第250話 試作の……


 それから数日、気温が高くなる日が続き、なんとも夏らしい暑さをシソジュースを飲みながら乗り切り……太陽がよく照ったのが良かったのか、栗の実が綺麗に色付き、栗ご飯パーティの前日には美味しく食べられるようになり……そういう訳で明日のパーティに向けての準備が始まった。


 サンマなどの下ごしらえをし、栗の皮を剥いていき、鬼皮も渋皮も綺麗に向いたらアク抜きをして……親御さん達から借りた炊飯ジャーの用意もして。


 コン君やさよりちゃん、テチさんやレイさんにも手伝ってもらいながら準備を進めて……午後2時、昼食を食べるのも忘れて進めていた準備が一段落したところで、試作ということで栗ご飯を炊いていた我が家の炊飯ジャーが、炊飯完了の音を鳴らす。


「普通のお米ともち米を混ぜて洗って、30分程水に浸漬させてから、日本酒と塩を軽くかけて昆布を上に乗せて……その昆布の上にアク抜きを終えた栗を並べて。

 後は炊き込みご飯モードで炊飯して、炊きあがったら少し蒸らしてから蓋をあけて、栗を左右に避けてから軽くかき混ぜて……それからまた少し休ませたら盛り付けて、出来上がりって訳だね」


 なんてことを言いながらしゃもじを手に取り洗って準備をし、蒸らしのための数分を待ってから炊飯ジャーの蓋をあけるとふわっと湯気が上がって……炊き込みご飯の良い匂いの中に力強い栗の実の香りが混ざった、なんともたまらない香りが台所を一瞬で支配する。


 その香りに負けたコン君とさよりちゃんがよだれをだらりと垂らし、テチさんとレイさんが動きを止めてこちらを凝視してくる中、ご飯をかき混ぜたなら炊飯ジャーを一旦閉じる。


 それから茶碗を用意したり、居間のちゃぶ台の上を拭き掃除したりと準備をして、ちゃぶ台の上におかずを並べていって……それから炊飯ジャーを居間へと持っていく。


 居間に到着したなら炊飯ジャーを畳の上に置いて、もう一度蓋をあけると台所でよだれを拭いていたコン君達と、何故だか皿洗いをしていたテチさん達が物凄い勢いでやってきて……無言で自らの座布団に腰を下ろす。


 そんな皆の茶碗を手に取ったならご飯を大盛り盛り付けて、左右によけておいた栗をそれに乗せていって……盛り付けた終わった瞬間伸びてくる手にそれを明け渡して、また次の茶碗を手に取り盛り付けていく。


 盛り付けが終わるとテチさん達はもう待ちきれないとばかりに手を合わせて準備を完了し……俺が遅れて手を合わせた瞬間、


『いただきます!』


 との声が上がり、物凄い勢いで箸を掴み上げ、茶碗へと襲いかかる。


 そして栗ご飯を口に運んで、もぐもぐと咀嚼して……目をカッと見開いた一同は何も言わずにただただ栗ご飯だけを食べ続ける。


 おかずにも漬物にも味噌汁にも手を出さず、ただただ栗ご飯だけを夢中で。


 そんなテチさん達のことを少しの間見つめてから、俺も食べてみるかと箸を伸ばし……まずは栗だけを掴んで口の中に運ぶ。


 曾祖父ちゃんの栗をこうやって食べるのは初めてのことだ。

 平栗という形で食べてはいたけども、あれは保存用というかお供え用の乾燥粉末で本当の美味しさを味わえるものではなく……今食べている栗こそが本当の曾祖父ちゃんの栗だ。


 まず感じるのは柔らかさ、パサパサに崩れる質の悪い栗とは全く違い、歯ごたえがありつつも柔らかく崩れる感じはなんとも独特で、歯ごたえがしっかりとあるものだから楽しんで噛むことが出来る。


 そして次に感じるのはたまらない甘さ。

 砂糖なんかは一切使っていないのに、しっかりと感じ取れる程に甘く、知らない人が食べたら甘露煮を栗ご飯に使ったのかと、そんなことを言われてしまいそうだ。


 いや、甘露煮程は甘くはないのだけど、それでも確かな甘さがあって……それに負けない風味と香りも本当にたまらない。


 高いだけはある、この栗ご飯を食べられるなら高いお金を出してしまうというのも分かるかもしれない。


 一粒数千円……今飲み込んだのが数千円。


 ……いや、違うか、これは完熟前に地面に落ちてしまった味も価値も落ちる栗だった。


 これから収穫する完熟の栗はこれ以上に美味しいはずで……そちらは一体どんな味になっているんだと思わず唸り声を上げてしまう。


 するとそれを聞きつけたらしいレイさんが、もぐもぐもぐと口を動かし……口いっぱいに押し込んでいたらしい栗ご飯を存分に味わってから飲み下し、なんとも明るい笑みを浮かべながら弾む声を投げかけてくる。


「美味かっただろ? やばかっただろ? これが富保さんの栗なんだよな。

 大きくて甘くて、旨味がぎゅっとつまってて……しかもこの栗、栄養も凄いんだぜ。

 メインはでんぷんだが、ビタミンにカルシウム、カリウムに鉄分に亜鉛までが含まれてる。

 更にはビタミンの代謝を助ける栄養素まで入っていて……普通なら熱で壊れるビタミンCもでんぷん質に守られているから、熱しても壊れにくく効率的に接種できるんだそうだ。

 栄養満点で消化吸収がよくて……最近じゃぁ健康食品として注目されてるくらいだからなぁ、栗ってのは本当に凄いよなぁ」


 レイさんのその言葉に俺が「へー」と返していると、レイさんが少しだけ不満そうな視線をこちらに向けてくる。


 それには栗にもっと関心を持てとか、栗をもっと知る努力をしろとか、そんな意味が込められていて……更にはリスの獣人としての熱意までが込められているらしい。


 そしてテチさんとコン君、さよりちゃんの熱意は目の前の茶碗に込められていて……栗はもちろんのこと、米粒一粒まで惜しむようにして食べたなら……すぐさまに茶碗をこちらに差し出してきて、おかわりの要求をしてくる。


「……おかわり分はあるにはあるけど、今日はあくまで試作、そんなにたくさんはないからね?

 だからおかずとかもしっかり食べて、そっちでもお腹を膨らませてよ? ご飯だけ食べ続けるっていうのも、血糖値の急上昇を招くからよくないんだよ?」


 茶碗を受け取り盛り付けながら俺がそう言うと三人はちゃぶ台の上へと視線をやり……渋々と言った様子でおかずや漬物なんかを食べ始める。


 よく噛んで食べて食べて、食べ終えたら口に残った味を味噌汁やお茶で流し込んで……それから盛り付けが終わった茶碗を受け取り、栗ご飯に向き合い、初めて見るような熱視線で見つめてから、箸を構えて栗ご飯を口へと運ぶ。


 栗の鼠の本領発揮というかなんというか……それからレイさんを含めた一同は、栗ご飯を食べ尽くすまでの間、ただただ無言で箸を動かし、口を動かし、栗ご飯を心底から堪能するのだった。

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