第244話 栗ご飯
子供達の虫狩りがある程度落ち着き、そろそろ今日の仕事は終わりだという時間になって……ぽつりぽつりと休憩所に戻ってきた子供達が、休憩所の木製テーブルの上に、ポケットから引っ張り出した何かをコロコロと置き始める。
それはどうやら栗の実のようで……茶色のものもあれば、白いものもある栗の実をポケットから全部出し終えた子供達は、山積みとなっていく栗の実を愛おしそうに見つめる。
それらの栗の実はどれも小さく、汚れがついているものもあって、見るからに商品に適していないもので、
「あれは……ネットを張る前に地面に落ちてたやつなのかな?」
と、俺が呟くと誰よりも多くの栗の実をテーブルの上に置いたコン君が、笑顔で駆け寄ってきながら言葉を返してくる。
「そう、地面に落ちたやつ! どうしてもいくつかは落ちちゃうんだよね。
ちっちゃいイガとか、青いイガとか、イガが割れちゃったやつのとか、落ちたのは売れないから拾って良いの!
時間がある時に拾って集めて、皆で分けるんだ!」
「へぇ……皆で分けて、食べるのかな?
小さくて、熟してないとはいえ栗の実だし、焼けば美味しくなりそうだねぇ」
「うん、食べる! 秋のよりは美味しくないけど、それでも栗は栗だから!
食べる前にああやって見つめたり、匂いかいだりして、秋はまだかなーって、栗の季節はまだかなーって思ったりもする!」
「なるほど……待ち遠しい秋をひと足早く楽しむための品って訳だ。
一度集めて皆で分けるのには、何か理由があるの?」
「あるよー、だって拾った分だけ持ち帰れるってなったら皆仕事しないで栗拾いに夢中になっちゃうじゃん、だから富保じーちゃんが皆で分けるんだって決めたんだ。
数で分けたりー、忙しい時は重さ量るやつで大体同じ重さで分けたりしてたよ」
「なるほどねぇ……白いのは明らかに未熟っぽいけど、あれも食べられるの?」
「食べられるよー! おひさまの光に当てておくと茶色になるから、そしたらおっけー!
青いイガもおひさまにあてておくと茶色になって、食べられるようになって……本当はイガのまま干す方が良いんだけど、持って帰るの大変だから剥いちゃう。
ちゃんと秋になって、美味しくなったのなら大変でも持って帰るんだけどねー!」
「なるほど……味がちょっと悪いくらいなら普通に食べても美味しそうだし、甘露煮とか渋皮煮にしても美味しくなりそうだねぇ。
でもやっぱり最初は栗ご飯にしたくなっちゃうねぇ、キノコとか入れないで栗だけで、もち米をちょっと混ぜて柔らかもちもちに炊き込んで……炊く時に日本酒と塩を入れるとこれがまた飽きない味に仕上がってくれて、ホクホクな栗をいくらでも楽しめちゃうんだよね」
と、俺がそんな話をしているとテチさんが倉庫からキッチン用のデジタルスケールを持ってきて、ボウルに入れて、何回かに分けながら栗の重さを量り、量り終えたなら袋を用意し、人数分均等に分けていって……そして栗の入った袋を受け取った子供達は、一つ取り出してまるで宝石をそうしているかのように夕陽に当てて眺めたり、あるいはスンスンと匂いを嗅いでご満悦な表情となったりし……そんな中、袋を受け取ったコン君とさよりちゃんは、何も言わずに袋の中身を見つめた後、その袋をすっと俺へと差し出してくる。
差し出し、ごくりと喉を鳴らし……今すぐにでも栗ご飯が食べたいという顔をし、それを受けて他の子達までが俺の下へとやってきて袋を差し出してくる。
それを受けてテチさんの方へと視線をやると、テチさんは『もうこうなったら仕方ないだろう』とでも言いたげな表情をしていて……それに頷き返した俺は、子供達から袋を受け取りながら口を開く。
「別に俺に頼まなくたって、家に帰って家族に作ってもらうって手もあるんだよ?
家族と一緒に食べたい人はそうして良いし……無理をする必要はないんだからね?」
するとコン君が袋をぐっと持ち上げながら、
「この量だと家族で食べるには少ないからー」
と、言葉を返してくる。
確かにまぁ……お父さんお母さん、それと兄弟の分となると、流石に量が少ない。
その上皆は大食漢の獣人なのだから普通の消費量で考えてはいけないのだろう。
それでも子供達の一食分と見るなら十分な量と言えて……皆の分を一緒に炊いたなら、皆で一緒に食べたなら美味しく仕上がってくれるはずだ。
「そういうことなら分かったよ。
ただ日光に当てる必要があるみたいだし、皮むきとかアク抜きに時間がかかるから、栗ご飯は一週間後にしようか。
量はどうしても少なくなっちゃうけど、その分だけおかずも用意して……収穫の秋を迎える前のお祝いパーティって感じで楽しもうか」
受け取った袋をテーブルの上に置きながら俺がそう言うと、子供達皆は目を輝かせながらそれで良いと頷いてくれて……子供達だけでなく、テチさんも同じように目を輝かせる。
やっぱりリス獣人にとって栗は特別なものらしい。
出来損ないとはいえ一粒数千円で売れる高級品と同じ木から落ちたものなのだから味も良いはずで、しかもそれは自分達が手塩をかけて育ててきたもの。
本音としては今すぐに噛みついてリスのように皮を剥いて食べてしまいたい程なのかもしれないなぁ。
「栗ご飯と一緒に食べるならどんなおかずが良いかなぁ。
サツマイモとかの秋野菜の煮物とか? サンマの塩焼き……それともキノコ料理とかかな、やっぱり。
シイタケの肉詰めとかなめ茸とか? キノコハンバーグも和風にしたら悪くないかもな。
後はマイタケ系のサラダとか……イワシのつみれ汁とかもいいかもねぇ」
そんな皆に少しでも美味しいものを食べてもらおうと思考を巡らせ、そしてついついその思考が口から漏れ出てしまい……直後、コン君のお腹からぐぎゅるるると凄まじい音が響いてくる。
たくさん働いてお腹が空いていて、好物の栗が側にあって、そんな話をされて。
お腹が鳴らない方が嘘って状況にしてしまったことを反省していると、他の子供達も次々にお腹を鳴らし始め……それを受けてテチさんが、パンパンと手を叩き自分に注目を集めてから声を上げる。
「栗ご飯は一週間後、実椋は約束を守る男だから安心して待つと良い。
ひとまず今日のところはお家に帰って、家族と一緒にご飯を食べてゆっくり眠りなさい」
すると子供達は「はーい!」と声を上げて手を上げて……それからちょうど良いタイミングで迎えに来てくれた親御さんの下へと駆けていく。
それから「さようなら」「またね」なんてことを口々に言いながら帰っていく子供達を見送った俺とテチさんは、栗入りの袋を集めて抱えて……早速明日から日光に当てるとしようかと、そんなことを話しながら自宅へと帰っていくのだった。
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