第243話 選択肢
何度かの休憩とお昼ごはん休憩を挟みながら、落下防止ネットをクルミ畑まで張り終わり、栗畑へと戻るともう15時過ぎ……そろそろ細かい道具の片付けや洗い物や掃除をしなければなぁというタイミングで、それなりに疲れているはずの子供達の動きが活発になっていく。
棒を用意してしっかり握り、器用にちゃっちゃかと木を登り。
枝の上に立ったなら手を額に当てて夏の日光を遮りながら周囲を見回し……そして一人の子がシュバッとう勢い良く飛び上がり、空中で器用に体をクルンと回転させながら両手で持った棒を振るい、バシンと何かを叩き落とす。
叩き落としたならまたもクルンと体を回転させて体勢を建て直し……そして別の木の幹に掴まり……チャッチャカとその木の上の方へと登っていく。
一体何を叩き落としたのか……?
子供達の仕事といえば害虫退治だけども……と、そんなことを考えながら叩き落された何かの側へと近寄ると、それはセミで……勢いよく叩き落されても尚生きているらしいそれを、麻袋を持った別の子が回収し、袋の中へと放り込む。
そして他の木でも子供達が同じようにセミや他の虫を叩き落とし始め……夕方が近づいて活発化したらしい虫と子供達との戦いが始まる。
「ああ、そうか……このくらいの時間から動き出す虫もいるんだったねぇ。
夕方にならないと鳴かないセミもいたりするし……しかしそうすると……夜とかはどうしているんだろ? 夜に活動する虫も結構いるよね?」
誰に言う訳でもなく、そんな独り言を呟くと、セミを回収していた子が麻袋をぐっと持ち上げながら口を開く。
「夜は夜が得意な人に任せるんだよ! 大人の人とか、そう言う種族の人とか!
お礼は栗の実だったり、クルミの実だったり、お金だったり、これだったりして……夜はそこまで虫来ないから、2・3人に頼んでおけば良い感じ!
後は昼間のうちに、近くにいるのを退治しちゃったり追い払っちゃったりするよ!」
その言葉を受けて……俺はその子の言う夜間警備の報酬であるらしい『これ』……麻袋へと視線を向けながら言葉を返す。
「えっと……それって、セミのこと? セミがお礼になるの?」
するとその子は笑みを浮かべながら力強く頷き、それから説明をしてくれようとした……所にテチさんがやってきて、テチさんが割り込むように声をかけてくる。
「ああ、その件については追々説明するつもりだったんだが……まぁ、あれだ。
少しだけショッキングな話だから控えていたんだ……良いか、実椋、イナゴの佃煮みたいなものと思えば良い」
それは説明しているようでしていない、色々と言葉が足りないものだったが……テチさんが言わんとしていることを察した俺は、黙って頷く。
……うん、そうだよね。
リスの獣人だから木の実が好き、クルミや栗といったリスが好きな食べ物が好き。
ということは当然、虫を食べる系の動物の獣人は……うん、まぁ、そういうことなのだろう。
「あれ? でも今までの虫って処分したりしてなかったっけ? それとも俺が知らないだけでこっそり?」
色々と察し一瞬だけ気分を落とし……それからすぐに気持ちを建て直してそう尋ねると、テチさんは麻袋を指さしながら言葉を返してくる。
「虫を食べるからって、なんでもかんでも食べる訳じゃないんだ。
毒の無い虫、美味しい虫、そういったものを選んで食べる訳で……害虫で美味しいのはほんの一握りのようで食べることは中々ないようだ。
……そんな害虫の中でセミは特別美味しい虫ということになるそうで、結構需要があるらしい。
外国ではセミを油で揚げて食べている人間もいるそうだし……まぁ、さっきも言ったがイナゴの佃煮のようなものだと思えば良い。
食べる人は食べる地域の特産というか、珍品というか、まぁそんなものだ。
門の向こうでは今、昆虫食とかそんなのが流行しているそうだし……嫌がらないでくれると嬉しい」
「い、いやいや、嫌がったりはしないさ、驚きはしたけども。
昆虫食については……まぁ、楽しめる人が楽しんだら良いって感じになるのかな?
色々な選択肢があることは良いことだしねぇ」
俺がそう返すとテチさんは俺が嫌がると思っていたのか、意外そうな表情となってきょとんとする。
それを見て俺は、昔読んだ本のことを思い出しながら言葉を続ける。
「選択肢がある……色々な人が自分の好きな道を選べることこそが豊かさの証明で、昆虫食もその選択肢の一つなんだと思うよ。
うちの栗畑のように手間をかけて作る高級な食品もあれば、広い農地でとにかく効率化して大量生産する食品もあって……そういう食品が皆の食卓をしっかり支えてくれているからこそ余裕が出来て、たまの贅沢にってうちの栗を買ってくれる人が出てくる。
どちらが良いとかじゃなくて、どちらも大事で……見えないところで繋がっていて、知らないとこでお互いを支え合っているんじゃないかな。
アメリカの農業なんか凄いらしいよ? もの凄くでかいトラクター使ったり、飛行機で肥料とか農薬撒いたり、そうやって物凄い量の食品を作って、それが日本で色々な食べ物になったり、家畜の飼料になったりしている訳だねぇ」
このセミも間接的に畑を守ってくれることになる訳だし、そもそも日本は昔からイナゴの佃煮なんかの昆虫食をしてきた訳だし……驚きはするし、自分で食べることはないのだろうけど、それを嫌がるとか否定するとかはしないし、する意味も無い……と思う。
そんな思いを込めての言葉を受けてテチさんは、意外だったのか予想もしていなかった言葉だったのか目を丸くし……それから手に口に当てて何かをつぶやきながら考え込んで「そうか」と一言呟く。
何か納得することがあったというよりは、新たに発見することがあったというような印象で……近くで話を聞いていた子供達や、麻袋を持っていた子供達も「へぇー」なんて声を上げながら感心したような表情を向けてくる。
子供達向けの説明じゃなかったというか、難しい話し方をしてしまったけども、それでも子供達はなんとなくその意図を理解してくれたようで、虫を頑張ってとろうとか、他の栗畑のやり方もいつか見てみたいとか、そんな会話を周囲の子とし始める。
そうして賑やかになっていく栗畑の中に、夕方が近づいたからかどんどんセミがやってきて……それに気付いた子供達は一斉に駆け出して、手にした棒をぶんぶんと振り回していくのだった。
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