良くないというか、良い塩梅にすることが大事なんだけども」
「なるほどなー……!
……んん? にーちゃん、下の方にある白い紙で包んでるのは何? これが今日のご飯?」
「ああ、それは豆腐だね、昨日のうちに下拵えしておいたんだよ。
タケさんが豆腐料理食べたいそうだから……これからはしばらく豆腐料理の練習になるかな」
なんてことを言いながら掃除を終えた俺は、一旦冷蔵庫を閉じてから布巾を洗って干して手をよく洗い……それから昼食の準備をしていく。
水気を拭き取った木綿豆腐に塩を薄く塗って、クッキングペーパーで包み、器に入れてそれから上に重しを乗せて……。
そうやってしばらく放置して水気を抜くまでが下拵えで……それを軽く水で洗って塩を洗い落としたなら、一口サイズに切り分けていく。
それからニンニク、大葉、ミョウガ、水菜、カイワレか豆苗、ブロッコリースプラウトなんかを程よい大きさに切り……オリーブオイルでニンニクを軽く炒め、ある程度火が通ったら他の具材を絡めて、軽く火を通して……それを冷ましたら下ろしショウガを軽く合える。
これで薬味が完成、あとはこの薬味をどっさりと、豆腐が隠れるくらいに乗せたら完成なのだけど……そこに更に一品を加えるために準備をしていく。
「ショウガじゃなくてワサビでも良いし、ニンニクと一緒にトウガラシを炒めても良いし、油もゴマ油とか香りが強いのを使っても良いし……そこは好みかな。
そしてこの薬味はショウガ風味な訳で、ショウガ風味には合うといったら個人的にこれなんだよねぇ」
と、そんなことを言いながら俺が冷蔵庫から取り出したのは昨日の晩に作っておいたローストビーフだ。
それを少し厚めに、豆腐と同じくらいの大きさに切り、豆腐に乗せていって……それから薬味をどさっと乗せる。
「これで完成、豆腐とローストビーフと薬味を一緒に食べるとなんとも言えない美味しさなんだよねぇ。
味は豆腐につけた塩味だけでも良いんだけど、足りなかったら昆布ポン酢とか醤油とか、あとはレモン汁かけても美味しいかもなぁ。
……ローストビーフをカツオのタタキとかにしても良いかもしれないね。
カツオのタタキはまだ作ったことはないから……タケさん達に出す時は挑戦しても良いかもねぇ」
なんてことを言いながら盛り付けた皿を持って配膳しようとすると、背中に張り付いていたコン君が足元へと駆け下りて……その両手をすっとこちらに差し出してくる。
そしてその視線は炊飯ジャーの方へと向けられていて……居間ではさよりちゃんがテーブルの拭き掃除をしてくれていて……。
配膳の準備は自分達がするから、他の準備をして欲しい、もう待ちきれなくて一刻も早く食べたいんだ。
そんなことをコン君の目が語りかけていて……それを受けて頷いた俺は、豆腐料理が盛り付けられた大皿を、コン君の両手の上にそっと乗せて託すのだった。
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