第232話 民間療法


 成長の兆しを見せてからコン君は、料理をただ見ているだけでなくあれこれと質問してくるようになったり……今までは見ようともしなかった料理番組を見たりレシピ本を読んだりと、積極的に料理を学ぶようになっていった。


 学んで学んで……スーパーとかで学んだ料理や具材を見るとそれを食べたがって、それを受けて俺はコン君の希望に沿うように料理をするようになり……更に出来るだけ簡単な料理も作るようにして、それをコン君とさよりちゃんに手伝ってもらうようにもなった。


 とはいえまだまだ体が小さく、手が小さく……包丁なんかを持たせるのは不安が残るので、本当に簡単な手伝いだけなのだけども、それでもコン君達は元気に笑顔でその小さな手を貸してくれていた。


「今日は夏野菜を使った簡単レンジ料理にしよっか。

 まずはトマトとナスを輪切りにして……それと薄切りの豚肉を用意して、深皿にトマト、ナス、豚肉の順に重ねるというか並べるというか、並べて円を描くようにして……うん、そう、丁寧に並べていこうか」


 数日過ぎての夕方、そんなことを言いながら俺が具材と深皿を用意すると、しっかりと割烹着姿になったコン君達が、トマトとナスの輪切りと、一口サイズに切った豚肉を丁寧に、慎重に並べていく。


「全部並べ終えたらあとはレンジに入れて……時間は長めの10分に設定しようか」


 具材を並べ終えた深皿をレンジまで運ぶのは俺がやって……運び終えたらコン君の体を抱えてあげて、レンジの前に持っていき……操作パネルの操作をしてもらう。


 スイッチを入れたら出来上がるまでの時間で洗い物を済ませて……レンジから完了音がしたら深皿を取り出し……それにポン酢とごま油を軽くかける。


「はい、これで完成。

 ナスとトマトはレンジで熱するだけでも結構美味しくなるからねぇ……これだけも十分な料理になるんだよね。

 刻みネギとかをかけても良いし、七味唐辛子をかけても悪くないかもね」


 味付けをしながらそう説明すると、コン君とさよりちゃんはとっても簡単だと驚きの表情を浮かべてから、今の調理法を覚えようと意識を集中させはじめる。


 コン君達がそうしている間に俺は居間への配膳を済ませて……レンコンとじゃがいもの醤油炒めと、山盛り大根サラダと、ご飯と味噌汁という配膳を終えた頃に、仕事を終えたテチさんが帰ってくる。


 帰ってきたならまず一直線に洗面所に向かうのがいつものことで……そこで何故かいつもよりも長い手洗いうがいが行われて、それから居間へとやってきたテチさんは、疲れた顔で「ただいま」と言い、俺と再起動したコン君達が「おかえり」と返すと、ゆっくりと口を開く。


「いや……今日は参ったな。

 子供達の間で胃腸風邪が流行っているみたいで……仕事に来ない子が多い上に、仕事に来た子の何人かもダルそうにしててな……結局仕事にならなかったんだ。

 そういう訳で午前中のうちに切り上げることにしたんだが、急なことだから親御さんとの連絡が中々つかないし、一人一人家に送るというのもかなりの手間だしで……本当に大変だった」


 そう言って大きなため息を吐き出したテチさんを見て俺は「お疲れ様」とそう言ってから……テチさんにご飯の前にお風呂に入ることを勧める。


 獣人もそうなのかは知らないが、胃腸風邪は吐き下しの症状が多い関係で、世話をしている大人もかかってしまうもので……今日たくさんの子供達の世話をしたらしいテチさんの体や服にも感染の元になりそうなものがついていそうで……。


 そのまま食事をすることはテチさんにとっても、側で食事をすることになるコン君達にとっても良くないことだろう。


「今日の夕御飯は温め直しても美味しいものだから、お風呂入って着替えて、さっぱりしてからでも美味しく食べられるよ」


 お風呂に入ることを勧めるついでにそんなことを俺が言うと、子供達の世話でお腹が空いているだろうテチさんは、すんなりと納得してくれてお風呂へと向かってくれる。


 そんなテチさんを見送ったなら……ちゃぶ台の方へと振り返り、コン君達に先にご飯食べていて良いよと、そんなことを言おうとしたのだけども……コン君もさよりちゃんも、テチさんを待つつもりなのだろう、ちゃぶ台から離れて自分達のリュックサックの方へと駆けていく。


 リュックサックを手にしたなら、そこから親御さんに買ってもらったスケッチブックと色鉛筆セットを取り出して、体を投げ出すかのようにうつ伏せになって……今日学んだ料理のあれこれを、グリグリと書き込んでいく。


 具材や料理の絵を描いて……覚えたばかりの文字でもって料理の名前やコツなんかを描き込んで。


 だけども今日は簡単な料理しかし無かったので、その作業はあっさりと終わってしまって……そうしてコン君達は、配膳したご飯をジャーに戻したり、おかずの更にラップをかぶせていたりした俺に、何かここに描けるような話題はないの? と、そんな視線を向けてくる。


 それを受けて俺は、作業を終わらせてから少し考え込んで……ちょうど良いかと、風邪の時の食事についてを話し始める。


「胃腸風邪に限らず、風邪の時は消化に良い、おかゆが良いとされているね。

 消化には体力を使うものだから……消化が良いものを食べることで余計な体力を使わず、回復を早めようという訳だね。

 胃腸風邪とか、吐き下しや胃痛なんかの症状がある場合は、おかゆも避けてスポーツドリンクを飲んだりもするね。

 スポーツドリンクを白湯で薄めたり、温めたりしてお腹に優しくして……ゆっくり少しずつ。

 水分を摂っているだけでも吐いちゃうことがあるから、そう言う時は本当に少しずつ、ペットボトルのキャップにちょっとだけドリンクを出して、それを舐めるように飲んで、飲んだら休んで……休んでも吐かないようならまた飲んでって、少しずつ飲むと良いよ。

 吐くっていうのはそれだけで体力を消耗しちゃうし、気持ち的にもきついから、可能な限り避けたほうが良いからねぇ。

 ……まぁ、病気によっては体に悪いものを外に出すって目的で吐いた方が良い時もあるけどもね」


 そんな話をするとコン君達はガリガリとおかゆの絵なんかを描き始めて……先に描き終えたさよりちゃんが、質問を投げかけてくる。


「あの、おかゆ以外にはないんですか? 風邪に良い食べ物とか……。

 おばあちゃんの知恵袋のような……」


「あー……民間療法か、うん、あるにはあるんだけども……んー、そうだねぇ」


 さよりちゃんの質問にそう答えた俺は、少しだけ悩んでから言葉を続ける。


「昔はまだまだ医学が発展してなかったから、そういうのに頼ることもあったんだけど、最近は医学が発展しているから、変に民間療法に頼るよりは医者に行くなり薬局で市販のお薬を買うなりしたほうが良いんだよね。

 そういった民間療法って効果があるのもあれば、的外れなのもあって……そこら辺見極めも難しいからねぇ。

 重症なら特に民間療法じゃなくて医者に頼るべきなんだけど……そこまでする程じゃない、軽めの症状にっていうことならいくつか思い当たるかな。

 たとえば、そろそろ旬だから作ろうと思っている梨のジャムなんかは、喉風邪に良いとされているね。

 あとは体を温めるショウガの砂糖漬けや、シロップ漬け、大根の輪切りを水飴に沈めた水飴大根というのも良いとされているね。

 水飴じゃなくてハチミツ大根が良いって人もいるし、本当に民間療法っていうのは様々だねぇ。

 あとは……梅干しかな、梅は胃腸に良いとされていて、胃が辛い時に梅干しを白湯でほぐして飲んだりするし……汗をかいたりして塩分とかも欲しい時は、梅昆布茶を飲むと、梅と塩分、アミノ酸を同時に接種出来るから良いなんて人もいるね。

 実際俺もここに来る前、仕事中とかの胃痛で苦しんでいた時は梅昆布茶飲んでしのいでいたなぁ……」


 なんて説明を俺がし、それを聞いたコン君達はスケッチブックにガリガリと書き込み……そうやって時間を過ごしていると、風呂上がりのテチさんがタオルで尻尾を拭きながら居間へと戻ってくる。


 それを見てコン君達はささっと自分の席に移動して……俺はレンジでの夕ご飯の温め直しを開始して……そんな俺達を見てハッとした表情になったテチさんが、慌てた様子で声を上げる。


「ああ、そうだったそうだった、コン達に話があるのを忘れていた。

 コンやさよりのご両親から連絡があってな、親戚の子供の世話を手伝っていて、手が離せないとかでな、今日は家に帰らず、こっちに泊まって欲しいという連絡があったんだ。

 症状が出ていないコン達が、わざわざ向こうの家に行って感染してしまうというのも良くないからな……皆が落ち着くまでは、泊まってもらうことになりそうだ」


 その言葉を聞いてコン君とさよりちゃんは……家に帰れない寂しさよりも、お泊まり会が出来るというワクワク感が勝ったのか、その目をキラキラと輝かせ始める。


 そういえば以前に、リス獣人達は親戚同士みたいなもので、何かがあったら手を貸し合っているとか、家も近くに密集しているとか、そんな話を聞いたことがあったなぁと、そんなことを思い出した俺は、申し訳なさそうな視線をこちらに向けてくるテチさんに対し、


「良いよ良いよ、コン君達ならむしろ楽しいくらいだからさ。

 それよりもほら、温め直したからご飯にしようよ」


 と、そう言って笑みを返す。


 するとテチさんは安心したのか柔らかく微笑んでくれて……それからぐぅっとお腹の音を盛大に鳴らし……それを受けて俺たちは笑いながら席について「いただきます!」と声を合わせての挨拶をし……ちゃぶ台の上の箸へと手を伸ばすのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る