第242話 久々の畑


 翌日。


 テチさんの体調も落ち着いていて、子供達も仕事に復帰したがっているということで今日は、皆一緒での畑仕事となった。


 少しずつ夏が緩んで秋が近づいてきて……そろそろ収穫だからかソワソワとしている子供達が畑で俺達の到着を待ってくれていて……テチさんを見るなり子供達はわぁっと声を上げながら駆け寄ってきて、


「おめでとうございます!」

「おめでとー、先生!」

「赤ちゃんおめでとー!」


 と、口々に元気な声を上げてくる。


 それを受けてテチさんは満面の笑みとなって子供の名前を一人一人呼びながらお礼を言っていって……同時に点呼を済ませているのか、手にした名簿へと出席確認の印を書き込んでいく。


 今日は久々の仕事ということもあり全員出席、点呼というかお祝いタイムというか、そんな時間が終わったなら皆一斉に畑へと駆け出していって……大きく膨らんだイガグリの状態を丁寧に、真剣な様子で確認していく。


 コン君とさよりちゃんもそんな皆と一緒に駆けていって……木を駆け上り木の枝の様子や、葉っぱの様子などを確認し始める。


 テチさんはその様子を静かに見守り、俺はしばらく放置してしまっていた休憩所や洗い場の掃除を始め……子供達がいつ休憩に来ても良いように、水に溶かすタイプのスポーツドリンクの準備を始める。


 ガラスのピッチャーに水を入れて氷を入れて、スポーツドリンクの粉を入れて、軽くかき混ぜたならコップを用意して。


 それと塩飴なんかも用意してお皿に乗せていると、何人かの子供達が駆けてきて、元気な声で報告をし始める。


「今年は豊作だよ!!」

「おっきー、たくさん!」

「実が大きくて重くて、落ちちゃいそうだからネット張った方がいいかも!」


 子供達の手の中にはすでに落ちてしまったらしい青いイガグリがあり……まだ少し収穫には早い時期のはずなのだけど、とても大きく膨らんでいて……大きく膨らみすぎたせいかイガがぱっくりと割れて大きく膨らんだ栗の実が姿を見せている。


 そして子供達はその実を見て見て、もっと見てと、俺とテチさんの下へと持ってきて……手に持って眺めていると、草の匂いと木の匂いが混ざって出来る森の匂いの中に、イガグリの匂いというか、栗の実の匂いというか……収穫の秋の匂いが混ざって何とも言えない懐かしい気分が鼻の奥から広がってくる。


 夏休みが終われば実家の方に帰っていたはずで、ここで栗拾いをしたことはないし、ここの栗を食べたこともないのだけど、それでも何故だか懐かしい気分になってきて……もしかしたら昔の昔、記憶を失う前には秋の畑で遊んでいたこともあったのかもしれないなぁ。


 なんてことを考えていると、栗の実の確認を終えたらしいテチさんが「うん」とそう言って頷き、ゆっくりと立ち上がって一言、


「落下防止ネットを張ることにしよう」


 と、そう言って倉庫の方へと歩いていく。


 それを追いかける形で子供達も歩いていって……少し気になることがあった俺も立ち上がり、一緒になって歩いていって……そして倉庫でネットを探しているらしいテチさんへと、その気になることについての問いを投げかける。


「……栗に落下防止ネットって必要なの?

 栗拾いって言うくらいだから、落ちるのを待って収穫するのかと思っていたのだけど……」


 するとテチさんは、奥から折りたたまれたネットを引っ張り出してきて俺に預け……続いて大きなポール……キャンプで使うタープ用のものと思われるポールを何本か抱えてこちらへとやってきて……そのまま畑に向かいながら言葉を返してくる。


「もちろん、そう言う収穫方法もある。

 栗拾い専用のトングのような道具や、落ちた栗を簡単に収穫するための掃除機のような収穫機も存在している。

 ホースでイガグリを吸い上げると、機械の中でイガ剥きが行われて、栗の実だけが収穫箱に入るという仕組みのな。

 だが地面に落ちれば汚れてしまうだろう? トングで拾い上げたり機械で吸い上げたりすれば傷がついてしまうかもしれない。

 なんでもかんでも手作業が良いとは言わないが、ここの畑の栗は高級品だからな、汚さず傷をつけず、できるだけ良い状態で売りたいんだよ。

 それとまぁ……うん、地面に落ちたのを狙っている連中もいるからな。

 虫とかイノシシとか……特にイノシシは凄いぞ、2・3頭で畑の栗全部を食べ尽くしかねないんだ」


「……なるほど、一粒数千円の代物なら、そのくらいして当たり前ってことか」


 俺がそう返すとテチさんは、ネットを張るためにと集まってくれた子供達にポールを渡し……別のポールを倉庫から取り出すためか、踵を返して倉庫へと向かう。


 それを受けて俺もまた子供達にネットを渡し、テチさんを追いかける形で倉庫へと向かい……そんな俺に対しテチさんが言葉を続けてくる。


「そろそろ大きな台風が来るそうだし、まぁ頃合いだろう。

 しっかりネットを張って地面に落ちないようにして……ある程度の実が落ちて、収穫するとなったら皆に木を揺らしてもらい残りの実を落としきり、それからネットを傾けて一箇所に集めて、そこにあるのを手で拾い集めることになる。

 イガ向きも靴とかでやるんじゃなく丁寧に手でやって……そのための分厚い革手袋もちゃんと用意してあるぞ。

 収穫が終わったら検品、検品が終わったら手洗い、それから大きさごとに分けて梱包、出荷の流れだな。

 門の向こうと違って組合とかが売り買いの仲介をしてくれる訳ではないから、出荷の際に値段交渉をして、しっかり契約書を交わして……それからトラックに積み込んだら出荷完了だ。

 今年はあの馬鹿に売る必要がないし、豊作だしで良い稼ぎになるだろう。

 傷がついていたり変形していたり、売るのに適さない品は皆で均等に分けて、それぞれの家庭で食べることになる。

 もちろん売り物レベルの実が欲しいのならお金さえ出せば買う事ができて……従業員、つまり子供達は割引価格で買えることになっている。

 外の業者に出来を見てもらって値段が決まったら、皆の分と自分達の分を残して売って、皆には割引価格で、という感じだな。

 クルミの実もほとんど同じ流れで、これからあちらにもネットを張ることになるぞ」


 そう言いながらテチさんはどんどんポールを運んでいって、子供達はそれを受け取り、慣れた手付きで立てていって……立てたならすぐにネットが張られていく。


 ネットは整然と並ぶ木と木の間を埋めるように張り巡らされ、ああ、このために綺麗に並べて植えてるんだなぁという光景が出来上がり……そんな様子にしばし見惚れてしまった俺は、すぐに思い直して大慌てで皆を手伝うために駆け出すのだった。

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