第236話 検査
スーパーでの買い物を終えて帰ってきて……コン君と一緒に丁寧な手洗いうがいをして。
それから買ってきた食材をしまったり、片付けをしたり、残りの家事をしたりとしていると、家の電話が鳴り、どんな電話が来たのか気になるのか、俺の先を行く形で駆けていくコン君と一緒に電話の下へと向かい、受話器を取ると花応院さんの声が聞こえてくる。
いつもの挨拶と注文の話と、世間話と。
それと花応院さんが頑張っている獣人との融和なんて話題が出てきた辺りで、俺はまだ検査もしていない話だけども……と、テチさんの妊娠のことを話題に上げる。
『そ、それは本当ですか!?』
すると花応院さんがそんな風に……いつもの冷静で静かな老紳士っぷりを脱ぎ捨てて狼狽した声を上げてきて、俺は小さく驚きながら「はい」と返す。
すると花応院さんは『少しだけ時間をください』とそう言ってから沈黙し……1分か2分か、そのくらいの沈黙の後に、神妙な重々しい声を投げかけてくる。
『失礼を承知でお願いしたいことがあるのですが……奥様の各種検査、健康状態の診断などをこちらに任せて頂けないでしょうか?
もちろん費用はこちらで持ちますし、手続きなども全てこちらの負担でやらせていただきます。
……唐突なことを言われて困惑なさっておいででしょうが、今回の件はそれだけの意義があることなのです』
そう言ってから花応院さんは、その発言にどんな意図があるかを説明し始める。
と、言ってもそんなに難しい話ではない、ようするに人と獣人の間に子供が出来たかもしれないという、現代医学が整ってから一度も確認されていない事態のデータなどの確保を出来ることならしておきたいと、そういう話であるようだ。
そのデータから何が分かるかは研究をしてみないことには分からないが、全く未知のデータとなるだけに無限の可能性があり、獣人に関することや医学などの研究が一気に進むことになるかもしれず……もし検査を受け入れてくれるなら、報奨金まで出せるかもしれないと、そんなレベルの話になる……らしい。
「えぇっと……俺としてはテチさんとお腹の中にいるかもしれない子供のことを最優先にしたいので、まずテチさんに相談しても良いですか?」
その話を聞いてしばらく考え込んでから俺がそう返すと、花応院さんは、
『分かりました、ではこのまま待たせていただきます』
と、返してくる。
折り返し電話するとかではなくて、このまま相談が終わるまで待つと来たか……。
テチさん次第でかなりの長時間になる可能性もあるのだけども……まぁ、ここであれこれ言っても仕方ない、まずはテチさんに相談するかと、首を傾げながらこちらを見上げてくるコン君と一緒に居間へと向かい……居間でさよりちゃんに手伝ってもらいながらストレッチ体操をしていたテチさんに検査などについての話をすると、テチさんは随分と複雑で柔軟な、俺には絶対に不可能なストレッチをしながら、なんともあっさりとした言葉を返してくる。
「ありがたい話じゃないか、検査でもなんでもしてもらおう」
「……本当に良いの? 無理はしなくても良いんだよ?」
そう俺が返すとテチさんは……腕と足を複雑に曲げながら器用に首を傾げて、口を開く。
「うん? 無理なんてしていないさ。
門の向こうの医学はこちらより進んでいるし、お腹の子の血の半分は実椋の人間の血なんだし……それなら人間に詳しいあっちの医者に見てもらった方が良いだろう?
本当に子供がお腹の中にいるなら、安全に出産することが何よりで……そのことを思えば検査くらいなんでもないさ。
それにその検査から色々なことが分かって、顧みられない獣人の病などの研究が進んでくれたら、コンやさより、家族の皆のためにもなる。
……そうなれば今流行っている吐き下しの風邪だって、あっさり治るようになるかもしれないんだ、その上報奨金までもらえるとなったら、良いことしかないだろう?」
そう言ってテチさんは複雑な格好を解除し……ゆっくりと立ち上がったと思ったら、両手を上に伸ばしながらぺたんと座り……両足を真っ直ぐに伸ばし、伸ばした足先を掴むように手を伸ばしていって……そのまま体を二つ折りにしたかのような体勢となり、テレビなんかで体操選手とかがやっているような凄まじい柔軟ストレッチを始める。
そしてストレッチに夢中となり、話はこれで終わりとばかりに軽く手を振ってきて……俺は敵わないなぁと頭をかき……話がいまいち理解出来ていないのか首を傾げたままのコン君と一緒に電話の下へと向かう。
そうして受話器を手に取り、検査を受けることと具体的な方法や日時などを話し合い……細かい部分については花応院さんに任せることにし、その辺りのことが決まってきたらまた話し合いをすることにし、電話を終える。
「にーちゃん、テチねーちゃんはあっちの病院に行くの?」
すると話を中途半端に聞いたせいで勘違いしてしまったらしいコン君が不安そうにそんなことを言ってきて……俺はしゃがみ込み、コン君と視線を合わせながら言葉を返す。
「いやいや、テチさんはこのまま……ずーっとこの家にいるよ、離れ離れになったら俺も寂しいからね。
テチさんがどこかに行くんじゃなくて、テチさんと赤ちゃんのために向こうの人に来てもらうんだよ。
と、言っても注射で血を少しだけ抜くとか、そういう簡単な検査になる予定だけどね。
難しい検査となると色々運んだり沢山の人に来てもらうことになったりで、落ち着かなくなるからね」
「ふーん……そっかー。
じーちゃんもあっちの病院に行ったまま帰ってこなかったから……あっちの病院はあんまり好きじゃないなー」
そう言ってコン君は少しだけ寂しそうな顔をして、仏壇の方へと視線をやる。
そんなコン君を見て俺は、コン君の頭をわしわしと撫でてあげて……、
「ならテチさんが病院に行かなくても良いように、皆で守って助けてあげないとだね」
と、声をかける。
するとコン君はハッとした顔になり、自分が守れば良いのかと……自分にも出来ることがあるのかと目を輝かせ……まだ誰が来た訳でもないのに、早速守りたくなってしまったのか、テチさんがいる居間の方へと、凄まじい速さで駆けていくのだった。
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