第246話 実椋の趣味
栗を干す日々が始まり、栗ご飯の日のための準備などを進める中、花応院さんから電話があり、検査の準備に関する報告を受けることになった。
テチさんの妊娠に関する検査の準備は順調に進んでいるとかで、一ヶ月後を予定していたけども、もう少し早めに来られるかもしれない、とのことだ。
そして準備で忙しく、荷物を持っていけなくなりそうだとの話もあって……外からの荷物はそれまでの間、スーパーに品物を下ろしている業者を経由して届くことになるそうだ。
そうなるとあまり手間と迷惑をかけても良くないから、しばらくは通販での買い物を控えた方が良いかもしれないなぁ。
と、そんな報告をコン君達との昼食時にすると、テチさんは検査どうこうよりも通販の方に食いついて言葉を返してくる。
「通販は実椋の趣味みたいなものだろう? それで大丈夫なのか?」
その言葉を受けてキョトンとすることになった俺は、一体全体なんだってそんなことを言い出してしまったのかと首を傾げながら言葉を返す。
「え、いや、通販を趣味にした覚えはないんだけど……?
数週間通販しなかったからって別にそんな、大丈夫かなんて心配されるようなことではないよ……?」
「……しかし、毎日のようにサイトを見てチラシを見て、あれこれチェックしているだろう?
凄く楽しそうに品を選んで、届いたら凄く嬉しそうにして……」
「え? いや……えぇ?
そんなつもりは一切無かったんだけど……そんなに嬉しそうにしてた?」
「ああ……実椋は酒も飲まないし、外で遊びもしないし、保存食作りだって家事の範疇で、てっきり通販が生きがいなのかと……」
「い、いやいやいやいや、生きがいはちゃんとあるよ!? テチさんとの夫婦関係とか保存食作りとか、コン君達との日々だって楽しいし、通販見てニヤついたりしていたのは、保存食作りに使えるアイテムがあるなーとか、そろそろあの保存食の季節だなーとか、そんなことを考えていたからだよ!?」
俺が慌ててそう言うと、座布団に腰掛けたテチさんは本当なのか? という顔をし、黙って様子を見守っていたコン君は首を傾げ、さよりちゃんはくすりと笑う。
「本当だよ、最近もフードドライヤーっていうのが気になってチェックをしていたけど……あれだってチェックしていただけで買うつもりは全然なくて……お値段的に財布への負担が大きそうだから見るだけにしていたんだ。
それでも全然問題ないっていうか、それが楽しいっていうか……見るだけで満足っていうか。
だからそこまで気にしなくても……」
「そのドライヤーとやらはどういうものなんだ?」
俺が言葉を続けるとテチさんはそう返してきて……俺は居間の壁際にある棚へと手を伸ばし、そこに置いておいたファイルを手に取り……中に納めておいたチラシを一枚取り出す。
そのチラシはフードドライヤー……その名前のごとく、食べ物を乾燥させるためのものだ。
丸い機械本体があって、その上に重ねる5枚の丸い網があって……それらの網の上に乗せるガラスの丸蓋という構成で、網の上に食べ物……果物とかジャーキーとか魚を乗せて、しっかり蓋をした上で電源を入れると、あっという間に網の上の食べ物を乾燥させて、ドライフルーツ、ドライジャーキー、魚の干物が完成するというアイテムだ。
コンパクトで簡単で、家庭でも簡単に使えるもので……特にドライフルーツを作る時にはこれがあるとうんと楽になるだろう。
カビたりする心配もないし、虫が沸く心配もないし、干物の場合でも猫や鳥による被害や匂いを気にしなくて良い。
もちろん日光に当てながら風でもって乾かした方が味が出るのだろうけど……速くて簡単で、カビなどの失敗もしないとなったら、多少味が落ちるとしても全く問題ないだろう。
周辺環境の変な匂いがつくとか、時間をかけたせいで劣化するとか、そういう危険性が無いことを思うと、フードドライヤーの方が美味しく出来上がる可能性だってある。
「―――とまぁ、こんな感じの品だね。
以前作ったジャーキーはオーブンで乾燥させていたけど、こっちのほうが電気を使わないから電気代がお得って意味でも良いアイテムだよ。
後は家庭菜園で果物とかを作っているけど……肥料が足りないとかで渋い味になったとかの場合でも活躍するかもね。
乾燥させると甘みや旨味が凝縮されて、そう言う渋みが抜けることもあるから、そうやって美味しく食べたり……甘くならないにしても紅茶とかの風味づけに使えたりするからねぇ。
そして干物……太陽にあてない分旨味は減るかもしれないけど、自分で気軽に作れるのはいいよねぇ。
カビの心配もないから塩分控えめに出来るし、色々な味のアレンジも楽しめるんじゃないかな」
そう説明を終えると……何故かテチさんは納得顔になり、コン君は「へー!」と声を上げながら目を輝かせ、さよりちゃんはくすくすと笑う。
そうしてからチラシを三人で回し読みし……最後に三人同時にこくりと大きく頷く。
「なるほど、これもまた実椋の趣味なのだろうな……語りたがりというか教えたがりというか、色々なことに挑戦しながらそれについてを語って……その楽しさを共有して、コンのように仲間を増やして。
まぁそう言うところも好きになった理由の一つなんだろうな」
「にーちゃんのお話、俺も好きだよ? 勉強とか教えてくれる時も分かりやすいし!」
「私も好きです、ワクワクして今度はどんな美味しいご飯食べれるんだろうなって思いますし」
テチさん、コン君、さよりちゃんの順番でそんなことを言ってきて……俺は図星を突かれたような、そんな気分となる。
ここに引っ越してきてからテチさんやコン君達にあれこれと語ってきて、教えてきて……燻製作り缶詰作りなどのアイテムなんかもどんどん紹介して。
語りたがりの教えたがり……一人暮らしをしていた時は語られる仲間も、教えられるような友人もおらず、ここに来てテチさん達に出会って、皆とワイワイと日々を過ごすスローライフを開始したことで、そこら辺の欲求というか、欲望が爆発していたらしい。
そのことを自覚した結果俺は、なんとも言えない気恥ずかしさに襲われることになり……顔を伏せてそっとチラシを回収し、ファイルに戻しながら……まぁ、そんな自分も悪くないかと開き直って、今度はどんなことを語ろうかと、そんな方向へと思考を巡らせるのだった。
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