第235話 体力と筋力


 洗い物などを終えて風呂などを済ませて……テチさんを寝室まで運んで、皆で一緒に寝て、翌日。


 朝になってさっと起き上がったテチさんは、体調が悪いという様子もなくいつも通りの元気な姿を見せてくれた。


 吐き気も無いようだし、ご飯とかの匂いに敏感になるということも無いようだし……思っていたよりも、つわりの症状は軽いのかもしれない。


 とりあえず朝食もまた塩分糖分に注意しながらのものにして……テチさんの希望を優先する形で肉料理にして……そして朝食を終えて歯磨きなどを終えて、居間の掃除をしていると、庭へと向かったテチさんとコン君、さよりちゃんの3人が、鉄の棒を使っての運動をし始める。


 ゆっくりと力を込めながら棒を振り、体操のようなことをしている3人……というかテチさんを見て掃除の手を止めた俺が、縁側へと向かい、


「……え? 運動なんかしちゃって大丈夫なの?」


 と、声をかけると、ゆっくりと棒を振りながらテチさんが言葉を返してくる。


「ああ、母や祖母に聞いたのだが、激しい運動でなければ問題ないというか、むしろ今のうちに出来るだけの運動をした方が良いそうだ。

 出産は体力勝負……動けるうちに動いて体力をつけて……子を抱え守るための筋力もつけておけ、だそうだ」


「え……あ、うん。

 ま、まぁ、体力があるに越したことはないのかな……?

 というか子を守る……? えぇっと……無理はしないようにね?

 コン君達もだんだん気温が緩んでいるけどまだまだ夏なんだから、適度に水分補給して休憩するようにね」


 色々と疑問が尽きないものの、深く突っ込むことでもないかと判断した俺がそう返すと、テチさんとコン君達はこくりと頷いてくれて……そして運動に一段と力を入れ始める。


 コン君達はそうしながら時折周囲に視線を巡らせていて……テチさんを挟むような立ち位置に構えていて……もしかしたらテチさんのことを守ろうとか、そんなことを考えているのかもしれない。


 この辺りには外では見かけないような大きさの獣や虫なんかもいるようだし……俺もその辺りのことは気をつけるようにした方が良いのかもしれないなぁ。


 色々なことが落ち着いたらまたホームセンターに頼んで害獣忌避剤を撒いてもらって……場合によっては柵なんかも作ってもらって、多少過剰なくらいがちょうど良いのかもしれない。


 なんてことを考えながら掃除をしていって……布団を干し、洗濯物も干し、大体の家事を終えて縁側へと向かうと……休憩を挟んでなのか、それともずっと続けているのか、未だに運動を続けているテチさんの姿が視界に入り込む。


 鉄の棒をまるでバーベルのように構えて、ゆっくりとスクワットをしていて……コン君とさよりちゃんは重りの代わりなのか、鉄の棒の左右にぶら下がっていて。


 ぷらんぷらんと子供達を揺らしながらスクワット運動をするテチさんをしばし呆然としながら眺めていた俺は……居間のクーラーをつけ、窓を締めて回り、麦茶を用意した上で、テチさん達に声をかける。


「一旦そこまでにして休憩しようか。

 汗が凄いようならシャワーを浴びて着替えて……ああ、うん、何か食べられる物も用意しておくから、早くシャワーいっておいで」


 俺の言葉の途中でテチさん達はこちらに、食欲に支配された視線を向けてきて……運動のし過ぎでお昼前だというのにお腹を空かせてしまったらしいテチさん達に負けた俺の言葉に、テチさん達は頷いて……物凄い勢いでお風呂場へと向かう。


 それを見送ってから台所へと向かった俺は……一体どんな料理を作ったものかと頭を悩ませる。


「うぅん、やっぱり肉を食べたがるよねぇ。

 ……肉、味薄め……野菜多めの豚シャブかなぁ」


 ハーブも海藻も使えないとなると、どうしてもランクが落ちてしまうけども、トマトやセロリ、玉ねぎといった、調味料を使わなくてもしっかりとした味と風味、旨味がある野菜を使えば美味しくなるはず……。


 そんなことを考えての独り言をつぶやいたなら、早速具材を用意し、調理を開始し……野菜を丁寧に洗って……隅々まで洗ってから切って、その端材で豚肉をしっかり湯がいて臭みを消して、その上で野菜と一緒に皿に盛り付けて、タレを用意する。


 塩分控えめの醤油と、すりごま、刻みネギとお出汁で味を整えて……うん、辛味がなくてもなんとかなるもんだ。


 そしたらそれを居間へと持っていって……持っていった瞬間、お風呂場の方からドタバタと足音が聞こえてきて、シャワーと毛繕いを終えたテチさん達が駆け込んでくる。


「まずは水分補給からね」


 すぐにでも、素手で食べてしまいそうなテチさん達に俺がそう言うと、テチさん達は麦茶を物凄い勢いで飲み……その間に俺が用意した箸と小皿でもって、大皿に山盛りにした豚しゃぶを物凄い勢いで食べていく。


 お腹が減っているだろうと思ってかなりの量を用意したはずなのだけど、テチさん達の食欲の勢いはそれ以上のもので……山盛りがあっという間に平になり、お皿の上の食材が欠片一つ残さずに消滅する。


『おかわり!』


 そして三人で一斉にそんな声を上げてきて……俺はそれに怯みながら言葉を返す。


「い、いや、これからほら、お昼ごはんの時間だから……これからお昼作るから、今はとりあえずそれで我慢してくれないかな」


 すると三人はその目をギラリと輝かせ……一体どんなお昼ごはんを食べられるのかと、無言ながら視線で訴えてくる。


 それを受けて俺がどんなメニューにしたものかと悩んでいるとテレビからレトルト親子丼の宣伝が流れ始める。


 それを見た瞬間テチさん達は物凄い表情となり……俺は無言で頷き、食器の片付けを終えてから棚の上に置いておいた財布を手に取り、スーパーへと買い出しに行く準備をし始める


 流石にこの3人を満腹にするほどの在庫はない、卵と鶏肉を両手で抱える程の量を買ってこないと駄目だろうなぁと、そんな事を考えながら上着を羽織っていると……一緒に行くつもりなのか、着替えを済ませたコン君が側へと駆け寄ってくる。


 普段なら一緒に行こうとするはずのさよりちゃんはテチさんの側に座ったままで……どうやらテチさんのことを見てくれる……というか、その目の鋭さを見るに守ってくれるつもりのようだ。


 ならばまぁ、安心して出かけられるかなぁと、そんなことを考えてから……一応念のため、自分とコン君の分のマスクを用意してから、スーパーへと出かけるのだった。

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