第245話 ミョウバン
翌日。
テチさんは畑に向かい、テチさんをサポートするためのさよりちゃんも畑に向かい……俺とコン君だけが家に残って栗干しを行うことになった。
縁側に竹ザルを並べて、その上に白い栗を一個一個丁寧に並べていって……つまりはまぁ、梅を干した時のような感じで作業を進めることになり……カビる心配がない分、気楽に作業を進めていく。
セミがうるさいくらいに鳴いている夏の日差しの下、何度かの休憩と水分補給をしながら並べていって……綺麗に並べ終えたなら、クーラーの効いた家の中へと避難して……汗を拭い手洗いをし、居間でゆっくりと水分補給をして体温を落ち着かせる。
「うーん、もうすぐ夏が終わるはずなんだけど、ここにきて急に暑くなったねぇ。
……暑さに負けないようコン君もしっかり水分補給するようにね、立派な毛皮の上に服を着ちゃっているんだから、俺以上に気をつけないと」
居間の座布団にだらりと腰を下ろした俺がそう声をかけると、廊下の縁側を覗ける掃出し窓に張り付いていたコン君が、
「うんー……」
と、上の空での返事をしてくる。
リフォームで断熱性に優れた樹脂サッシの二重窓にしたとはいえ、かなりの熱を帯びているはずなのだが、それでもコン君は構わずに張り付いていて……その視線は日光を浴びる栗へと向けられている。
栄養たっぷりで美味しい自分達で育てた栗。
それが日光を浴びてキラキラと輝いていて……コン君にとっては煌めく宝石か何かを眺めている気分なのだろう。
とはいえ水分補給も重要で、いつまでもそうさせている訳にはいかないので立ち上がり……コン君の両脇へと手を伸ばして抱え上げ、居間へとつれていってちょこんといつもの座布団に座らせる。
そうしたらすぐによく冷えたレモネードを目の前に置いてあげて、ストローを口に近付けてあげて……すると優れた嗅覚を持つコン君はすぐにストローに食いついてゴクゴクと飲み始める。
炭酸多めのレモネードを飲み干して、輪切りレモンを食べて酸っぱさに驚いて目をぎゅっと閉じて、それから氷をカリコリと食べて……一言。
「おかわり!」
と、元気な声を上げる。
用意をしてあげるとそれも綺麗に飲み干して食べあげて……それからコン君はやっぱり窓へと向かい、張り付いて栗の観察を再開させる。
「本当にコン君達は栗が好きなんだねぇ」
そんなコン君の背中を見やりながら俺がそう言うと、コン君は尻尾をくねらせながら言葉を返してくる。
「だって栗はとっても美味しいからー!
美味しくて栄養があって、たくさんあれば冬もへっちゃら!
富保じーちゃんの栗のおかげで皆元気になったんだよー!」
「曾祖父ちゃんの栗のおかげ……かぁ。
……そういうことなら、うん、皆にもっと元気になってもらえるよう今度の栗ご飯作りは頑張らないとだねぇ」
「にーちゃんの栗ご飯も楽しみ!!
……でも栗ご飯って栗と一緒に炊いたらそれで終わりなんじゃないの?」
「まぁ、それはそうなんだけどね。
一つ一つ丁寧に皮を剥いて、渋皮も残さず剥いて、アク抜きをしっかりしてから炊くからそれなりに手間がかかるんだよ」
「ふむふむー……アク抜きってどんなことするの?」
「今回は水に漬けるだけだね、煮込むっていう手もあるんだけど、栗ご飯は生栗の状態から炊いた方が形が崩れないしホクホクになるしで美味しくなるからね、今回はなしかな。
ただの水じゃなくてミョウバン水に漬けるっていう手もあるんだけど……ミョウバン水に漬けると色が鮮やかな黄色になりすぎるっていうか、綺麗になりすぎちゃうから今回はなしかな。
あえてそういう色にしたいって場合は、ミョウバン水のが良いかもしれないね」
「ミョウバン……?」
「もともとはどこかの温泉の湯の花から作った物質だったかな?
ナスの漬物とかに使うと色が鮮やかになるとかで……それを水に溶かすと、渋いっていうか酸っぱいっていうか、そんな感じの水になって……それがアク抜きにも使えるって感じかな。
他にもお肌の菌、皮膚常在菌のバランスを整えるとか言われていて、お肌に塗ったりする人もいるみたいだね。
それこそ曾祖父ちゃんも塗っていたはずだよ、お風呂上がりとかに全身に霧吹きでシュッシュッって。
本当に効果あるかは知らないけど水虫とかにも効くとかで……もしかしたら曾祖父ちゃん、水虫だったのかもしれないなぁ」
「へぇーー! 漬物につかえてアク抜き出来て、そしてお薬にもなるんだ!」
「まぁー、民間療法だとは思うけどね。
ただミョウバン自体はそこまで値が張るものではなくて、スーパーとかで手軽に手に入るし、ただ水に溶かすだけで良いっていう簡単さもあってやっている人、結構多いみたいだねぇ。
あとは洗濯の時に使うと消臭にもなるとかなんとか」
「すごいなぁーー、それを使うと栗もキレイな色になるの?」
「なるねー、綺麗な黄色に。
自然な色を楽しみたい場合は使わない方が良いけど、綺麗な色にしたいっていうなら逆に使った方がよくて、アクもよく抜けるね。
ミョウバンを使わなくても長時間水につけておけば良いから、好きな方法で良いと思うよ」
「じゃー、オレが作る時はミョウバン使ってみる!
キレイな栗ご飯も見てみたいし!」
そう言ってコン君はこちらに振り返ってにっこりとした笑みを浮かべて、また栗の方へと視線を向ける。
もう何を言ってもあのまま、ずーっと見ているのだろうなぁと諦めた俺は立ち上がり、掃除や洗濯などの家事を行っていく。
その間もコン君はずっと栗のことを見つめ続けて……そして近くを通る度に少し茶色くなってきたとか、鳥が来たから睨んで追い返したとか、そんな報告をしてくれる。
お昼ごはんの時には流石に窓から離れたけども、歯磨きが終わればまたすぐに窓へと駆けていって……結局コン君はそのまま、テチさん達が帰ってきて、栗を縁側から移動させるまで栗のことを見つめ続けることになる。
縁側から廊下の上に敷いた新聞の上へ竹ザルごと置いて、すると今度はさよりちゃんと一緒に廊下に寝転がって栗を見つめ続けて……テチさんまでがそれに参加したりして、その様子を見やりながら俺は、リス獣人は本当に栗のことが大好きなんだなと、そんなことを改めて痛感するのだった。
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