第230話 梅干し煮
「梅干しってさー、オレの家だと普通に食べるばっかりだけど、にーちゃんてサラダとかピザとか色々利用するよねー」
朝食が終わり、歯磨きやら片付けが終わり、畑に向かうテチさんを送り出してある程度の家事を終えて……居間でゆったりと体を休めている折、突然コン君がそんなことを言ってくる。
お昼ごはんまではあと1時間と少し……梅干しのことが待ちきれず、ついついそんなことを言ってしまったのかな? と、そんな事を考えながら俺は、過去に作った料理のことを思い出しながら言葉を返す。
「えぇっと……まぁ、そうだね、俺は梅干し料理が好きだから色々やるけど……コン君のお母さんだって和食党なら色々やっているんじゃないかな? 梅干し煮とかさ」
「うめぼしに……? 梅干しで煮込むの? 何を?」
「一番有名なのはイワシかな。他にも鶏肉とか豚バラ大根、牛肉長芋を煮込んでさっぱり柔らかく仕上げたりとか」
「……イワシってお魚だよね、それとお肉……。
梅干しで煮ると柔らかくなるの? 味はなんとなく分かるけどー」
「柔らかくなる、と言われているね。
実際イワシの梅干し煮、梅煮とも言うけど、それは骨まで柔らかくなって骨ごと食べられるようになるねぇ」
「へぇー……お肉とかもそうなの?」
「そうだね、そこら辺はお肉を柔らかくしてくれるジャムとかと同じ感じかな?
それと梅は夏野菜にもよく合うから……揚げナスを梅肉ソース漬けとかにしても美味しく食べられるね。
ナスとキュウリを塩もみして、梅肉ソースを乗せて刻んだ大葉の葉をふりかけて食べるとかも、中々悪くないよ」
と、俺がそう言うと……コン君とさよりちゃんの二人からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
その音を聞いてやってしまったかな? なんてことを考えていると、続いてグゥゥゥと二人のお腹が鳴る音が聞こえてきて……俺は苦笑しながら立ち上がって台所へと向かう。
すると二人は暗黙の了解と言うかなんというか、俺が何も言わなくても俺が何をしようとしているのかを理解して、流し台のいつもの席へと駆けていって……ちょこんと座る。
「まぁ、うん、あんな話をしちゃったことだし、これから梅干しを使った料理をつくるけど……さっき言ったナスとキュウリは買ってないからまた今度にしよう。
という訳で今日のお昼はイワシの梅干し煮にしようか」
そんな二人にそう声をかけたなら冷蔵庫からイワシを取り出し……まずはイワシの下処理から始めていく。
「イワシを美味しく食べるには、臭み取りや荷崩れ防止を兼ねている下処理が大事って言われていて、下処理にも色々あるんだけど、とりあえず今日は俺がよくやっている方法でやっていくとしようか。
まずイワシを捌く前に、流し台にボウルを用意しておく、そこに水を入れて塩を入れて……つまりはまぁ、塩水を用意しておく訳だね。
そうしたなら頭を落として内蔵を取り出して……塩水でよく洗う。
塩水でよく洗ったらキッチンペーパーで水分を拭き取って……今度は酢水で茹でようか」
そんな解説をしながら作業を進めて、しっかり水分を拭き取ったら鍋を用意して……水を入れて酢を多めにいれて、それでもって4・5分程イワシを煮込む。
煮込んでいる間にショウガを用意して輪切りにして、梅干しは種を取り除いて軽く刻んで……煮込み終わったら酢水を捨てて、鍋を軽く洗って……今度は梅干し煮にするために水、醤油、みりん、酒、砂糖を入れて軽く火にかけて煮汁を作り……作ったならそこに梅干しショウガを入れて煮立たせ、煮立ったならイワシを入れて落し蓋をし、火を弱火にしておく。
「梅干しは塩分が多いから醤油は少なめか、色付け程度に入れると良いかもね。
みりん、砂糖は普通くらいで、お酒はちょっと多め……梅干しの量は、好みだけど梅干し感を味わいたいなら多めでも良いかな。
落し蓋をして火は弱め、じっくり20分くらい煮込んだら完成で……下処理さえしっかりしたら、大体は上手くいく料理だね。
スーパーやお魚屋さんによっては下処理してくれるとこもあるから、そういうとこは頼んでみても良いかもしれないねぇ」
なんてことを言いながら落し蓋をし、キッチンタイマーを20分に設定、その20分でもって片付けをしていると……コン君とさよりちゃんが同時に声を上げる。
「え、他の料理よりすごく簡単!」
「思ったより簡単なんですねぇ」
手順とか気をつけることとか、しっかりと覚えるつもりだったというか学ぶつもりだったらしい二人は、肩透かしだったのかそんなことを言って目を丸くする。
「……んー、しっかり下処理しないと美味しくならないから、そこまで簡単でもないんだけど、まぁ……他の魚料理よりは簡単な方かもしれないねぇ。
イワシの手開きっていって、イワシって包丁を使わずに手で捌くことが出来る魚なんだよ。
そんな訳だから、門の向こうでは小学校の調理実習とかで使われることもあるんだよ。
手で首を取って腹を開きながら内蔵を取り出して、骨も手で掴んで引っ張り出しちゃう。
ヒレなんかも手で取れちゃうから、包丁を使わずに安全に出来て……最初の料理には良いかもしれないね。
……それとあれだ、この料理を簡単だって思える程、二人が成長してきたっていうか、二人の中で料理に関する経験値が溜まってきたのかもだねぇ。
色々な料理を見てきて、実際にミックスナッツとかを作ってみて……二人の中で、料理がどういうものなのか、どういう手順でやったら良いのか、どんなことに気をつけたら良いのかとか、そういう下地が出来上がってきたというか、色々なことが分かるようになってきたんだろうね」
そんな二人に俺がそう返すと、二人は目を丸くしてきょとんとした顔をする。
二人としてはそんな意識は無かったというか、考えたことも無かったというか……料理という行為は遠い世界にあるもののように思っていたのだろう。
色々な業界で見習いの人に、見て覚えろなんてことを言うことがあるけども……それはただ見ていれば良いという話ではなくて、見ながらどうしてそうしているのか、自分ならどうするだろうかと、そんなことを考えて……自分ならどうするだろうかと頭の中でシミュレーションして、そうして時には質問なんかをして……そうすることで経験値を溜め込んでおけと、いざその時になったらしっかり動けるようになっておけと、そういうことなのだと思う。
そしてコン君とさよりちゃんは自然な形でそれが出来ていて、根が素直なのもあって成長することが出来ていて……コン君に至ってはそれを曾祖父ちゃんが元気だった頃からやっていて……更にはレイさんというプロとの接点まであって。
二人が将来どんな道に進むのかは分からないけども、それでもきっと料理やお菓子作りが好きで得意な大人になるんだろうなぁと、きょとんとしたままの二人の顔を見ながら俺は、漠然とそんなことを思うのだった。
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